親愛な人の隣で
「昨日のドラマ見た?」
「見た見た! 素敵だよねー」
その日も立海大附属中学はすこぶる平和であった。
各々の教室の学生たちは、いつもの様に定められた授業を受け、休み時間には友人達と楽しく語らっていた。
そんな語らいの中に、昨日のテレビ番組の内容が出て来るのは、どの学校でもよく見られる光景である。
この時も、一年生の教室の一つでは仲良しの女子が集まり、昨日の新しいドラマについて熱く語っていた。
「主人公のOLが…」
「恋人役の人は…」
きゃっきゃっと話で盛り上がる女子達の中に、柳生桜乃もいた。
中学三年生の柳生比呂士を兄に持つ一年生である。
兄が「紳士」という異名を持つのに対し、桜乃はまだ?そういう仇名は持ってはいない。
根が大人しく、入学したばかりからかもしれないが、兄と似て人への思い遣りは十分にある娘であり、友人も結構多い…但し、女子の友人に限るが。
男子の知り合いもいると言えばいるのだが、兄以外の男性とそんなに深い付き合いをした事がないのと、その兄である柳生比呂士が、きっちり妹をガードしているのが主な理由である。
『嫁入り前の娘なんですからね。節操無く何処ぞの馬の骨と付き合うなんて事、お兄ちゃん、絶対に許しません!』
過保護ともとれる兄の指導だったが、元々がお兄ちゃん大好きで、世間知らずな一面もあった桜乃は、特に反抗する素振りもなく「はぁそうですか」と素直に受け入れている。
そんな少女だったので、今の友人達のドラマの恋人批評には、あまり乗りきれていないのか、物静かに彼女たちの話を聞いているだけに留まっていた。
「でも、朝、大好きな人の隣で目を覚まして『おはよう』って…憧れるシチュエーションだよね!!」
『ねーっ!!』
一人の女子の訴えに、全員が声を揃えて賛同した時、初めて桜乃が口を開いた。
「え? 皆はした事ないの?」
『!!??』
普段内気な桜乃の意外な発言に、全員の声と動きが一瞬固まる。
キーンコーンカーンコーン…
そうしている内に次の授業が始まるチャイムが鳴り、桜乃はそのまま自分の机へと戻って行った。
「え…まさか」
「あの柳生さんが?」
「でも…今の発言ってやっぱり…」
奥手も奥手な少女が、まさかそんな事を!?
再度訊くにもちょっと気が引ける内容であるだけに、他の女子達は動揺しつつも、改めて桜乃に尋ねる事も出来ず、結局そのまま次の授業へと移っていったのである。
その日の夜…
日本列島に迫る低気圧の影響で、夕方から天気は大きく崩れ、夜の闇が深くなった頃には激しい雨風、そして時折雷までもが荒れ狂っていた。
「予習、宿題、終了っと…」
机の前に座っていた桜乃が、開いていた教科書とノートをぱたりと閉じると、窓の外でびかっと雷が光り、数秒遅れてごろごろごろ…と天が唸った。
「う…」
反射的にびくんと身を竦ませて、少女はこそっと窓ガラス越しに外を見つめる。
漆黒の世界の中で雨が窓を激しく叩いており、その勢いは一向に収まる様子はない。
どうやらこの雷雨は当分続く様だ…
「ん〜〜…」
寝ようと思ったけど、このまま電気を消してベッドに潜ってもちょっと…
悩む素振りを見せた桜乃だったが、そうしていたのもごく短い時間で、彼女は一度ベッドに近寄って枕を持つと、それを手にしたまま自室を出た。
とことことこ…と歩いて向かった先は、隣の兄である柳生の部屋。
とんとんっ
『開いていますよ、どうぞ』
普通は「誰ですか」と訊くところだが、流石にこの時間、家の中には家族しかいないのでそんな返答なのだろう。
兄のいつもの落ち着いた返事が返ってきたところで、桜乃はかちゃっと遠慮がちにドアを開け、そこから顔半分をぴょこりと覗かせた。
「おや桜乃、どうしました?」
柳生も既にパジャマに着替えており、ベッド脇に立っていたところから、丁度寝る体勢に入ろうとしていたところの様だ。
ナイスタイミング。
「えへへ、比呂士お兄ちゃん、今日一緒に寝てもいい?」
「いいですよ」
てれてれと尋ねてきた妹にあっさりと許可を出したところを見ると、これが初めての事ではないらしい。
いらっしゃいと手招いた兄に、桜乃が嬉しそうに枕を抱いて寄って行く。
「ありがとー、お兄ちゃん」
「雷が怖かったんですか? 相変わらず恐がりですね、桜乃は」
「う〜…だって寝られないとどんどん恐い事考えちゃうもん」
ちょっとだけ反論しながらも、先に柳生がベッドの端に横になった後、桜乃がごそごそとその隣に潜り込んだ。
元々が広いベッドなので、二人が寝てもまだゆとりは十分にある。
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