守れ! お兄ちゃん'S!!(前編)
『関東二強を誇る二校で、新年度に因み一席設けたいと思うんだが』
そんな声が青学から掛かり、或る日の夕方、立海のメンバーは久し振りに皆で遠出をして、青学の面々と再会を果たしていた。
場所はかわむら寿司…言うまでもなく青学レギュラーだった河村の実家だ。
その座敷で、今正に青学と立海の面々がテーブルを挟んで顔を合わせていた。
あの夏の大会から冬を越し、春を迎えたこの時期、彼らはあの日から一年上の学年へと進級を果たしている。
「招待してくれて有難う、手塚。ここって、河村君の家がやってるんだって? 来たのは初めてだけど、とても楽しみだよ、宜しく」
「うむ…俺が料理に手を出す訳でもないのだが、味は間違いないから期待してくれていい」
「うん、期待してる」
過去の夏の全国大会では青学にその軍配が上がったのだが、事実、立海が勝っても全く不思議ではない接戦であり、互いが全ての力を出し切った上での勝負だったので、最早何も言う事は無い。
何の悔いもない勝負の後であればこそ、二校の生徒達は、元部長達の挨拶の向こうで和やかな会話を交わしていた。
「えーっ? 今日は変装してないの〜? 仁王、柳生〜」
「いや、いつもしとると思われてものう…ってか、ばらしたら意味ないじゃろ」
「今日の様な日に変装するのは、やはり礼を失するかと思いまして」
「ちぇー、変わってきてくれたら面白かったのに」
「菊丸、あまり無茶を言うなよ」
菊丸を止める大石が苦笑している向こうでは、真田が河村と筋肉トレーニングについて熱く語り合っているかと思えば、乾は柳と何かよく分からないデータの交換を行っている。
その一方では…
「手伝おうか? 竜崎さん」
「あ、有難うございます不二先輩、じゃあ、これお願いします」
「俺もやるー」
「あは、すみません丸井さん…つまみ食いはナシですよ」
「俺もやるぜ?」
不二や丸井、ジャッカルと一緒に、青学の二年生である竜崎桜乃が、テーブルに料理の品々を運びこんでいた。
今日は私服で、薄い桃色のワンピースに、裸足にサンダルという春らしい姿だった。
「…何で竜崎が一緒に参加してんの? テニス部員レギュラーだけって話だったんじゃ…」
向こうでせこせこと働いている少女の姿を見て、青学の二年生である越前が口を挟んだが、それはすぐに隣の桃城に返された。
「別にいいだろ、レギュラーだけの内密の話がある訳じゃなし…女一人なら、大して取り分も変わらねーよ」
「そういう意味じゃないんスけどね…」
「いーじゃねーか、ケチケチすんなよ越前リョーマ」
そこに口を挟んできたのは、立海の新三年生で現部長でもある切原赤也…何かと越前とも因縁が浅からぬ若者だ。
「部外者が口挟まないでよ」
「それがそうでもねーんだな、彼女の参加を希望したのはウチらだし」
「え?」
「だって俺らが東京来るのってあまりないしさ。最近竜崎にも会ってなかったし、それじゃあ久し振りに一緒に美味いモンでも食おうって、呼んだんだ」
「……」
そんな話、一切自分達のところには来てないんですけど…?
ってか、どうして青学の自分達より、立海の、他校の彼らの方が竜崎の行動を把握している上に影響を与えているんだ…?
???という表情で越前達が桜乃を見ている間に、彼女は他のメンバーの助けも借りて、無事にほぼ全ての料理を運び終わった。
「揃ったようだな…ではそれぞれ席についてくれ」
手塚の一声で、取り敢えず乾杯の為に、皆が自分に割り当てられた席へと戻ってゆく。
そして彼らの動きが落ち着いたところで…
「…あり?」
菊丸が、その抜群の視力を誇る目をきょろっと前のテーブルの向こうへと向けて首を傾げた。
「どうしたんスか? 菊丸先輩」
「ああいや…大したコトじゃないけど…」
そう言いながらも、彼の視線はある一点から離れようとしない。
その先には…
「…え?」
きょとんとする桜乃の姿。
「…何で竜崎がそっちに座っているのかなって」
テーブルのこちら側は青学のメンバーが着席しており、向こう側は立海メンバー。
しっかりと区分はつけられているのだが、唯一桜乃だけは青学の人間でありながら立海メンバーの中に一席を設けられ、ちょいーんと素直にそこに座っていた。
しかも結構中央寄り…まるで彼ら立海メンバーが彼女を守護し、『手を出したらタダじゃおかない』という無言の脅迫すらも与えている様だ。
些細な事…だろう、本当に些細な事ではあるのだが、一度気にしたら何か、無視する訳にもいかなくなる。
「え…えっと…」
どうしたらいいのか、ときょろきょろと辺りを見回す桜乃の代わりに、その質問には立海側の幸村が爽やかに答えた。
「それは当然だよ、だって…」
彼の言葉に、ぴくっと他の立海メンバーが僅かに肩を揺らす。
まさか…ばらしたりはしないだろうなぁ…けど彼のコトだし、けろっとした顔で言っちゃうかもしれないし……
「そっちのメンバーは九人で、こっちのメンバーは八人だろう? バランス考えたら彼女がこっちにいた方が人数も合うし、配置的にもいいかと思ってね」
「あっ、なーる」
「そう言えばそうだな」
ぽん、と手を叩いて納得する菊丸と河村を横目に見ながら、柳がひそっと幸村に小声で尋ねる。
『本音は…?』
『折角久し振りに会えたのに、向こうに渡す筈ないだろう?』
『やはりな…』
まぁ、分かりきったコトではあったが、と思いながらも柳を始めとする他の立海メンバーは口を挟む様子は無い…彼らも考えている事は似た様なものだったからだ。
実は、桜乃は立海メンバーにとっては今や妹の様な存在…それはもう可愛いやら清楚やら、褒め言葉を並べたら次の日の朝日が拝めるかもしれないってぐらいに猫可愛がりに可愛がっている女性だ。
事の起こりは去年の夏の或る日、偶然に出会った桜乃を彼等が保護した事だったのだが、その時から彼女が醸しだしていた素直で純粋な性格が、いたく男達のお気に召してしまったらしい。
元々は青学の応援の傍ら、自分も女子テニス部に所属してテニスに向き合っていた桜乃だったが、如何せん青学のレギュラーは自分達の特訓に集中しており、同じコートに立つなど到底許される雰囲気ではなかった。
そんな彼女が、何気なく夏に知り合った立海メンバーの練習を見学させてもらおうと、彼らのコートへと赴いた日から、彼女達の縁はより強く結ばれる事となった。
『見学? 遊びに来たんじゃないならいいよ。わざわざ来てくれたんだね』
東京から神奈川まで足を伸ばしてくれたという事実もあったのだろう、幸村はあっさりと桜乃の来訪を受け入れ、見学を許してくれた。
それだけではなく、機会があれば、彼等が桜乃にテニスの指導も行うようになってから、完全に彼女の活動の場は青学の応援席から立海のコートへと移動したのだ。
応援席に桜乃一人がいなかったところで、青学のメンバーは殆ど気付きもしなかった。
しかしその間に、確実に桜乃は立海への訪問の回数が増え、そして彼らとの親交が深くなっていったのである。
特に青学の男子レギュラーと気まずい関係になった訳ではないのだが、今となっては桜乃が自然と足を向けるのは、青学側ではなく立海側になったのは、当然の結果と言えよう。
そして、今日、青学メンバーはそれを思い知る事になったのである…
「ええと、丸井さん、お料理取りましょうか?」
「お、サンキューおさげちゃんっ!」
「…はい、どうぞ。あ、切原さんも取り分けますねー、お皿貸して下さい」
「ラッキー、頼むぜ竜崎。大盛りでな!」
「はいはい」
乾杯が無事に済み、いよいよ食事を始めようとしたところで、早速桜乃の活躍が始まった。
てきぱきと手際よく、立海メンバーの皿に各種の料理を取り分けては手渡していく。
そして立海の若者達も、まるでそれが日常の光景のように慣れた様子で受け入れていた。
「桑原さん、お箸、苦手でしたよね? フォークとか準備してもらいます?」
「ああいや、大丈夫。全く使えない訳じゃないしな」
「そうですか?」
おまけにどうやらそれぞれの得手不得手も把握している様だ。
その見た目は、先輩と後輩とか、テニスの師匠と弟子などという堅苦しいものではなく、完全に兄達に世話を焼く妹そのもの。
しかもその上…
「竜崎さんも、そんなに気を遣わないでいいから早く食べなよ? みんな食欲旺盛な人達ばかりだから、なくなっちゃうかもしれないし」
「精市の言う通りだぞ。あまり甘やかすな」
「あ、大丈夫ですよ、こういうの実は結構好きなんです」
「……」
目の前で展開される親しい彼らの交流を、唖然とした表情で青学メンバーが見ていた。
いや、手塚だけは特に何の思うところもない様子だったが、彼以外は明らかに目の前の光景のいびつさに気付いている。
あれが…立海?
『気を遣わないでと言いながら、思い切り気を遣ってるし…竜崎に』
『甘やかすなと言いながら、甘やかしてないか…あの真田が』
『何か、立海の生徒だって言った方がしっくりくるよね〜…』
『しかしいつの間にあんなに交流深めてたんだ?』
思えば思う程に疑惑は深まるばかりなのだが、尋ねるより先に視界の衝撃が強くてなかなか言い出せない。
「…随分と甲斐甲斐しいじゃん、立海の方が合ってるんじゃないの?」
最初に言葉を投げかけたのは越前…しかも結構言葉の端々に拗ねたような、苛立ちの棘を含ませた様な口調で。
それはよくよく落ち着いて見たら、ヤキモチと似た感情から出た台詞だったのかもしれないが、受け取り方によってはまずい結果を引き起こす。
『バカッ、おチビ!!』
『そういう言い方したら逆効果だろうがよ! 女の子にはもっと優しくしなきゃあいけねーな、いけねーよ!!』
先輩達が早速そんな不器用な後輩を諌めに入ったが……
「そ、そうかなぁ、ついいつもの癖が出ちゃって…立海の皆さんは、私にとっては理想の『お兄ちゃん』達だから。あ、でも…ど、どうしよう、ちょっと馴れ馴れしかったですか?」
桜乃は、越前の言葉に隠された棘にはまるで気付く様子も無く、あっさりと彼らと懇意である事を認めたばかりか…『お兄ちゃん』とまで言い切った。
しかも!
発言者の越前に対してではなく、立海のメンバー達に対しておろおろと動揺する素振りを見せたのである。
つまり…意識のベクトルは完全に立海側へと向いている。
(ウソ! おチビの言葉がスルーされたっ!)
(こんなのって、初めてじゃないか?)
(恋人同士という訳でもなかったが、これは意外なデータだな…)
桃城達が驚くのも無理は無い。
桜乃と越前は同学年であり、入学時当初から桜乃が越前を意識していたのは周知の事実。
彼という人物に会い、それが切っ掛けでテニスを知り、桜乃はラケットを握ったのだ。
しかし、越前の普段からのつれない態度もあり、二人の仲はなかなか進展しない停滞前線真っ只中だったのだが…それでも後退はしていなかった筈。
なのに何故、その心の師匠でもある越前ではなく、立海メンバーへと気を向けるのか…?
これは…自分達では知らない何かが起こっているのかもしれない…
たまに聞く、彼女の立海への見学が影響しているのか?
しかし、見学と言ってもあの天下の立海、そのレギュラー陣がそこまで他校の少女に心を砕いているとは思えないが…
実際のところ、正解は…『めちゃめちゃ砕きまくってます』
更に大きなショックを直球でぶつけられてしまった青学メンバーが石になってしまった向こうでは、『お兄ちゃん』代わりの立海レギュラー達がにこにこと機嫌良く彼女を気遣った。
「大丈夫大丈夫! もうぜんっぜん甘えてくれていいからさ。おさげちゃん、可愛いし優しいし、俺大好き〜〜」
「そう気に病むな、竜崎は十分によくやってくれている。お前になら兄と慕われる事はやぶさかではないぞ」
「あ、お返しに竜崎のおかずは俺取ってやるなー。何がいい? 何がいい?」
丸井や柳がフォローに回る間に、切原ががっちりと桜乃に優しい気配り。
そこにはアリ一匹入り込む隙間すらも見当たらない…と言うより、そんな隙間を、立海が片っ端からコンクリートで埋めている。
(何、この反則紛いなまでのアツアツ振り!!!)
立海側の奴らが、見えないところでガッツポーズをとっている様にさえ見えてしまう!
しかし、それは決して自分達の穿った見方ではあるまい。
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