厄介な病・4
翌日…
『しらいしーっ! しーらーいーしーっ!!』
「…ん…?」
何や…誰かが俺を呼んどるなぁ…誰…?
安らかな眠りに就いていた白石の耳に遠くから呼び声が届けられてきた…かと思うと、
どっすん!!
と、羽毛布団の上から自身の腹めがけて何かが勢い良く降って来た。
「ぐえ!!」
瀕死のカエルの様な声を上げた男に、その降って来た物体が声をかけた。
「白石、起きーや! もう朝やで!!」
腹部に受けた衝撃と声で、白石は一気に覚醒して身体を起こそうとする。
「何や!? ざ、座敷わらし…っ!?」
しぱしぱと瞬く目に映ったのは、勝気で大きな目を持つテニス部の一年ルーキーだった。
「…え?」
金…ちゃん…?
まだ自分の目を疑っている若者が唖然としている間に、向こうはラケットを背負ったいつもの姿で、自分の寝ている上に羽毛布団越しで座りながら笑っている。
夢…と言うには、この圧迫感はあまりにもリアル過ぎる、ということは!?
「へっ…!? げ、現実!?」
何で!?と狼狽していると、今度は遠山以外の四天宝寺レギュラー達が続々と顔を覗かせてきた。
「ちーっす、部長」
「財前!?」
「よう寝とったね、夜更かししとったと?」
「千歳!?」
「どうせ桜乃ちゃんが心配で遅くまでついとったんやろ。分かりやすいで、白石」
「忍足!?」
「自分も、あまり無理されん方がええでしょう」
「石田!?」
「相変わらずラブラブ兄妹ねぇ」
「ま、今更な話やけどな」
「その他大勢!?」
『って、誰がその他大勢やっ!!!』
一括りにされた金色と一氏がびしっと右手を前で振る。
最後は流石に関西の人間らしくボケツッコミで締めたものの、どうしてこの状態になったかという経過を、白石はまだ理解出来ていない。
「自分ら…何でここにおんの?」
「イヤやなあ、聞いてへんの白石、部長のクセに」
まだ自分の身体の上に乗っかっていた遠山が、朗らかな笑顔で答えた。
「ワイら、跡部に拉致されてきたんやー」
「聞くかーっ!!!」
何だそのあっけらかんとした犯罪暴露は!と、白石ががばっと身体を跳ね起こし、同時に遠山をベッドから落とす。
「そんな犯罪に巻き込まれて、ようも自分らもそんなあぱらぱーな顔でおれるな!? 何でそこまで暢気なんや!?」
「いやだって…」
白石の疑問に、しれっとした顔で答えたのは二年生の財前光だった。
「部長へのファックスを送った後でみんなでたむろってたら、跡部さんの家のSPって人達が来て、一緒に来るように迫られたんで…」
「で!? 断ったら無理矢理クロロホルムでもかがされて、車に押し込められて来たんか!?」
「いやいや」
物騒な白石の予想に、忍足がぶんぶんと首を横に振って否定する。
「何でー?って聞いたら、一緒に来てくれたら、東京見物費用そっち持ちでさせてくれるって…」
と、追加。
更に遠山も、
「おみやげも、ちゃんと全部揃えてくれるって」
とにこにこして一言。
一氏が続けて
「泊まるトコロもご飯も超一流にしてくれるって」
と疑念もない笑顔で一言。
「そーゆー訳で、全員一致で車に乗って来たばい」
「もう拉致じゃないやろそれって〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
とどめの千歳の一言に、発狂したかと疑う程にヒートアップした白石の絶叫に構わず、金色がどさ、と傍のサイドテーブルに書類の山を置いた。
「はいこれ、白石君のママンから預かってきた桜乃ちゃんの宿題一式ね。たまたま寄ったら、送料省けるから一緒に持っていってちょうだいって」
「大きなお世話や、有り難う…」
ママンまでこの勢いにノったんか…と、白石が涙を流しながら呟く。
自分もれっきとした関西人であることは認めるが、たまに部員達がこんなはちゃめちゃな事をしでかした時には、それを恨みたくなる時もあるのだ。
「そんな、俺らに会えて嬉しいからって泣かんでも」
「もう嬉しくて嬉しくて寿命が十年ばかり縮んだわ、覚えとれよおどれら」
ここまで来ると自分が怒っているのか笑っているのかも分からなくなり、白石は忍足にやつれた笑顔を向けて奇怪な返答を返した。
ダメだ、話題を変えよう。
このままこの話題に固執したら、今度は桜乃だけじゃなく自分までもがここの医療機関にお世話になってしまいそうな気がする。
「…で? 拉致したところでなーんもメリットなさそうな自分らさらってきて、跡部は何するつもりなんや? こっちはビタ一文出す気はないんでそのつもりで」
「おお、程良くやさぐれとるばい」
「まぁいつもの事やし」
自分の苦悩をあっさりとスルーされた白石が、遂に千歳と忍足をべしべしとチョップで折檻し始めたのを眺めながら、石田が淡々と答えた。
「よく分かりませんが、四天宝寺のレギュラーを集めた以上はテニスに関わる事やと思いますが…ほんまに部長はご存じやなかったんですか」
「俺、犯罪者やないもん」
「誰が犯罪者だ」
ふとその場に四天宝寺の面子以外の声が割り込んできて、白石達がその声の方を振り向くと、丁度騒ぎの原因の一端でもある男が入室したところだった。
言うまでもない、跡部景吾だ。
「おお、ゆーかい犯」
「ちょっと目の前にエサちらつかせただけでホイホイ車に乗ってきたのはドコの学校の奴らだったかな、ああん?」
皮肉をすっぱりと皮肉で返され、落ち度がない筈の部長は悔しさにぶんぶんと千歳の首を絞め上げつつ揺らしまくった。
「ほら見てみぃっ! 自分らのせいで、自分らのせいで〜〜〜〜っ!!」
「ぐええええ!」
「一応言うときますけど、誘拐犯より殺人犯の方が罪が重いんすよ、部長」
(…あいつも結構大変だな)
忠告はするが止めはしない財前達を眺めながら、跡部はこっそりと白石の苦悩を思って若干同情した。
そもそも自分がこういう無茶をしなければ、相手も苦労を背負う事はなかった、という事実は頭の中にはないらしいが。
「まぁ済んだことは仕方ねぇだろ。別に危害を加えるつもりもねぇし」
「…誘拐事件の首謀者が、済んだことって…」
ここは法治国家だったよな…と白石がぐらぐらと自分の常識を揺るがされている間に、跡部はびしっと四天宝寺の面々を指さした。
「お前等をわざわざ大阪から呼びつけたのは、別に物見遊山させる為だけじゃねぇぞ。土産だの何だの欲しけりゃ、それなりの働きをしてもらうからな」
『え〜〜〜〜〜!?』
「何がえ〜〜〜〜っや!! 最初っから気づかんかいっ!!」
タダで美味しい話があるワケないいやろ!と部長が苦言を呈したがもう遅い。
まんまと策略に乗せられてしまった部員達に、跡部はお馴染みの勝ち誇った笑みを浮かべながら、今回の企みの目的を語った。
「関西一の強豪、四天宝寺…優勝した青学ともいい勝負だったし、実力は疑うべくもねぇ。学期が始まればそうそう公式戦以外で試合をする機会も持てなくなるが、休み期間の今ならその限りじゃねぇだろ」
「……まぁ否定要素はないな」
「基礎トレーニングはいつでも何処でも出来るが、やはり一番腕を磨けるのは実戦だ。それも出来るだけ強い、センスがある相手と戦う事が好ましい。様々な戦い方をする奴らと戦う事で、己の実力も高めることが出来るだろう」
「……えー、この展開はまさか…」
「ご明察」
もう分かっただろうと跡部が断言した。
「既に各校には説明を済ませた上で送迎バスを寄越してある。直にここに来るはずだ。全員到着したら、すぐに組分けの上で実戦開始だ。滅多に手合わせ出来ない四天宝寺との試合、全校、二つ返事で希望が来たぞ」
「そーゆーワケかいっ!…ん?」
怒鳴りかけた白石が、ふと思いなおした様に口を閉ざす。
待てよ…と、彼の思考が普段の彼から部長としての白石蔵ノ介に切り替わる。
『関西にいる俺らが関東の強豪と戦える機会は確かにそうそうないし、あったとしたらもうそれは練習やのうて本番ってのが殆どやからな…一校だけやなく、複数の学校と手合わせ出来るんやとしたら、ここは相手の策に敢えて乗ってみても十分メリットはある…引き受けんと自分の部長としての采配能力にも他部員から疑いが…』
「お、いざとなったら流石に部長の自覚が…」
忍足がほうほうと感心している間にも白石の呟きは続いていた。
『俺が活躍したら桜乃も惚れ直すかもしれんし、この機会にいっそドサマギで跡部と幸村をツブしとくいうんも…』
「あっと驚くタメゴロー」
「ホンマ、色んな意味で期待を裏切らんお方っすな」
まだまだこの人の思考回路には慣れないな…と忍足と財前が思っている間に、結局、四天宝寺の交流試合への飛び入り参加は確定となり、彼らはそのままコートへと案内される運びとなってしまった…
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