照れる桜乃が言う通り、この二人の出会いは少々変わった形だった。
全国大会が無事に終了し、当日は関係者や出場校の生徒達を集めた大々的なパーティーが行われたのだが、そこに桜乃もいたのである。
直接的な関係者ではなかったにしろ、これまでのボランティア活動や、応援への積極的な参加が認められ、共に労われる形での招待となったのだ。
別に政治家や要人が参加するような堅苦しいものではなかったというのも、彼女にとって敷居が低くなった一因だろう。
兎に角、桜乃はそのパーティーに参加しつつ、見知った生徒達と楽しい歓談の時間を過ごしていたのだが、そんな彼女を財前が見かけたのだ。
(お、可愛い子…)
素直そうで、目が大きくて印象深い少女に目を留めた財前は少しの間彼女を観察していた。
けばけばしくないし、服装も乱れていないし、如何にも清楚といった感じ。
関東の学生なので、やはりそちらの学校の生徒達と特に親しく話している様子だが、あまり面識がないらしい相手にも変わりない態度で接している。
性格はやや内気な方かもしれないが…
「……」
何故か、彼女の浮かべる笑顔に惹かれてしまい、財前は観察を終えると同時に場所を移動し、桜乃の傍へと近づいた。
今日が初対面には当たるが、関係者ならテニスの話題から始めたら当たり障りはないだろう。
それに昨日の試合を見ていたなら、自分の顔もまだ覚えてもらっているだろうし…
「…えーと、なぁ、君…」
「はい?」
後ろから呼ばれたおさげの少女は、くるんと振り返り、財前の姿を見て一瞬きょとんとした。
知らない人に初めて、急に出会った場合によく見せる行動だ。
そして続けて、彼女は視線を彼の耳に向けて少しだけ瞳を大きく見開いた。
おそらくはずらりと付けられたピアスの数にびっくりしているのだろう…それも初対面の相手が大体見せる反応だから、財前は慣れていた。
「君、青学の生徒さん?」
「あ、はい…竜崎桜乃と言います…あなたは、ええと…四天宝寺の方、ですね」
制服でそれはすぐに察したらしい桜乃は、それからじぃっと財前を見上げてくる。
「…え?」
真っ直ぐに見上げてくる少女の視線に、柄にもなく財前が内心うろたえる。
女性からの熱視線にはそれなりに免疫はあるはずなんやけど…おかしいな…
冷静を装っている間にも相手はじっとこちらを見上げてきていたが…それからくい、と首を横に傾げながら何故か眉をひそめて申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「あのう…」
そして少女は、躊躇った様子の後で、財前に言ったのだ。
「すみません…あの…どなた様、ですか?」
「…は?」
「ここにいらっしゃるって事は、試合に参加されていたんですよね…? あ、あれ、おかしいな…覚えがないんですけど…どの試合に…」
「……………」
「まぁ結局、あん時の試合は千歳先輩のコトしか覚えとらんかったコトが判明したワケですが」
「だからごめんなさいってばぁ〜〜」
拗ねないで下さいよう、と謝る桜乃を更に強く抱き締めながら、財前がふんと鼻を鳴らした。
「あれからはホンマ大変やったわ…俺の名前覚えてもらうトコから始まって、メルアド聞き出して、何度も連絡して…相手が桜乃やなかったら、とっくにこっちから切ってやっとった縁やけどな…」
「!」
「ようやく告白して恋人にしたんや。惚れた弱み言うけど、今までさんっざん努力した自分を褒めてやりたいわ…そんな俺の努力そっちのけで、『どうして私なんか〜』なんて言うんは…」
そこまで言った財前は、抱き締めていた相手の身体を少しだけ離し、代わりにきゅ〜っと桜乃の頬を摘まんで引っ張った。
「なしやで、桜乃!」
「ひゃ、ひゃい(はい)〜〜〜!!」
「よし」
念を押したところで、財前はそこで適当な飲み物を買ってボトルを手にすると、改めて相手に向き直った。
「試合終わったら、後は暇なんやろ? 俺と一緒に街にでも行こ」
「え? で、でも、財前さん達は、後でミーティングとかあるんじゃ…」
「いや、今日はこのままで解散なんや。やから、心置きなく大阪の街を案内して…」
「やぁ、財前クン」
いきなり二人の会話の中に割り込んできた声…若い男性のものであり、加えて財前にとっては特に聞き覚えのあるものだった。
今のはまさか…
「……」
当たってほしくない、という気持ちを抱えながらゆっくり振り向くと…残念でした。
大当たり。
「ぶっ、部長〜〜〜〜!!」
「いややなぁ、人をバケモノみたいに」
立っていたのは四天宝寺の部長白石…だけではなく、ほぼ全てのレギュラー達がずらっと揃ってこちらを傍観していた。
しかし正直今の財前にとっては、バケモノの方が億倍も有り難かったに違いない。
相変わらず白石は『あはははは』と朗らかな笑顔を浮かべているが、あからさまに明るすぎる。
多分…いや、間違いなく…こちらの内情を知ったが故の反応なのだろう。
「おう、ねーちゃんやー!!」
「あ…お久し振りです、遠山さん」
「おひさしゅう〜〜!!」
二人で密着していたところを見られてしまってかなり赤面していた桜乃だったが、無邪気な遠山の挨拶が彼女を幾分か羞恥から救ってくれた一方では、財前が、大体の経過を読めた先輩達から問答無用で針のムシロに正座させられていた。
「ほお〜う、なーるほどね〜」
と、忍足が半目した状態で財前を見て、
「そーゆーワケだったばいねー」
と、千歳がにこやかに意味深な台詞を言った。
「なっ…何のコトっすか?」
最早、誤魔化すのは無意味そのものと分かってはいるが、桜乃のいる手前、あっさりと認めることも出来ずに、財前は苦しい状況ながらもそっぽを向いてシラを切った。
「いやいや、分からんならええんや…お久し振りやね、桜乃ちゃん」
「あ、白石さんもお久し振りです」
朗らかに挨拶を返してくれた少女に、白石はうんと満足そうに頷くと、今度はくるっと財前の方へと身体を向けて、無情な一言を放った。
「そんなワケで財前君。今日は試合終わったらそのまま延長してミーティングするコトに決まったんで、強制参加やね」
「そんなんいつ決まったんですか〜〜〜〜っ!!」
「たった今」
「んな無茶な!」
「部長命令」
財前の噛み付かんばかりの訴えにも、白石はけっとやさぐれた顔で応じる。
『ヒトの見せ場取り上げといて、その理由が自分の女にエエトコ見せようなんてヨコシマな企みやったとはなぁ〜〜、次期部長としての覚悟かと感心しとった俺の感動返せ』
『アンタ、これっぱかりも感動なんかしてへんかったじゃないですか!!』
「…?」
ひそひそとせめて内緒話で糾弾してくれるのは、白石の桜乃への気遣いだろう…財前ではなく。
それに財前が返したところで、白石の冷たい言葉が返ってくるばかりだった。
「今日はミーティングもかなり長くかかりそうやし…いっそここでお別れの挨拶も済ませとったらええやろ」
「鬼――――――――ッ!!!!」
あんまりやっ!!と訴える財前の必死の様子に、暫く黙って様子を伺っていた石田がようやく口を開いた。
「白石はん…もうそろそろええんとちゃいますか?」
「ん? んー…」
そう言われ、白石は一度財前と…その後ろの桜乃に目を遣った。
少女は自分の発言でどうやらミーティングがあるのだと信じているらしく、少なからず気落ちしている様子だ。
長い休みでもないこの時期にここにいるということは、もう今日、明日にでも都内に帰るのだろう。
愛しい恋人と共にいられる時間は、只でさえ少ない…
「…そうやな」
あんまりいじめすぎると、可愛い子は泣くかもしれんし、俺は後輩に刺されるかもしれんしな…と、白石はそこで自分の発言を撤回した。
「ま、冗談や…本来の予定通り、別に試合後は何の集まりもあらへんから…」
そして、彼は桜乃の傍に近寄って、にっこり笑いながら彼女の両手をぎゅっと握った。
「ゆっくり街でも案内したろか? 桜乃ちゃん」
「はい?」
そこに、すかさず財前が割り込んで二人を引き離しつつ、手にしたペットボトルをぐっと構えながら影のある笑顔で白石に迫った。
「じゃあ俺は、部長に地獄を案内したりますわ」
言外に、『殴り殺す』という脅迫を受け、白石があっさりと引っ込む。
「おお怖ぁ〜〜〜」
「後輩に先越されたからって人のモノに手を出すからでしょ」
「世の中には人妻だけに興味ある変わり者もおるらしいけど…白石ってそのクチなんか?」
突っ込んできた金色と一氏にがすがすと遠慮なくケリを入れている白石を向こうに見遣り、忍足がきょろ、と桜乃と財前に視線を向けて、仕方ないと笑う。
「ま、ウチの部長はあんな感じで忙しいからなぁ…財前、もう行ってもええんちゃう?」
「え?」
「勝ってくれたんは事実やしな。折角恋人はんが遠くから来てくれたんやから、サービスしたり」
「あ…」
思わせ振りに視線を向けられ、桜乃が頬を染める。
冷やかされるのは手放しで喜べることではないが、今この時ばかりは、先輩達の心遣いを無駄にする手はなかった。
「…じゃあ、すんません、今日はこれで上がらせてもらいますわ」
「はいはい、桜乃ちゃん、襲われんよう気ぃつけてや」
(一瞬でも感謝した俺がアホやったわ…)
忍足の憎まれ口に内心悪態をついている財前を笑って眺めながら、ひらっと千歳も軽く手を振った。
「はは、恋人によかとこ見せたくてシングルスもぎとったなんて、財前もむぞかとこあるたい。気いつけていくとよ」
「わ〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「…シングルス?」
最後の最後で大暴露してくれた先輩は、動揺する後輩ときょとんとする少女を見てしてやったりと笑いつつその場を去っていった。
「……」
「あの…財前さん?」
「……」
「…あの、もしかして、今日、シングルスの試合だったのって…」
それって…と尋ねてくる恋人に、暫し黙っていた若者は、あーあと溜息をつきながら振り返った。
「ちぇっ、ばれてもーたか。実力で選ばれたって自慢したろか思てたのに」
「…」
笑っていた悪びれる様子のない相手の表情から、彼が何らかの形で先輩達を説得した上でシングルスになったのだという事実を桜乃は感じた。
「…どうして」
「どうしてって…そら、その…アレ、えーと…」
ごにょごにょと言葉を誤魔化していた若者が、自ら痺れを切らして告白する。
「桜乃の前では、俺、まだ格好良いトコ一度も見せてへんやん! またダブルスなんてことになったら、ただのしつこい影の薄い通行人Aみたいな扱いになるかも分からへんし…」
言ってて照れ臭くなったのか、途中からは口元を手で隠しての暴露。
「折角、好きな子が来るんや…格好ええとこ見せたいやん。なのに、あーもう台無しや」
「財前さん…」
自分が来るという日に備えて、そこまで考えてくれて、実行に移して、そして見事に勝ってくれた。
そういう人の何処が、格好良くないというのだろう?
確かに試合では勝つことが当然の第一目的となるが、そこには間違いなく自分の為に、という気持ちも込められている。
嬉しくない筈がない。
「財前さんはちゃんと勝ちましたし、凄く格好良かったですよ」
「たりまえや、これで負けとったらホンマにシャレにならん」
「ふふふ…」
そっ…
「…!?」
優しく頬に触れられた財前がそちらを向くと、同時に別の頬にキスをしてくれている桜乃の顔が間近に見えた。
「へ…!?」
色っぽいシーンであるのに、思わずそれをぶち壊す間抜けな声を上げてしまった財前は、相手が唇を離した後も唖然としたままだった。
「…え、桜乃…?」
「じゃ、頑張って勝ってくれた恋人さんにはご褒美ですね」
「〜〜〜」
くす、と照れながらも笑ってくれる少女に、財前は暫く無言を守り…数秒後にはいつもの調子を取り戻していた。
「あ、折角ご褒美くれるんなら、そこじゃなくてココにくれへん?」
にっと笑って彼がちょいちょいと指差したのは、自分の唇。
「ち、調子に乗らないで下さいっ!」
一応拒絶して嗜めたものの、乙女の顔は見事に真っ赤になっている。
脈アリ、と見た財前はふふんと鼻で軽く笑って相手の目前に顔を近づけた。
「ふーん…じゃあしょうがないなぁ」
「え…?」
もしかしてこのまま唇を奪われるのでは、と危惧した桜乃だったが、相手は意外にも素直にすっと再び姿勢を元に戻してしまう。
「そんなら、今日のデートの中でさせてもらおか…どうせ桜乃、隙だらけやし」
「むっ! そ、そんな事ないですよ」
「ほーう、楽しみやなぁ…いつまで続くんかなー」
意地悪な笑みを浮かべ、その恋人はさぁと桜乃をデートへと誘った。
「ほな行くで…時間もないしなぁ、楽しみやで、この勝負」
二人きりのデート…悪いけど、俺が仕切らせてもらうけどな…?
了
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