紳士の夢
いまだに時折夢に見る
一人の男と一人の女
小雨にけぶる灰色の街は、窓を隔てて淡く映える
彩がない、しかしその世界は酷く美しく
入る事も出来ない自分は、ただ二人を眺めるだけだった
青学に入学してから間もなくの頃、竜崎桜乃は一つのスポーツ店に足を運んでいた。
「うわぁ…ラケットだけでこんなにあるんだぁ」
ぐるりと首を巡らせて見ているのは、店の壁のかなりのスペースに掛けられている幾種類ものテニスラケット達。
大体は同じ形をしているが、それらは少しずつ材質が異なったり、色が異なったり、面が異なったりと、多種多様な性格であることは素人の彼女も知っていた。
それは一般的知識と言うよりは、彼女の祖母にその原因の一端がある。
桜乃の祖母・竜崎スミレは青学男子テニス部顧問であり、教育熱心な一面もあることから、日常生活の中でもテニスについてよく話しているのを、孫娘は聞いていたのである。
しかし、知識と実践は異なるもの。
そういうものだと知ってはいるが、桜乃がテニスラケットを握るのは、殆ど今日が初めてと言っても過言ではなかった。
祖母は確かに顧問ではあったが、自分の嗜好を孫に押し付けるような性格ではなかった事もあり、桜乃が向こうからテニスを勧められた記憶は特にない。
そして桜乃もまた、自ずと進んでラケットに触れようとした事もなかった。
嫌いという訳ではなく、ただ、興味を持つ切っ掛けがなかっただけだ。
そんな彼女だったが、最近、遂にテニスに興味を持つ出来事があった。
そこには同じ一年生で、やたらと生意気な性格である少年も関わってくるのだが、とにかく桜乃は今回中学に入学した事も契機に、触れたことのないスポーツをやってみようという気になったのだった。
そして今日、いよいよ自分のラケットを買おうということで、店に来てみたのだが…
(う〜…甘く見ていたなぁ…こんなにあるなんて思わなかった。やっぱりお祖母ちゃんについてきてもらえばよかったかも…)
そもそも知っている知識も付け焼刃程度のものだし、自分に合うタイプのラケットがどういうものなのかなど、想像もつかない。
素人考えで選ぶには高価な物であり、これだけの選択肢があるという事は、逆に言えば誤った物を入手する可能性も高くなるということで…
「う〜〜ん…う〜〜ん…」
一生懸命悩みながら、ラケットが飾られている壁へと目を向けながら歩いていると、不意に桜乃は柔らかい壁に軽くぶつかってしまった。
「はえ…?」
「あっ、失礼」
あれ?と思っていると、向こうから即座に謝罪の声が聞こえてきた。
物静かで、柔らかで、耳に心地よい男性の声だ。
「…!?」
はっとそちらへと身体を向けると、自分の歩いていた通路の真ん前に、一人の男性が立ってこちらを見下ろしていた。
自分よりはかなり長身で、七:三に分けられた髪はきちんと揃えられており、なかなか端正ではないかと思われる顔立ちの若者だ。
『思われる』というのは、人の容貌を確認する上で非常に重要な要素である目が、彼の場合は眼鏡で隠されていたからだ。
普通の眼鏡ならそのグラスを通して確認出来るものだが、相手のそれは何を意図してのものなのか偏光仕様のものらしく、どうしても向こうの表情が窺い知ることが出来ない。
とにかく、相手がどんな容貌であれ、自分がぶつかってしまったのは紛れもない事実の様だったので、桜乃も相手に続いて慌てて詫びた。
「こ、こちらこそすみませんでした! お怪我、ありませんでした?」
ぴょこっと頭を深く下げて相手を気遣う言葉を述べると、向こうは物腰柔らかにいいえ、と手を身体の前に立てる形で答えた。
「大丈夫ですよ。お怪我と言うのなら、女性の貴女こそ」
見た感じ、そんなに自分と年が離れている人間とは思えない。
年上…なのは間違いないだろうが、年齢は五歳も離れてはいないだろう。
なのに!
(なっ、なに、この人の礼儀正しさ!! 雰囲気も、カチロー君やリョーマ君達とは全然違うし…!)
もしかして何処か、育ちのいい坊ちゃんだったり…!?と、完全に相手の雰囲気に呑まれてしまった少女は、笑えるくらいに慌てた様子で断った。
「い、いいいえっ、だ、大丈夫です! 元気ですから、私!」
わたわたわたわた……っ!!
「……」
視覚的に慌てている事が丸わかりの少女を見下ろしていた若者は、軽く眼鏡に手を触れながら声には出さない呟きを洩らした。
(……ハムスターの様ですね)
小さい身体でちょこまか動き回る、あの小動物と非常に似ている…同じような前歯は持ってはいないだろうけど。
桜乃と小動物を重ねてイメージしたその若者は、自身の想像と分かっていても、その微笑ましさについ軽く笑みを浮かべてしまった。
「元気、ですか…それなら良かった。では、私は失礼します」
「は、はい…」
すぅ…と自分の隣を通り過ぎて行ってしまった若者の背中を見送り、桜乃は暫く相手の姿を改めて思い出していた。
常盤色に近い色合いのジャケットとズボン…ストライプのネクタイに、ぴしっと糊が利いたシャツが非常に清々しかった。
あれは、やはりどこかの学校の制服の様な気がするが…自分も中学生になったばかりだし、見たこともないデザインだった。
(都内の人じゃないのかなぁ…でも私もそう詳しい訳じゃないし…)
でも、ここにいるということはあの人もテニスするのかな…ああいう人達ばかりなら、気持ちよくスポーツにも打ち込めるだろうな…と少しだけこれからのテニスライフに希望を抱きながら、桜乃はさて、と改めてラケット達と向き合った。
そんな有意義なひと時を過ごした後でも事態は何ら好転していない事を、桜乃はそこで改めて思い出す。
(あ、あはは…私の馬鹿…あの人、テニス知っていたら、どさくさに紛れて教えてもらったら良かった…)
あの時は謝ることばかり考えて、そこまで気が回らなかった…
(いつもこうなんだよね…上手く立ちまわれないって言うか、要領悪いって言うか…もう性格だって割り切るしかないのかなぁ)
ここは泥沼にはまる前に、一度退散した方がいいのかな…と思っていると、今度は別の声が掛けられてきた。
「いらっしゃいませ、ラケットをお求めですか?」
「っ!!」
最悪のタイミング…帰ろうと思ったオーラを感じ取ったのかは知らないが、いつの間にか店員が自分の隣に来ていた。
「女性用ラケットなら、丁度人気のメーカーから新製品が出たばかりですよ。こちらなどは…」
「は、はぁ…」
向こうの説明を遮る事も出来ず、桜乃はひたすらに相手のそれを大人しく聞いていた。
これも彼女が気にしている悪い癖。
こういうシチュエーションになった時、断る事が出来ずについつい付き合ってしまうのだ。
そして付き合えば付き合う程に、後が断りづらくなってくる。
(はは…もう完全に店員さん、販売モードだよう…このままじゃ、一番高いのを押し付けられそう…)
そんな専門用語満載の説明されても、自分には分かりません…と心で訴えながら、少女はどうしようか…と困り果てつつじっとその場に留まっていた。
「お取り込み中、申し訳ありません」
「…?」
何か、聞いたばかりの声が、また聞こえた気が…と思っていると、そこに、店員と自分の間に割り込む形で、あの若者が再び歩いて来る。
彼は今度は桜乃ではなく、若い男性店員に注目し、体も向ける形で話に入ってきた。
「ああ、丁度良かった…私も少々ラケットについてお伺いしたいことがあったんですよ、何しろ始めたばかりなもので…一緒に拝聴しても宜しいでしょうか?」
「は、はぁ…」
まさか学生から「拝聴」などという単語が聞けるとは思わなかったのだろう、向こうも流石に面喰っている様子だったが、若者はそんな相手に構わず早速質問をぶつけていた。
「では…本当に最初からになってしまいますが、初心者がラケットを選ぶ際は、どの様な事に注意して選んだら良いんでしょうか?」
「そうですね…簡単に説明したら…」
(おおお…!)
見事な誘導…っ!
(そうそう、それが聞きたかったの〜〜〜!!)
さっきまでは店員さん、私が経験者だと思って難しいことばかり言うんだもん〜!…まぁ断わりを入れられない自分が悪いんだけど…と思いつつ、これ幸いと桜乃も便乗してふむふむと店員の話に聞き入った。
そして、話が一段落したところで、眼鏡の若者がふむ、と顎に手をやりながら頷くと、傍にあった赤いラケットを一本手に取った。
「では、例えば彼女の場合は軽量のカーボンが適しているんですね。筋肉もそう多い方ではなさそうですし、フェイスもスーパーサイズで…これとか」
「そうですね、それはフレームも中厚ですから扱い易いかと」
「成程…どうぞ」
「え?」
徐にラケットを差し出されてきょとんとした桜乃に、その眼鏡の若者が優しく笑いながら改めてラケットを差し出した。
「試してみたら如何でしょう。実際持ってみないと、なかなか実感出来ないこともありますからね」
「は、はぁ…」
促されて手に取ったラケットが、意外に軽くて桜乃は驚いてしまった。
「うわ、軽い…もっと重いのばかりだと思ってたのに」
一度リョーマ君のとか持たせてもらったことあるけど、全然違う…
グリップを軽く握ってぶんぶんと振ってみても、意外としっくりと馴染んでいる気がする。
「へぇ〜…」
嬉しそうに笑いながらしきりに感心している桜乃の笑顔を見て、その若者は再び薄く笑うと、壁の一帯を手で示した。
「ここ辺りが女性用としてはいいものがありそうですよ。色々と試してみたらいいかもしれません。では、私のラケットの方ですが…」
さり気無くアドバイスを与えた後、彼は店員に再び質問をしながら自然にその場を離れて別のラケットの展示場所へと移動していく。
(…もしかして、私がまた捕まらないように気を使ってくれたのかなぁ…)
そう思ったもののそこで確認する訳にもいかず、桜乃は相手に勧められたままに何本かのラケットを試したりしていたが、結局、最初に手渡されたラケットに決めて、それをレジへと持って行った。
「有難うございました」
包まれたラケットを受け取ってから、桜乃はきょろっと店内を見回す。
(あの人、まだいるかなぁ…一応、お礼だけでも…)
そして幸い雑誌などが置いてある棚の向こうに相手の顔が見え、彼女はぱたたーっと急いでそちらへと移動する。
そして角に来て相手の全身が見えるところに来たところで、向こうは持っていた雑誌を一時読むのをやめ、徐に携帯電話を取り出した。
(あ、誰かからお電話?)
見守る桜乃の向こうで、相手は彼女の視線には気付かない様子で誰かと話している。
「ああ、仁王君ですか…ええ、今は外に出ていますが……え? お見舞いですか? ええ勿論です、一緒に行きましょう。ではいつも待ち合わせているあの場所で…分かりました」
(お見舞い…?)
何となく聞いている間に彼は携帯の通話を切ると、読んでいた雑誌を未練なく棚に戻し、すたすたすた…と急ぎ足で店の外へと歩き出した。
(あああああ…っ!!)
なに!? あんな細い身体してるのに、競歩並に速いんですけどっ!!
(こ、声かけようかな…う、でもお見舞いとか言ってたし、急いでいるのかも…)
どうしよう、どうしよう…と思っている間にも向こうは容赦なしで少女を引き離し…あっという間に雑踏の中へと消えていってしまった。
「…はぁ」
何だか、迷惑かけるだけかけちゃった感じ…お礼も言えないまま…
結構落ち込みながら桜乃は惰性で再び店へと戻り、彼が先ほどまで立っていた棚の前に来ると、相手が持っていた雑誌に目がいった。
(あ…あの人、どんな本読んでたんだろう…同じ初心者なら私にも役立つかも)
何となく気になり、桜乃がそれを持って中身を開いてみると…
(何これーっ!!)
初心者では到底理解出来ないような、専門的な解釈を交えたテニスについての教本だった。
(うそ〜〜〜!! 初心者でこんなの理解出来る訳ないよう! 一行目からもう分からないし!)
そりゃ自分は初心者の中でもブッチギリの初心者だろうけど、それでもこれが初心者レベルというのはありえない。
と言う事は…
(……私を助ける為に、初心者だって嘘ついてたの、かな…)
本人が消えて初めて知らされる、相手の気遣い、心配りに、桜乃は何とも言いようのない感動を覚えてしまった。
少なくとも自分が今まで生きてきた中で、ここまで同学年男子に優しくされたことはない、しかも向こうは全く見返りなど期待することもなく、名前さえ名乗らなかった。
(し…紳士だぁ〜っ!)
「おう、柳生」
「仁王君、お待たせしてしまいましたか?」
「いや、そんな大した時間じゃないぜよ。気にせんでもええきに」
ある一人の少女をいたく感動させているとは露ほども知らないまま、例の紳士然とした眼鏡の若者は、一人の男と街角で出会い、親しげに言葉を交わしていた。
相手の男は柳生と呼ばれた男と同じ制服を纏い、銀の色の髪を艶やかに煌かせている。
非常に目鼻立ちの整った顔立ちをしているが、その澄んだ瞳の奥には悪戯好きな性が潜んでいる様にも見えた。
「何処行っとったんじゃ?」
「少々気分を変えようと、今日は別のスポーツ店に行きました。なかなか良い品揃えでしたよ、今の行きつけよりいいかもしれません」
「ほう…で、掘り出し物はあったかの?」
「そうですね」
問われ、柳生はその店について反芻し…一番最初に思い浮かんだ光景に微笑みながら答えた。
「…ハムスターみたいな子がいましたよ」
「は?」
「間違いなく、テニス初心者でしたが……初々しかったですね、まるで昔の自分を見ている様でした。貴方に上手く誘われてテニスラケットを握った日のね」
彼ら二人にとっても因縁の始まりとなった時の事を思い出し、仁王は楽しそうに笑った。
「はは…何を言うんじゃ。あの日のお前さんはそんな殊勝なもんじゃなかったろうが…中途参入から、王者立海でレギュラー張っちょる柳生比呂士ともあろう男が」
「私は日々慎ましく生きているつもりなんですけどねぇ」
相手の意見に完全に同意はしなかったものの、柳生は強く否定することもなく、相棒にそう言って笑いながら返した。
「そろそろ行きましょうか。幸村部長と皆さんを、あまりお待たせしてもいけません」
「そうじゃの」
二人は本来集った目的を果たすべく、共にそこから近い病院へと向かって行った。
同じ店を非定期に利用することになったとは言え、互いの生活サイクルも何もかも知らないままの柳生と桜乃が、以来再び会うことは暫くなかった。
桜乃の方はもう一度会えたらその時には是非お礼を、と意識して店の中を回ったりもしていたのだが、如何せん相手は神奈川の学校の生徒。
しかも日々のテニス部の練習内容も桜乃のそれとは大きく隔たっており、既にそこから店に立ち寄る時間は異なっていたのだ。
しかし、二人を他人のままにしておくのは忍びないと、運命の神様は気紛れに思ったのかもしれない。
あれから一度は途切れた桜乃と柳生の縁は、某日、中学男子テニスの関東決勝大会で再び繋がれることになったのだ。
青学が誇る黄金ペアを破った立海のダブルスペア…その片割れこそが、あの柳生だった。
しかも最初は相棒の姿を騙っていたという色々な意味で衝撃的な再会を果たした桜乃は、動揺しながらも試合が終わった後で、立海側の生徒に当てられていた席のスペースへと足を運んでいた。
(知らなかった…あの制服、立海のだったんだ…)
菊丸先輩と大石先輩は、結果負けてしまったけど…あの日のお礼を言うことには関係ないよね…良くしてもらった事は事実なんだし…
そう思いつつ桜乃は目的のスペースに行ったことまでは良かったが…
(う…しまったぁ、やっぱりちょっと目立つかな…ここには立海の人しかいないもんね…)
自分が青学の制服を着ていたこともあり、他の立海の生徒達からの興味の視線を受けることになってしまった。
元々が気弱な性格なので、桜乃は注目を受けていると意識してしまうと、きょどきょどきょど…と意味なく慌て始めてしまう。
(うう、どうしよう〜〜、わざわざ呼んで貰う程の事でもないし、向こうは私の事、覚えているかも分からないし…でも、ここでお礼言わなかったら、今度は全国大会ぐらいでしか会えないかもだし…)
そんな事を考えつつ、動くに動けない状態に陥ってしまった桜乃を、偶然にも一人のレギュラーが見ていた。
(…ありゃあ、青学の制服じゃな…こんな場所に何の用じゃ?)
自分の試合を済ませたばかりの仁王だった。
丁度水を飲みに来たところで青学の制服を着た女生徒を見つけたが、どうにも様子がおかしい。
青学であっても立海レギュラーを応援するミーハーの存在は知ってはいるが、彼女の様子は明らかにそれとは違う。
何とも内気そうで、人目を気にしつつもそこから動こうとはしない…いや、動けないのか?
きょときょとと辺りをせわしなく見回している様は正に…
(…ハムスターみたいじゃなー)
奇しくも、過去に相棒が抱いた感想と同じ事を思った銀髪の若者は、興味に動かされるように彼女の方へと近づいていった。
「…なぁ、お前さん?」
「っ!!」
びくくうっ!!
(おお飛んだ……初対面の人間にここまで怯えられたのは初めてじゃな)
少なくとも、今この娘には何もしとらんのじゃけど…と思いつつ、仁王は、あからさまに飛びずさった相手を眺めつつ、どうこれから声を掛けたもんかと頭を掻いた。
そんな彼を振り仰いで見た桜乃は、先程ダブルスであの若者と一緒に活躍していた男と知り、驚いて声を上げた。
「あ! あなたは立海の詐欺師さん!!」
「うん、まぁそうも言われとるけど、本当の名前は仁王なんじゃよー…つかお前さん、ここに何の用じゃ?」
複雑な胸中ながらも上手く質問に繋げた詐欺師は、ゆっくりと相手を眺め下ろす。
「用もないのにうろちょろしとったら、目立つばかりじゃよ、誰ぞ会いたい人間でもおるんか?」
「あの……柳生さんに、一言お礼を…」
「んん…?」
「前に、一度ラケットを選んでもらったことがあって…色々と良くして頂きましたから、せめてお礼を言いたいと思って…それだけなんですけど」
「ほう、柳生が…」
相槌を打った仁王だったが、特にそれを聞いても彼には何の感慨も沸かなかった。
何故なら、普段から品行方正の相棒は、その程度の事なら誰にでもやっていたからだ。
それは相手が立海だろうと青学だろうと、男子だろうと女子だろうと関係ない、だからこそ彼は、その分け隔てない態度から紳士と呼ばれているのだ。
「いつの事じゃ? あいつ、そういう事ならしょっちゅうやっちょるから、もう覚えとらんかもしれんが」
「あ、えと…私がテニス始めた頃だから…四月?」
「…もう夏じゃよ?」
「だって学校もお名前も知らなかったんですもん〜〜〜〜!」
ちょっと呆れた口調の若者に、桜乃も必死に弁解する。
そんな彼女を見ながら仁王はふーむと軽く考え込んだ。
(悪人ではなさそうじゃし、嘘をついとるような感じでもないのう…会わせるぐらいならええかもしれんの)
まだ勝負は決してはいないが、自分達は全ての試合が決まったらすぐに病院に向かう予定である。
現在違う形で自分達と共に戦っているだろう部長に会う為だ。
一刻も早く向こうに向かうには、ここで雑用は早めに済ませておいてもらうのが得策かもしれないし、それは彼女にとっても少なからず得になるだろう。
「…分かった、ちょっとここで待っときんしゃい、柳生の奴呼んで来る」
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