「??? あの…?」
「何でもありませんっ! ええ! 本っ当に何でもないんです、ねぇ!? 仁王君」
「んー、まぁそうじゃのー…オトコの話ってヤツじゃ」
「? はぁ…」
 結局、何も分からないままに終わった桜乃は、そこでぽん、と小さく手を叩いた。
「あ、じゃあ私も一緒にキッチンに行きます。やっぱり手伝わせて下さい。仁王さんの分もありますし、手は多い方が時間も短くて済みますよね?」
「あ…はぁ」
 本来ならあくまでも断るところの申し出だったが、今回は柳生はそれを受ける事にした。
 もしここに桜乃を一人にして、そこに仁王もいるとなれば、自分が不在である間に相手がどんな好き勝手な事を彼女に吹聴してくれることか。
 自分には全くやましい所はない、しかし自分に関わる話でなくとも、この少女に詐欺師の如何わしい言葉を聞かせる訳にはいかない。
 そうなると、やはり自分の傍に彼女を置いて守護するのが一番だろう。
「では、お願い出来ますか?」
「はい!」
「俺も俺もー」
「好きにして下さいもう…」
 案の定ついて来た仁王だったが、最早断ったり止める気力すら失われていた柳生は、そのまま好きにさせてやり、三人でキッチンへと向かう。
 そしてそこに到着した途端、仁王が活き活きとした動きで冷蔵庫へと直行した。
「さーて、確かここに王室御用達のバウムクーヘンがあった筈…隠しても無駄ぜよ」
(どう見ても手伝うより漁っている様にしか見えないのですが…)
 そう思う間に、柳生は今度こそ桜乃から差し入れられたエクレアなどを綺麗にそれぞれのプレートに載せ、その後もお茶の準備をしている桜乃を手伝った。
「すみませんでしたね、結局手伝わせることになってしまって」
「いいえ、いきなりお邪魔したのは私なんですから…仁王さんにもお世話になりましたし」
「はい?」
 世話?
 仁王君に?
 いつ?
「それは一体…」
 どういうことですか?と尋ねようとした柳生の言葉を遮り、仁王が向こうからにゅっと顔を出してきた。
「やぎう〜〜、バウムクーヘン切るから分度器貸して〜〜」
「何処の丸井君ですか貴方は…」
 みみっちい真似はしないで下さいと戒めてから、柳生がそちらへ歩いて行くと間もなく、賑やかな攻防戦が始まった。
「なに全部三等分にしようとしてるんですか貴方っ!」
「ええじゃろ、減るもんじゃなし」
「減りますっ!!」
「じゃあ四等分で残りテイクアウトプリーズ」
「全力で拒否致します! 全部無くなっていたら家の両親…特に母親が黙っちゃいませんよ! こっちのとばっちりも少しは考えて下さい!」
「……そう言えばそうじゃの」
「でしょう?」
 よく分からない様な分かる様な会話を交わしつつ、二人の攻防が済んだ後には、まぁ無難な大きさのバウムクーヘンが三つ、それぞれのプレートに追加で載せられていた。
「では、今回はこれぐらいで」
「妥当なトコロじゃ」
(よく分からないけど、仲、良いんだよ、ね…お二人とも)
 少なからず悩むべきところもあったが、一応二人も落ち着いた様なので、桜乃は彼らと一緒に再び柳生の部屋へと戻り、そこでようやく一服。
「ほう、これはなかなか…」
「絶品ですね、このチョコのコーティング具合が何とも…」
「うふふ、ここ最近では一番の出来でしたもん」
 ダブルスペアの二人の称賛を受け、桜乃も嬉しそうに微笑んだ。
「でも良かった。仁王さんのアドバイスのお蔭で、コツを掴めた感じがします」
「え…」
「…」
 そう言えば、彼女はさっきも何か…
「竜崎さん、確か先程、仁王君に世話になったとか仰っていましたが…それは一体?」
「あ、こないだお菓子の話をした後で、仁王さんから勧められたんですよ。柳生さんは味にも結構うるさいから、食べてもらえば修行になるぞって」
「え…」
「味の好みについても結構詳しく教えて下さって…流石、コンビネーションばっちりですね、仁王先輩」
「ん〜…ああ」
 桜乃に呼びかけられた詐欺師は、相棒に自分が仕向けた事がばれたのが照れ臭いのか、そっぽを向きながら生返事を返す。
「仁王君…」
「…別に大した事じゃないぜよ。竜崎に作る様に仕向けたら、俺にもちゃーんとおこぼれが転がり込んで来るじゃろうし、お前さんの噂を探っちょれば、その日の内に菓子作る事ぐらいバレバレじゃったからのー。張っとったら案の定、見事に迷子になっとるし」
「ちょっ! 仁王さん、それ言わない約束っ!!」
「おっとすまん」
「んも〜〜!」
 酷いですーと小さく桜乃が仁王に怒り、相手が相変わらず笑いながらそれをいなしている様子を、柳生は声もなく見つめていた。
 つまり…彼女がここに来てくれるように仕向けたのは、自分の相棒だった?
 恋敵の筈なのに…途中で参入したとは言え、敢えてこういう機会を持たせてくれた?
 その気になれば、自分の好みを言って相手にそれを求める事も出来た筈なのに。
「におうく…」
 呼びかけて…その声が途中で消えた。
 柳生の視界…先程まで何かが足りないと思っていた、味気ない自分の部屋の中が一変していた。
 桜乃と仁王がいるこの景色…これで、今、自分の居る世界は完成した。
(……そう、でしたか)
 物足りない、何かが足りないと思っていた自分の感覚は、誤ったものではなかった。
 こうして二人がいてくれる事が、今の自分の世界を維持する上で不可欠なものだったのか。
「よう柳生、なにぼーっとしとるんじゃ?」
「あ…いえ」
 呼びかけてきた詐欺師が、相手が気付いたところでいつもの、あの悪戯っぽい表情でにひゃりと笑った。
「楽しいのう、三人でおるんは」
 まるで心の中を見透かしてきた様な言葉に柳生は暫し無言になったが、それからやれやれと苦笑した。
 本当に…一筋縄ではいかない相棒が恋敵になったものだ。
 しかし、こういう関係も決して悪い物ではない。
 彼が相手だからこそ、もし万一敗れたとしても潔くそれを誇れる事もある…信頼している男だからこそ。
(…けどまぁ、もう少しだけ先延ばしでもいいかもしれませんね)
 この三人でしか得られない楽しいひと時を、もう少しだけ彼らと共に。
 自分の世界も、彼らが不可欠な存在なのだと、そう語っているから…





前へ
柳生編トップへ
サイトトップへ