お兄ちゃん'Sは心配性(氷帝編) 中編


「なっ…何なんやアイツら…」
「殆ど人間じゃねぇだろ…ってか、普段の試合より、パワーアップしてねぇか?」
 跡部邸のプライベートテニスコートで、氷帝の面々は一様に膝をつき、呼吸すらままならない状態に追い込まれていた。
 試合は全て終了…一つも落とすことなく、立海の圧勝だった。
 氷帝とは対照的に、立海の面々は普通に二本の足でコートに立ち、借りたラケットを肩に乗せて涼やかな顔をしている。
「う”ぃくとり―――――――――っ!!」
 丸井がはーっはっはっは!!と大笑いしながらピースしている隣では、他のメンバー達が汗こそ浮かべていたが既に呼吸は整えられ、普段鍛え上げている身体的能力の高さを見せ付けていた。
「残念だったね、跡部。楽しかったけど勝負は勝負、負けるのは性に合わないんだ」
「…ちっ」
 跡部もまた、神の子と戦いながらも力及ばなかったが、汗を流しながら舌打ちをする表情は何処か楽しげだった。
「しょうがねぇな、認めてやるさ…しかし何なんだ今日のお前ら…やたらと力入ってるように見えたぜ? そんなに桜が見たかったのか?」
「まぁそういう事にしておいて」
「?」
「幸村先輩、お疲れ様でした。タオルどうぞ?」
 二人が会話しているところに桜乃がととーっと走ってきて、幸村へとタオルを差し出すと、彼はにこりと笑ってそれを受け取った。
「やぁ、有難う竜崎さん」
「いいえー、凄く白熱した試合でしたね、もう夢中になって見てしまいました! 跡部さんもお疲れ様です」
「ああ…」
 にこりと笑ってこちらにも声を掛けてきた立海のマネージャーに、生返事を返しかけたところで跡部が首を捻る。
(…ん?)
 何だ? 今、微かに感じた違和感は…
「……」
 その正体が気になって、再度跡部は、幸村と話しこんでいる桜乃を見つめた。
 眼力…跡部の持つ天賦の才を持ってすれば、どんなものでも見抜くのは容易いこと、なのだが…
(立海の奴らが、やたらこの女を気に入っている事は分かるが…何だ? さっき感じた違和感…それだけではない何かを確かに感じたが…)
 悩んでいる跡部に、今度は氷帝のメンバー達が声を掛けた。
「跡部さん?」
「ん? 鳳、何だ?」
「いや、何だと言われても…そろそろここに呼ばれた理由を知りたいんですけど」
 いきなり忍足からの連絡を受け、『跡部が呼んでる』とだけ聞かされてここに来た、彼を始めとする跡部以外の面々が、一様に鳳と同じく困惑の表情で相手を見た。
「ああ、用はもう済んだ、ご苦労」
「はい?」
「いや、賭けで立海の面子とテニスをしようと思っただけだからな。負けたのは癪だが勝負は勝負だ、おい幸村、約束通り、花見をさせてやる」
「うん、有難う」

(花見の賭けでわざわざ呼びつけられたんか俺らは…)

 貴重な休日を半ば潰されて呆然としている氷帝の面々を見て、仁王達が顔を背けながらはぁと息を吐き出した。
「哀れじゃのう…あれ見ると、氷帝に行かんで本当に良かったと思うぜよ、俺は」
「練習はきつくはありますが、少なくともウチの部長は、理由を告げずに勝手な呼び出しをすることはありませんからね」
「てかあそこ、よく部として存続出来てるッス…」
「普通あれだけ勝手されたら、流石に暴動が起こりそうなもんだがなぁ」
「まぁ、勝手にやってろぃ」
 立海側が勝手な感想を述べている向こうで、流石に一言物申したいと忍足が跡部に進言した。
「跡部…お前さんが部長なのは誰でも分かっとるが、休日の最中にいきなり呼びつけるなんてのはあんまりやで…俺、見たいロードショーあったのに…」
「ああん? そんなの明日にでも見ればいいじゃねぇか」
「明日の練習中止にしてくれたら意見引っ込めたるわ」
 無論、天上天下唯我独尊男にそんな気が皆無なのは知っているが、言わずにはいられない。
 その様子を見ていた桜乃が、ててっと彼らへと近づいて、声を掛けた。
「忍足さん達は、何も知らないでいらっしゃったんですか?」
「ん…? ああ、青学のおさげのお嬢ちゃんやないか、何でこんなトコロにおるんや?」
 流石、氷帝一のフェミニストである忍足は、桜乃の素性を即座に思い出して優しく笑いかけた。
「あ、最近、立海に転校しまして…今はテニス部のマネージャーをやらせてもらっています」
「へぇ、ええなぁ…お嬢ちゃんみたいな可愛い子がマネージャーなんて、俺も立海に行きたいわ」
「あはは、まーたまた」
 お上手なんですから…と微笑む桜乃の向こうでは、立海の全員が、見えない耳朶をダンボ状態にして二人の会話を聞いていた。
 正直、跡部の無礼な発言よりも、コイツの女性に対する発言と行為の方が余程危険だ!
 下手なコトを仕出かしたら、前回の千石と同じ様な目に遭ってもらおう…
「でも、折角の休日なのに、今から戻るのも大変ですね」
「ああ…まぁ、相手が跡部やからなぁ…大体の事は諦めとるよ」
 忍足の背後にいる他の部員も似た心境なのだろう、疲れた表情がそれを物語っている。
「んー…え、と」
 少し何かを考え込んだ桜乃は、それからたたっと立海メンバーの方へと走って行って、部長の幸村へと声を掛けた。
「あのあの、幸村先輩!」
「ん? 何だい?」
「氷帝の皆さんも一緒に、お花見したらダメですか?」

『!!』

 ぎょっと一同が目を丸くする。
 まぁ確かに…取り立てて憎み合っている集団でもないし、頑なに断る理由というのも存在しないのだが……意外な提案。
「氷帝のみんなとかい?」
「はい、だって、今から戻られてもあんまり十分な時間は持てないと思いますし…たまには他の学校との交流を持つのもいいかなって…ダメですか?」
「う――ん…それは俺だけじゃ決められないなぁ」
 尤もな部長の発言に、桜乃はくるんと他のメンバーへと視線を向けた。
 じーっと見つめてくる可愛い妹分の視線に、誰もが困ったぞとばかりにそれを逸らしつつ…結局無碍には出来ないと了承した。
 場所は跡部邸の庭を借りるのだ、勝負には勝ったが、その程度の譲歩ぐらいはいいだろう…というのは多分、表向き。
「し、しょうがないなぁ、おさげちゃんがそう言うなら〜」
「ま、まぁ、俺達が勝ったのは変わらないからな、いいんじゃないか? なぁ?」
 てれてれと何故か照れながら振り返る丸井とジャッカルに、副部長達もばつが悪そうにしながらも許可を出した。
「む、う…別に、構わん」
「データを取らせてもらえると思えば、それも良かろう」
 他にも異論がない事を確認すると、幸村は桜乃にうんと頷いた。
「みんなも異存はないみたいだし、いいよ」
「わぁ、有難うございます!」
 早速、跡部に提案をしに行く桜乃を尻目に、氷帝の面々はそんな立海を凍りついたままに見つめていた。
(ナニあれ、マジで立海!?)
(全然試合の時と顔が違いますよ! 宍戸さん!!)
(あんな田舎娘みたいなナリの女に…激ダサだぜ。しかしらしくねぇな)
「じゃあ、跡部、案内宜しく」
「あ、ああ…」
 桜乃の提案を呑んだ跡部は、幸村の言葉に頷きながら、再度彼女を見た。
(やはり……何か、違和感を感じる…)


 跡部に連れられて到着した場所には、彼が自信を見せるに相応しい見事なソメイヨシノが満開の花を咲かせて彼らを出迎えていた。
「ふわぁぁ〜〜〜」
 うっとりと下から荘厳な眺めを楽しみながら、桜乃はただただ感嘆のため息を漏らすだけだった。
「綺麗ですねぇ……こんな綺麗な桜をお持ちなんて羨ましいです、跡部さん」
「ふっ、まぁ当然だな、ウチの庭の中でもここは特にその眺望が絶賛される場所だ。ここまでの桜はそこらの名園でもなかなか見られるものじゃない」
「私も、桜の文字を一つ頂いてますから、何だか感慨深いです」
「…名前負けも見事だな」
「黙れ敗者」
「さぁ竜崎、こっちに行こうなー。変なおにーちゃんと一緒にいたら頭わいちゃうからの」
「避難避難」
 背後から、相変わらず失礼な物言いをする跡部にきつい一言を真田が放ち、こそこそと仁王達が桜乃と跡部を引き離す。
「驕れる勝者は久しからずとも言うぜ…」
「敗者が驕るとはおこがましいですね」
 紳士の柳生がさらっと突っ込み、再び険悪になろうかというところで慌てて桜乃が止めに入った。
「ややや…止めてくださいってば、折角の綺麗な桜の下ですから、今だけでも平和に花見を楽しみましょうよう。折角お弁当も作ってきたんですから」
「お、そうだったな」
「おさげちゃんの弁当楽しみにしてたんだー!」
「…弁当?」
 そんなモノまであったのかと桜乃を見た跡部に彼女はこくんと頷いた。
「沢山作ってきましたから、氷帝の皆さんにも十分に行き渡ると思います。お口に合うか分かりませんけど…」
「ほう…愚民の味というやつか」
「え、えーと……多分、庶民の味というものだと…」
 返答に困っている有能なマネージャーの後ろでは、早速割り箸を握り締めていた丸井がわなわなと身体を震わせて、必死に怒りを堪えていた。
『アイツ、いちいち発言ごとに敵作らねーと満足しねーのかいっ!?』
『幸村部長! いっそ過去のエロ親父みたいに、どっか連れてけませんか!?』
『あの酔っ払いよりは手こずりそうだなぁ…』
 部長が難色を示しながらも十分に物騒な会話が交わされているとも知らず、跡部は桜乃が重箱の半分を氷帝のメンバーに渡していく姿を見つめている。
「ふん…まぁたまにはそういうモノを食べてみてもいいか…どうせ子供だまし程度のメニューなんだろ…」
「今日は思い切り奮発して『満漢全席』で―――――――す!」

『やった―――――――――――――っ!!!!』

「……」
 向こうで立海の歓声と拍手が上がるのを聞きながら、跡部の口が初めて自主的に塞がった。
 満漢全席…?
「うわっ、本当だ!」
「何だコレ、生まれて初めて見る!!」
「すごいなぁお嬢ちゃん…ホンマに自分で作ったんか?」
 まさかそんな立派な物を…と疑ってみたが、氷帝のメンバー達が同じく重箱を開いて、口々に本当だと叫び、感動している様子を見ると…真実らしい。



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