番号を決める別のクジ箱も、樺地の活躍で整えられ、これでゲームの準備は万端!
「ようし、これで用意は出来たな……じゃあ早速始める…」
 いよいよ跡部がゲームを始めようと声を上げた時……
「失礼します。はぁ〜、ちょっと時間掛かっちゃいました」
 立海のマネージャー、桜乃再登場。
「あれ? 皆さん何しているんですか?…あ、人生ゲームですね」
 卓上に置かれた物品を見て、少女はすぐにその正体を悟り、無邪気に跡部に笑いかけた。
「皆さんでやるんですか? 私も混ぜて下さい!」

『……………』

 意外な急展開…
 と言うよりも、席を外している間に殆どの物事が進んでしまっていた所為で、彼女の事をすっかり失念してしまっていた!
「あーいや…しかし…」
「やりたいです〜!」
 人生ゲームだけなら勿論歓迎なのだが、後に控えている恐怖の王様ゲームの事を思うと、そうあっさりと許可も出来ず、珍しく跡部がどもった。
 しかし桜乃も一人っ子の為、家でこういう遊びに興じたことがない分、いつもより食いつきが異常に良い。
「その…終わった後には罰ゲームもあるし」
「それも頑張ります! こんな大人数でやるなんて滅多にないですもん!!」
 きゃ〜っと手を振り回して喜ぶ桜乃は、既に参加モード。
 しまった、退くかと思って罰ゲームについても言及してしまった…これでは今更それをなしにする事も出来ない。
「…………」
 これはもう参加させるしかないな…と腹を括ったのか、跡部は軽く息をつきながら…
 さっ…
 何気ない動きで、厳しい方の罰ゲームクジ箱を卓の下へと速効で下ろした。
 つまり…罰ゲームを甘い方に限定するという事であり、それが桜乃へのハンデという事だ。
 勿論、突っ込んだり反対する人間はおらず、それどころか、

(すっげぇイイ動きだーっ!!)

 試合でもなかなか見せないぞあの動きはっ!と一同が感心しているのを他所に、跡部はしれっとした顔で桜乃に卓に着く様に促した。
「じゃあ、お前が罰の紙を書き終わってから始めるぞ。最初は普通に人生ゲームをやればいいから、後の王様ゲームについては傍の奴からでも聞いてくれ」
「はい」
 そして、桜乃も全員と同じ様に罰ゲームの内容を記した紙を箱に入れ、いよいよ最初の人生ゲームが開始されたのであった。

 色々な難関や落とし穴、ラッキーポイントを抜けて、メンバー達は一進一退を繰り返しながらゴールを目指す。
 テニスとは異なり、殆どが運によって左右されるゲームである為、スポーツ等とはまた違った興奮に包まれながら、彼らは結構人生ゲームだけでも楽しめている様だった。
「ぎゃ〜〜〜っ!! 借金背負ったー!!」
「よっしゃー!! 結婚で祝い金ゲット!!……相手もいねーのに」
「丸井…それを言っちゃあ、おしめぇよ…」
 様々な悲鳴や歓声が乱れ飛び…
 そして、遂に、一位の人間が無事にゴールを果たした…!
「…え? 俺?」
 一位を得たジャッカルが、信じられないといった様子できょろっと辺りを見回す。
 この手のモノは自分はビリで当たり前と思っていたのだが…
 勿論、間違いではなく、改めて盤上を見て彼は自分が一位でゴールしたのだという事を知らされた。
「ちぇー、先越されたかよい」
「じゃあ、桑原君が最初のキングですね」
 丸井や柳生がそんな事を言っている一方、肝心の本人は、何故か嬉しさなど微塵も見せず、寧ろ不安で一杯という表情を浮かべていた。
 何か気になる事でもあるのだろうか?
「どうしたの? ジャッカル」
 不思議そうに幸村が尋ねると、相手は心配そうに言った。
「……俺が一位になるなんて、何か、良くないコトの前触れなんじゃ…」
 大丈夫かな、車に轢かれたりしないかな…と本気で心配している様子の仲間に、部長は過去があるだけに下手な慰めをする事も出来ず……
「……帰り道には気をつけてね」
とだけ言った。
 兎に角、これで最初のキングが決定し、その彼の手で、いよいよ罰ゲームのクジが一つ、引かれるコトになった。
 先ずは、全員が番号を決める紙を引いていく。
「じゃあ、中から一つ引いて、それを読み上げてくれ」
「お、おう…」
 跡部に促され、ジャッカルは取り敢えずごそっと箱の中に手を入れたが、それを眺めつつ、氷帝のメンバーがこそこそと内緒話。
『…キングでもないのに、何であんなにキングっぽいんだ跡部は』
『まぁ、跡部やからなぁ…』
『侑士、最近その台詞で考えること放棄してない?』
 ごにょごにょと話している間に、ジャッカルが一枚の紙を取った。
 さて、運命の宣告は…
「えーと…六番が」
 そこで一度言葉を切って辺りを見回す…と、ひょいと手が上がった。
「あ、俺ですね」
 名乗ったのは…氷帝の鳳だった。
「お、鳳か〜〜、何させられるんだ?」
 早速面白そうに丸井がわくわくした表情でその先を楽しみに待つ。
 ちょっと奇妙な緊張感が走る中、いよいよジャッカルが後半を読み上げた。
「…フリフリエプロン姿でお玉を持って『おかえりなさい、アナタ』と頬を染めて言う」

『ギャ―――――――――――――ッ!!!』

 氷帝、立海、共に若者達はカオスの世界に突入。
「何だよ、のっけから破壊力抜群なその罰ゲームッ!!」
と切原が心底仰天した顔で叫び、
「すげえ! 王様ゲーム初めてだけど、ここまでとは思わなかった!!」
とジャッカルがずれた感動を告白し、
「気の毒だーっ! 跡部! 早くエプロンとお玉準備してやって〜〜っ!!」
と、何故か向日は大喜び。
 そして肝心の鳳本人は…
「…………」
「長太郎っ! 長太郎―――――――っ!!」
 相棒である宍戸が必死になって相手をがっくんがっくんと揺さぶっていたが、まるで反応はなかった…それどころか、何となく口から白いモノが出ている様な錯覚まで見えている。
「…御臨終じゃな」
「不吉なコト言ってんなーっ!! てめーだって白髪でお迎え近いじゃねーかこの詐欺師っ!!」
「ああっ! 宍戸先輩がかつてないほど暴走しているっ!!」
 キシャーッ!!と今にも火炎を吐く程に興奮していた宍戸だったが、そんな彼を止めたのは、ようやく意識を戻した鳳本人だった。
「だっ…大丈夫です、宍戸さん…ちょっと気が遠くなりましたが…」
「長太郎…」
 大丈夫と言ってはいるが、その体の震えは気のせいでも寒さの所為でもないだろう。
 血色を失った若者だったが、それでも彼は何とか自力で立ちつつ、言葉を継ぐ。
「ええ、やりますとも…人生賭けるとか言ってましたし、俺も男ですから当たった以上はやりましょう…が!」
 普段は大人しく礼儀正しい鳳だったが、この時、この瞬間ばかりはいつもの穏やかな表情から一変、非常に険しい顔つきで確認した。
「尊敬する宍戸さんや跡部さんの前でこういう事をやらされるというのに、その指令を書いたのが誰だったのかを知らされないなんて、死んでも死に切れませんっ!! 誰なんですかっ!?」
 鳳の立場なら、確かにそれも一理あるのだろう…が、今回ばかりは知らない方が良かった。
「俺だ」
 軽く言い切って手を上げたのは…よりにもよってその尊敬する跡部本人。
 ばたっ…!
 今度こそ、鳳、幽体離脱状態。
「うわ〜〜〜っ!!」
 再び宍戸が大騒ぎしている脇では、忍足達がカミングアウトした跡部に迫っていた。
「跡部……お前、何ちゅうコトを書いたんや」
「鳳、可哀相…」
 あんまりやで…と真剣に鳳を哀れむ忍足と、しょぼん、と気の毒そうな顔を隠しもしない芥川にも怯まず、氷の帝王はちっと舌打ちしながら思い切り残念がっている。
「…アッチ(立海)の幸村あたりがやったら似合うと思ったんだがな…」

『……………』

 他のメンバーも桜乃もその発言を受けて、何となく期待する様な視線を美丈夫な若者に注ぐ。
 確かにこの男なら、それを着ても違和感がない…
「やらないよ」
 勿論、幸村は当然だとばかりにすっぱりと拒否し…呆れた視線を跡部に向けた。
「当たらなかったのは俺にとってはラッキーだったけど…俺ならまだしも、弦一郎や樺地君に当たったらどうするつもりだったんだい?」
 想像するだに恐ろしい光景だったが、そう思ったのは傍観者のみにあらず、話を向けられた真田本人もぞわっと産毛を一斉に逆立てた。
「きっ! 気色の悪いコトを言うな精市っ!!」
 しかし、それでも跡部は全く動じずにさらりと言い返した。
「はっ、そうなったら楽しく観察させてもらうだけじゃねーか…じゃあメイドに言ってエプロンとお玉を準備させるから、それまでに鳳を起こしておけよ」

(鬼だ、コイツ…)

『…・ご自身が当たっていたらどうなさる気だったんでしょう』
 私は別にこれについては当たっても良かったな、と思いつつ尤もな事を尋ねた桜乃に、聞いていた仁王がやれやれといった表情で見解を述べた。
『ああいう奴は頭の切り替えが早いからのう…寧ろノリノリでやってくれたと思うぜよ。その方が俺達にダメージ与えられるじゃろ』
 相手の言い分は尤もだったが、桜乃はこっそりそんな跡部を想像してぽつんと呟いた。
『…ちょっと見たかったかも』
『女は強いのう…』
 俺はゴメンじゃよ…と仁王がげっそりしている間に、いよいよ必要なアイテムが部屋に持ち込まれ、意識を取り戻した鳳に手渡される。
 二度のショックを乗り越えた二年生は、まだ完全にはショックから立ち直れてはいなかったが、少なくとも最初の衝撃からは脱却し、覚悟を決めた様子だった。
「はぁ…まぁ、もっとヒドイものが当たらなかったと思うしかないですね…」
 仕方がない…とエプロンを着て、お玉を持つ。
 こうなったら、恥も一時だけ忘れて、最後まで遂行するしかないだろう。
「じ…じゃあ、いきます」
 他の男達がじーっと見守る前で、鳳がお玉を構える。
 指令では『頬を染めて』とあったが、これだけの知己に注目されながらこういう羞恥プレイをやらされているので、ごく普通の感性を持つ人間であれば、染まらない訳もない。
 指令どおり、鳳は頬を赤くして、そして遂に…
「お…『おかえりなさい、アナタ』…」
 お玉を口元に持っていきながら、新妻さながらの格好で指令遂行した。
 そして、全員はし〜〜〜〜ん…と沈黙して、それをしっかりと目に焼き付けていたのだが…

『なーんだ、ワリとハマってんじゃん』

 男として屈辱的な感想を全員からハモって言われた事で、鳳は許容量が遂にオーバーしてしまった。
「テニス部なんて止めてやる〜〜〜〜っ!!!」
「わーっ! 長太郎〜〜〜っ!!」
 宍戸が必死になって彼を追いかけていったのは、勿論自分の相棒が不安だったということと…何より、エプロン付けてお玉持ったまま走っていったという事実の所為だろう。
「………」
 そのそもそもその発端となった発案者の跡部は、暫し静かに様子を見守っていたが…
「…まぁ、多摩川の土手でもランニングして帰って来るだろうから、こっちはこっちでやっとくか」
と、見事にスルー。
「俺も色々と言われてはいるけど、君も相当なものだよ」
 そうは言うものの、言っている幸村本人も非常にイイ笑顔なので、諌めるどころか周囲のメンバー達を硬直させてしまっている。
『…世の部長というものは、みんなああなのだろうか…』
 考えたくない、と真田が憔悴した様子で囁き、柳も少し困惑気味の表情を浮かべた。
『この二人を見ていると、青学の手塚が限りなく無害に思えるな』
 あいつもグラウンド周回については厳しい奴だが…と参謀が言ったところで、一応、一回目のゲームはこれで終了。
 ゲームはそのまま二回目へと移っていった……



前へ
立海リクエスト編トップへ
後編へ
サイトトップヘ