「……流しの料理人?」
「中学生ですよ?」
 再度確認しても、相手の少女は確かにどう見ても中学生…
「…中学生でそんなモン作れるのかお前…」
「花嫁修業でおばあちゃんから手ほどきを少々〜…」
 普通の主婦が満漢全席を作る機会は、一生に何度あるだろう……
 悩む跡部に、してやったりと立海メンバーが自慢げに胸を張る。
「ウチのマネージャーは優秀だ…テニス部管理の面に於いても、選手の栄養面の管理に於いても、な」
 自慢の弟子を誇る師の様に柳がほくそ笑むと、それを受けてうむと真田も納得する。
「幸村直々のスカウトだからな…そこらの女と同列と思われては困る」
「…本当にお前がスカウトしたのか、幸村」
 あれほどテニス部に女性の関係者を置く事を嫌っていた男が一体どういう風の吹き回しかと、跡部が驚いた表情で相手を見たが、彼は相変わらず笑みを称えているだけだった。
「あんまり可愛かったからね」
 実際決めた理由はそうなのだが…氷帝からは裏があると見られるのが普通だろう。
「ほう…これからが楽しみだな」
 どんな隠し玉かと思いながらも、そこで一同はそれぞれ場所を作り、本格的な花見が始まった。
「うおお、美味いな〜〜〜!」
「これってもう中学生のレベルじゃありませんよ、跡部さん」
「んま〜〜〜」
「…これは」
 宍戸や鳳、向日達も手放しで桜乃の腕前を認め、跡部もまた、自分の舌を満足させる程のレベルであった事に少々驚いた様子だった。
「ほう…確かにいい腕だな、自信を持って言うだけはある」
「えへへ」
「…やらねーよい」
 早速予防線を張りにかかる丸井に、跡部がふんと鼻で笑った。
「馬鹿言え、俺の理想の女性は特にレベルが高いんだ。しとやかで美しく、礼儀と思い遣りがあり、料理を含めた家事が人並み以上に出来る器用さを持つ…ぐらいの女でないとな」
「うわぁ、本当にレベル高いですねー…世界中探してもなかなかいないんじゃないですか?」
「その程度の女じゃなければ、付き合うつもりはねぇな」
「ふーん…」
 呑気な桜乃がそんな会話を跡部と交わしている一方で、立海メンバー達が徐々に口数が少なくなり、更に頭が段々と下を向いてくる…
『…一人…思い当たる人物がすぐ傍にいるぞ』
『言っちゃダメだよ、弦一郎…彼女は跡部にはあげない』
『やるやらないは身内の権利とも思うがのう…確かに兄貴分としては絶対阻止したいところじゃよ』
『バレたら金に物を言わせて何が何でも手に入れそうッスよね…』
 絶対に許すまじ!と皆で結束していたところに、氷帝のメンバー達に持ち込んでいたジュースを配っていた桜乃が、あ、と小さな声を上げた。
「どうした? 竜崎」
「いけない、ジュースが切れてしまいました…お弁当が重かったから、飲み物はあまり準備出来なくて…やっぱりこれだけ人数が多いと間に合いませんでしたね…」
 切原に答える桜乃に対し、跡部がそれについては解決策を出してくれた。
「何だ、その程度の問題なら簡単だ、今すぐ邸から追加の飲み物を持ってこさせよう」
「すみませんー」
 手持ちの携帯で早速連絡している彼の傍で、桜乃は普段なかなか触れ合う機会のない氷帝のメンバー達との交流を図り、それに倣って立海のそれぞれのメンバー達も話の輪の中に入ってくる。
 普段から丸井を尊敬している芥川は、弁当の影響もあってかこの時ばかりは爛々と瞳を輝かせて、彼とテニスのテクニックについて語り合っている。
 真田は同じ武道というものに興味がある者同士、日吉と何かの流派について論じているし、鳳や宍戸はパートナーを信頼している面では共感出来るらしい柳生と仁王と共に話に花を咲かせていた。
「お嬢ちゃん、楽しんでるか?」
「あ、忍足さん」
 そして、みんなが歓談に興じる中、桜乃に積極的に声を掛けたのは、やはりと言うべきか、氷帝の忍足だった。
「何やらすっかり立海に馴染んでるみたいやな…マネージャーは楽しい?」
「はい、凄く楽しいですよ。テニスも教えて貰えますし、毎日が充実しています」
 嬉しそうに微笑む少女の言葉には、嘘偽りの匂いはまるで感じられず、相手の小さな嫉妬心まで呼び起こす程だった。
「ほう…ええ笑顔やなぁ。しかし、お嬢ちゃんは竜崎先生のお孫さんやろ? それが何でわざわざ立海に…?」
 なかなか鋭い質問に、桜乃はえーと、と少し躊躇する。
「まぁ…縁がありまして…でも、本当は私が押しかけただけなんですよね…立海の皆さんとテニスがしたかったから…」
「…まさか、それだけで?」
「はい」
 唖然とする忍足の確認に、桜乃は頬に手を当てて照れながら頷いた。
 おさげ姿で地味だとは言え、その姿は十分に可愛らしい少女そのものだ。
 彼女を見て、傍で話を聞いていた他の氷帝メンバー達が唖然とし…一様に桜乃に哀れみの言葉を投げかけ始めた。
「それは人生間違ってると思うな、俺は」
 向日がきっぱりと断言すると、それに続いて日吉も頷いた。
「立海のマネージャーなんて、一生分の苦労を背負い込むようなものなんじゃないですか?」
 そして鳳が遠慮がちに呟く。
「確かに、立海の皆さんのテニスレベルは常軌を逸していますが…何と言うか、人としても同様のことが言える気が…」
「俺だったら、頼まれてもやらねーな、三日でそこの白髪野郎と同じ様になりそうだ」
 宍戸に至っては、よりにもよって仁王の方を親指で示しながらのこの一言。
 それに対して、

『やんのかコラ』

 珍しく、立海メンバーが声を揃えてのガン飛ばし。
「ええ度胸じゃのう、宍戸。一度蹴落とされた地獄がもう懐かしくなったんか…」
 先程までののどかな雰囲気は何処へやら、望みとあらば、また蹴落としてやろうとばかりに悪魔が笑う。
「別にあんたらには関係ないだろう、竜崎がウチを選んだんだから四の五の言われる筋合いはないぞ?」
 ジャッカルも多少不快にはさせられたものの、なかなか大人の対応だった。
 他にも色々と言いたいコトはあっただろうが、立海がそれを述べる前に、忍足が桜乃の手に自分のそれを伸ばす。
「お嬢ちゃん、そんな無謀なことはせえへんでも、ウチに来たいと言うた方が上策やで…」

 ぎゅ…

 相手の手を握ったところで彼がふと顔を上げると…
「イヤんバカん(はぁと)」
 にやっと忍足の眼前で笑っていたのは、桜乃ではなく切原だった…無論、握っている手も切原のもの。
「&$%#」#“!&‘(’%$$#$‘”%〜’)#」
 声にならない悲鳴を上げて、物凄い勢いで男と傍の桜乃から離れた犠牲者を眺めつつ、姫君を守った騎士はけけけっと思い切り唇を歪めた。
「けっ、ざまぁ見やがれ!…ってか、叫びてーのはこっちだっつの! あー気色わりーっ!!!」
「うわ〜〜〜!! やめろ赤也―っ!」
 忍足に握られた手をごしごしと傍のジャッカルの服に擦り付けながら啖呵を切った彼だったが、全身、物凄い鳥肌が立っていた…無理もない。
「天晴れです、切原君!!」
「今回ばかりはお前を見直したぞ!」
 柳生や真田が惜しみない賛辞を送る中、二年生エースはうへぇとそれでもしかめっ面のままで手をぶんぶんと振っている。
「ああやだやだ、野郎に思い切り手ぇ握られちまったぜ、帰ったら速効でイソジン消毒だ。おい竜崎、ソイツに触れんなよ、触れたら妊娠させられるぜ」
「に…」
「誤解やお嬢ちゃんっ! て言うか、お前が手ぇ伸ばしてくるからあかんのやろ! 今時、手を握るくらい幼稚園児でもやるスキンシップやで…ったく少しはマナーを弁えてほしいわ…」
「…マナーだぁ?」
 相手の非難の言葉に、切原がぴくっと肩を揺らすと、彼の表情がにこぉ、とやたらとフレンドリーなそれに代わる。
「…あ〜あ、それは大変申し訳有りませんでした。こちらの不手際として謹んでお詫び申し上げます。もし今度また竜崎にちょっかい出すようなことがありましたら……ただじゃあおかねぇぞコノ野郎」
 最後の一言は、フレンドリーとは程遠い、悪鬼の赤目のそれで。
 ぞわっ!と氷帝全員を引かせた切原の向こうでは、幸村がへぇ、と珍しそうに軽く目を見開いていた。
「何だ、切原ってあんな言葉遣いも出来るんじゃないか…弦一郎の言う通り、見直したよ」
「到底見直せない箇所もあったようですが…もしかして私の真似?」
「けどいきなり何だってあんなに怒ってんだい?」
 丸井が首を傾げて考えている脇で、柳が顎に手を当てながら頷いた。
「…幼稚園児でも出来るスキンシップでも、俺達は滅多に竜崎の手は握らないからな…」
「……ああ、悔しかったのね、赤也クン」
 納得…とばかりに目元の涙を拭う振りをしながら、しみじみと丸井が語る。
「けどまぁ、手を握るぐらいでそう目くじら立てて怒ることもないよなぁ、俺なんか結構抱きついてたりするけど…なぁ、おさげちゃ…」
「はい?」
 くるんと振り向いた先…
 無邪気にこちらを見上げる桜乃の膝枕で、いつの間にか芥川が呑気に寝ている姿を見た途端、今度は丸井がぶち切れる。
「ジロ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!! おんまえ俺でもまだやったコトねぇ膝枕〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「きゃあああ! 丸井さん、落ち着いて――――っ!!」
 更にどたばたと大騒ぎになってしまったメンバー達から少し離れた場所で、跡部と幸村が無言のままにその様相を見守っていた。
「…お前もそうだが、真田や柳も大変だな……」
「ごめん…後で躾けなおしておくから」
 腕を組み、うーんと苦笑する幸村はそうは言いながらも楽しそうであり、それは跡部も同じだった。
「まぁいいけどな、ウチも同じ様なもんだ…ったくアイツら…」
 そこに、騒ぎからあぶれた桜乃がちょこちょこと寄って来る。
「大丈夫かい? 竜崎さん」
 手を伸ばして彼女のそれを取ってやった幸村が、首を傾げて問い掛けると、相手はこくんと頷きながらも向こうの様子を気にしながら振り返った。
「は、はい…ちょっとビックリしましたけど…膝枕がいけなかったんでしょうか」
「気にしないで、君の所為じゃないよ」
(…ほう)
 二人の様子を興味深そうに見た跡部が、幸村へと軽く身体を向けた。
「…本当に大事にしているようだな…俺の眼力を使わなくても分かりそうなぐらいあからさまだ」
「まぁね」
「?」
 何の事か分からない、という桜乃の視線を受けながら、跡部が軽く肩を竦めながら背を向ける。
「まぁ、悪人じゃねぇことぐらいは分かるさ…お前らが何処にそれ程の魅力を感じたのかは知らねぇが、邪魔するつもりもねぇよ。しかし、飲み物が遅いな…」
 まだ来ないのか…と呟きながら場を離れた跡部を不思議そうに見つめて、桜乃は幸村を見上げた。
「何のお話だったんですか?」
「うん、まぁ…俺達の譲れないものについて少しね…」
「…常勝立海?」
「…さぁ、どうかな? 内緒だよ」
「あ、気になりますー」
「ふふふ…」
 微笑みながら、幸村は向こうのメンバー達の事態の収束を図るため、一歩を踏み出していた…



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