「昨日、跡部から今日の予定のメールを受け取った時には驚いたが…」
「ああ、まさか本当に四天宝寺が参加するとは思わなかった。しかしこういうチャンスは滅多にない、手配してくれた跡部には感謝しなければ」
「そうだな。俺達は結局、四天宝寺とは戦えなかったし、これが後進の奴等にも良い経験になってくれたらいい」
 コート脇…
 今回の四天宝寺の飛び入りの真相について、一切何も知らされていない手塚や橘が真面目にそんな会話をしている姿を向こうに見つつ、白石はぐぐぐ…と拳を握り締めながら悔しさに肩を震わせていた。
「何で…何でいつの間に跡部の手柄になっとんのや…っ! 人の目の前にエサぶら下げて釣ってきただけの誘拐犯が…っ」
「まだ言ってるし」
「しょうがないじゃない、終わったことなんだし」
「……」
 白石が首を巡らせて見た先には、自分と石田以外の四天宝寺メンバーが、至極満足そうな笑顔を浮かべている姿。
 彼は知っている。
 コートに案内されてから、他の学校の選手達がバスで運ばれてくるまで、彼らが思うままに用意されていた豪華な食事を外で楽しんでいたことを。
「……友達って、ホンマ選ばなあかんわ」
 あっさり跡部の歓迎に懐柔されてしまっている仲間達にせめて言い放った皮肉も、野生児遠山にはまるで効いてないらしく、本人はいまだにまぐまぐと生ハムのプロシュートを頬張っていた。
「??? 何言うとるん白石、これ美味いで?」
「うん、まぁな、悩みもなければメシもさぞかし美味いんやろな…」
 はぁ…と白石が遠いお空を見上げて溜息をついているその少し先では、立海の面々が物珍しそうにそんな四天宝寺を眺めていた。
 中でも参謀と呼ばれている柳に至っては、より具に情報を集めたいのか、双眼鏡まで構えている。
「…仲間割れか?」
「え、マジ?」
 柳の一言に丸井がぐりんと顔を向けると、隣でジャッカルが首を傾げて呟いた。
「…何と言うか…俺としては今の白石を応援したい気がする。何となく、俺と雰囲気が似ている様な…」
「そりゃーご愁傷様じゃのう」
「ジャッカル先輩の不幸は天下一品ですからねー」
「そうしているのは誰だと思っているんです、切原君」
 好き勝手な事を言っている仲間達を、やれやれといった表情で眺めていた真田が、ちら、とその隣で佇んでいた親友へと視線を移した。
「最初、お前からのメールで知らされた時にはまさかと思ったが…てっきり今日も白石の妹の見舞いで終わると」
「転んでも只では起きないのが跡部らしいね、経営者としても既にやり手じゃないか」
 真田ににこにこと笑いながら答える幸村は、当然、昨日の跡部の拉致作戦を隣で聞いていた身として、一番早くに情報を掴んでいたのである。
 結局、警察に通報しなかったのは、跡部には相手方を害する意志は微塵もないという事が分かっていたからだろう。
 自分達立海にも十分に利があるという事と、桜乃に会う正当な理由が出来るという理由も、主なものだっただろうが。
「…おっと、あれって白石の妹じゃん? 大会の時に会った子だよなぁ」
「じゃな。あの長いおさげは間違いないじゃろ。けどまぁ、思ったよりは元気そうじゃの?」
 額のところに手を翳して遠巻きに四天宝寺を見ていた丸井が、その男衆の中に入って来た一人の女子の登場を指摘すると、銀髪の仁王も相手に頷いた。
 建物の中から出てきたのは、パジャマから私服に着替えた桜乃だった。
 遠いので詳しい体調をここから窺うのは難しいが、メンバー達と笑顔で挨拶を交わしている様子を見る限りでは、まぁまぁ復調には向かっているということか。
「名目は彼女への見舞いという件も入っていたしな…行くか? 精市…」
 少女の姿を遠目に見つつ隣の幸村に呼びかけた真田だったが、何故か返事がない。
「…ん?」
 訝しんだ真田が幸村の立ち位置に目を遣ると…
「部長なら、とっくにあそこに移動してるッスけど」
「早っ!!??」
 切原の返事の通りその場には部長の姿は既になく、もう一度四天宝寺側へと目を向けると、幸村が桜乃に歩み寄っているところだった。
 殆ど瞬間移動に等しい。
「…隠す意志、ゼロですね」
 『好意を』という言葉はなかったが、柳生の言わんとしていることは全員にも通じた。
「まー、あいつらしいっちゃそうなんだろうけどなぁ…それに…」
 ジャッカル達が眺めている中で、向こうでは先日と同じく、また白石と幸村がかんかんかんかんっ!とラケットチャンバラを披露していた。
 妹に近づいた幸村に白石が応戦している、という図式だろう、おそらく。
「…試合しに来たってより、どう見てもあの子目当てで、ついでに白石の奴をからかいに来たって気がする」
「白石も気の毒にのう…」
 観察眼が特に優れていると言われる悪魔の詐欺師をしてそう言わしめているところからも、幸村という若者の底知れなさが窺えた。
 その幸村本人は…
「本当に元気だよねぇ。何かあったの? 相談なら乗るよ」
「自分のその見た目『だけ』爽やか好青年の笑顔がめっちゃムカつくわー!!」
 にこにこと笑う幸村に朝からストレス溜まりまくりの白石が涙目で叫んだが、流石に仲間達は慣れたもので、どうどうといなしながら白石を相手から引き離す。
「すんません、いつもより多くテンパっております」
「うん、見てたら分かる。面白いよね四天宝寺って」
 自分も明らかに白石のテンパり具合に貢献しているにも関わらず、幸村はそこだけ完全にさらっとスルーして一氏に答えた。
(流石、立海の部長を張るだけあるばいね…)
 これだけかき回しておいて平然としているのは全て計算ずくか、それとも天然か…天然だけで部長が出来る訳でもないのだろうから答えは明らかだが、と千歳が思案している間に、今度はその場に跡部が加わってきた。
「相変わらず賑やかだなここは…」
「跡部…?」
「そら、今日の試合一覧表だ。目ぇ通しとけ」
 ひら、と配布されたプリントに、幸村と白石だけでなく、他の四天宝寺メンバー達も集まり、上から内容を覗き込んだ。
「あら、結構きっちり入ってるのねぇ」
「けどまぁ、妥当じゃないッスか? 俺ら関西組は長居出来ませんし、ちょっとぐらいハードでも関東の学校と戦える機会ですし」
「道理ですな」
「あっ、ワイが一番乗りやー!」
 流石にスケジュールの確認は真面目にやっているメンバー達の脇では、跡部が今度は桜乃に課題作業についての補足を行う。
「絵を描くとか言っていたな、取り敢えずイーゼル含めた一通りの用具と画材は揃えておいた。好きなものを描くといい」
「わ、有難うございます」
「で? 家族の絵を描くと言ってたな。挟まれたコートじゃあよく見えないだろうから、お前の兄貴の試合は全部端のコートで行うように手配しておいた。そこなら位置も固定して、落ち着いて描けるだろう。今日は快晴だが身体を冷やすといけない、念の為に上から羽織る為の薄手の長袖のシャツも準備してある」
 普段はこれ以上ない程に俺様な性格の若者だったが、桜乃に対してはやけに気を遣ってくれている様にも見える。
 気のせいか或いは…
 どちらかと疑うどころか最初から跡部の心遣いだと信じて疑っていない桜乃は、心底嬉しそうに、感謝の眼差しで彼を見上げた。
「本当にすみません。跡部さんって凄く人を思い遣れる方なんですね…お兄ちゃんが羨ましいなぁ、こういう方がお友達で」
「…」
 そんな少女とは、友人という意味じゃなくそれ以上に親しくなりたかった帝王だったが、そいういう類の台詞などこれまで言った例などなく、どう上手く伝えたらいいのか迷っている間に時間切れ。
「はいはいどーもどーも、親切にしてくれておおきに。後は俺らでやっとくし」
「くぅ兄ちゃん」
 ぺっぺっとラケットを二人の間で軽く振りながら双方を引き離し、白石が乱入。
「ふん、本当に筋金入りのシスコン兄貴だな」
「何とでも言うがええわ。そういう使い古された文句なんぞ、今更耳に痛いとも思わんし」
 ふふーんと薄い笑みすら浮かべる相手に、跡部が急に真面目な顔になってがしっと肩を掴んだ。
「人生考えろ。その年で使い古す程にそういうヤバイ言葉を言われてるって、相当キテるぞお前」
「じゃかあしゃいっ!!」
 敵に真剣に心配されたのが悔しかったのか恥ずかしかったのか、白石が怒鳴っている様子を他の学校の面々が興味深そうに眺めている。
 いや、眺めていたのは他校のみではなく……
「…跡部が人生語るって…初めて見た」
「諭される程ヤバイお人なんかな、あの白石いうんは」
 跡部と同じ氷帝の面々も、部長の滅多に取らない行動に目を剥いて驚いていた。
 人の人生には全く我関せず、ただひたすらに我が道を往くタイプの男が、あそこまで口を出すとは。
 また、別の場所でも…
「ほう、意外と仲が良い様だな、氷帝と四天宝寺は…」
「いや、学校間の問題と言うより…個人の話じゃないかアレって」
 相変わらずストイックな青学の部長に、副部長がさりげなく訂正を入れている脇では、青学の中でも読めない人物と名高い不二周助がいつもの朗らかな笑みを浮かべてあの二人を見つめていた。
「跡部の調子を崩しているのは白石じゃなくてあの子じゃないかなぁ…まぁ白石本人も崩されてる感じはするけどね。で、本人は自覚ゼロ…か…一番厄介なパターン」
「最後の台詞がメッチャ楽しそうッスね、不二先輩」
「そうかい?」
 一年生の越前からの鋭いツッコミを受けながらも笑顔を絶やさなかった不二は、更に彼らの間にさりげなく存在しているもう一人の人物にも注意を向けた。
「…で、立海一の要注意人物も少なからず関わっているとなると、見世物としては最高に面白いね。テニスじゃなくても、誘われて来たのは正解だったよ」
「いや、テニスだからね、本来の目的は」
「そこはしっかり頼むぞー不二〜」
 河村と菊丸が不安も露に天才にそう声を掛けていたが、相手はまだ楽しそうに桜乃と彼女を取り巻く跡部、幸村を眺めていた…





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