「ふふ、立海の方が合っている、だって。どうする? 竜崎さん、いっそ本当にウチに来るかい? お兄ちゃんも一杯いるし、可愛がってあげるよ?」
「ふふふっ、もう、幸村さんったらお上手なんですから…」
「いや、そう難しく考える必要もないじゃろ…お前さんがここにサインしたら後は適当に処理しといちゃるし」
「え? これ?」
「タンマタンマ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」
あわや本当に、仁王が差し出した書類にサインをしそうになっていた桜乃を、大慌てで大石と菊丸が止めにかかる。
その書類の上部には、ばっちりと入学希望願書、とあった。
何処へ…という部分は見ずとも分かるというものだ。
「…いつもそんな物を持ち歩いているんですか? 仁王君」
「備えあれば憂いなし」
「備えるんじゃねぇっ、そんなモン!」
柳生の突っ込みにさらりと答える仁王に、海堂が忌々しげに文句を言ったが、相変わらず相手は何処吹く風だ。
「あわや本当に攫われるところだったねぇ、竜崎さん」
「ん…?」
そう言いながらも涼しい顔をしている不二の言葉に、部長の手塚は無表情のままで視線を遣ったが……
「…本人がいいのなら構わない。幸村達なら信用に足るからな」
「ふふ、有難う手塚」
(ああもう、この人達はこの人達でっ!!)
そうじゃないでしょ、もっとこうテニス以外でもプライドとゆーか、何とゆーか、男として負けられないモノってあるでしょ!
言葉ではなかなか言い表せない胸のもやもやを抱えて菊丸や桃城が悩んでいると、そこに河村が父親の手伝いから少し外れて、割って入って来た。
「何だか盛り上がってるね。そろそろここで始めたら? 菊丸」
「ん? あ〜、そうだった」
「? 何ですか?」
桜乃が尋ねると、菊丸がくじ引きの時に使うような箱を三つ持ってきた。
中には、これまたくじに使うような四つ折りの紙切れが幾つも入っていた。
「んーっとねぇ、じゃあここで親睦を深めるべく、ちょっとしたパーティーゲーム始めまーす! やり方は至って簡単。まず全員にそれぞれ一から順に番号を振るんだよ。今日は立海がお客様で来てるから、幸村から順番ってコトでいいかにゃ?」
菊丸の説明が始まると、全員が一度箸を止めて聞き入り、彼の提案に異論を唱える人物はいなかった。
「じゃあ、そういう事で宜しく、幸村」
「了解、じゃあ、俺が一番、弦一郎と蓮二がそれぞれ二番、三番…」
てきぱきと番号を確認してゆくなか、桜乃は彼らの間に入っていた事もあり、五番に収まった。
そんなこんなで皆が自分の番号を確認すると、菊丸が更に説明を進める。
「決まったら後は簡単。今度は逆に手塚から、この三つの箱から一枚ずつくじを引いていくんだ。それぞれの箱には、『何番が』『何番に』『何をする』という三つの指示が書かれているから、皆、それに絶対服従すること、例外も拒否権もナシだよん」
「…それって、聞いてるだけじゃ、当たって悲しい罰ゲームってだけな気が…」
ジャッカルが素朴な疑問を言葉に乗せると、それには河村がいや、と手を振った。
「一応罰ゲームじゃない項目も混じってるよ。『肩を揉んでもらう』とか『デザートを食べる』とか…まぁそんなに無理難題は入ってないから」
「先生、質問!」
「はい、切原君どーぞっ」
律儀に挙手をしてきた切原に、菊丸がノリノリで反応する。
「ええーと…い、一応聞いときたいんスけど…何か、キワどい命令はなしッスよね。よく聞く誰かと誰かが『ちゅう』なんてコトは…」
「馬鹿な、ある訳なかろうが。俺達は中高生で、竜崎以外は全員男だぞ!?」
真っ先に答えたのは超堅物の真田だったが、それには菊丸達も追随する。
「うん、そういう怪しいのはないから心配しないでいいよ〜」
「そっすか…じゃあ竜崎も安心だな。罰ゲームに当たったら、まあそれは我慢ってコトで。な?」
「はぁい」
あの切原ですら、真っ先に心配したのは桜乃の純潔だった。
これは…かなり水を空けられてしまっているのかもしれない……
そんな青学側(の一部)の思惑が立ち込める中、取り敢えずゲームは開始された。
「じゃあ、手塚、宜しく」
「うむ…」
菊丸に促され手塚が一枚のくじを引き、そして後に大石と不二が続いた。
これで命令文が一つ、出来上がるという訳だ。
さて、果たして最初の犠牲者は誰なのか…
「じゃあ読むよ〜。えーと、二番が!」
二番…と言うと、真田に当たっている番号であり、皆が一斉に彼に注目する。
続いての文が、果たして彼にとって吉と出るか凶と出るか…
「ここだけの話、ちょっと困らせるぐらいの文が出て欲しいと思うのは俺だけッスかね」
「ノーコメント」
切原とジャッカルの言葉に、ぎろっと真田が鋭い視線を向ける中、菊丸が残りの文を一気に読み上げた。
「五番の服を一つ、その場で預かる!」
『……』
暫しの沈黙が流れ…どさっという音がそれを破った。
「わ――――――っ!! 真田先輩が〜〜〜っ!!」
「気持ちは分かるっ!! 分かるけど、ちったぁ耐性つけろ〜〜〜〜っ!!」
ショックのあまりに倒れてしまった真田に切原とジャッカルが寄っている間に、幸村が般若の如き笑みで菊丸に迫っていた。
「どこかのキャッチセールスにでも勤めてんの?」
『大丈夫ですよ〜』、『良い品物ですよ〜』という甘い台詞で客を騙くらかす悪徳商法に例えたが、実質はそれよりもっと悪辣で性質が悪い!と、完全にご立腹の様子。
何が『キワどい命令はない』だ!! 言ってる側からあからさまにありまくりじゃないかっ!!!
「わーっ! わーっ!! ご、誤解だってば!!」
「弁解の仕方もキャッチそのものですねぇ」
温厚な紳士である柳生の言葉も、氷点下並みの冷たさだ。
まぁ当然だろう。
五番と言うと、桜乃を指す番号…彼女の服を脱がせるなど言語道断の話だった。
「大っ体、誰だよぃ!! こんな下らないモン書いたのは〜〜〜っ!!」
「…あ〜、多分俺だわ」
手を上げたのは桃城だった。
「桃先輩…ちょっとマズイんじゃないッスか? 流石に…」
「確率が如何に低いとは言え…」
途端に青学側からも越前や乾から非難の声が上がるが、彼もそれに対しては言い分があった。
「だってしょーがないっすよ!! まさか女子が今日の会に入るなんて思ってなかった時に書いてたから忘れてたし…適当にホストの真似みたいな感じでやってもらえりゃいいかと! こんなにドンピシャで当たるなんて…」
「…で、脱がせるの? 例外や拒否権は無いんでしょ」
「出来る訳がなかろうが―――――――――っ!!!!!」
或る意味恐ろしい発言をかました不二に怒鳴ったのは、復活したばかりの真田だった…が、その大声とは裏腹に、顔色は真っ青だ。
「女にそんな恥をかかせるぐらいなら、今此処で切腹した方がましだっ!!」
「いや、店でそれやられると困るんだけど」
困っているというより明らかに動揺して、答えが違う方向に行っている河村だったが、他のメンバーも似たような状態だ。
そして肝心の桜乃は、赤くなったり青くなったり、人間リトマス紙になって硬直していた。
服って…靴下とかで誤魔化せたらまだ良かったけど、今日に限って素足だし、ワンピースも脱いだらすぐに下着だし……
「……」
その時、暫く黙っていた柳がつと動き、真田の耳に口を寄せると、ぼしょぼしょぼしょ…と何事かを囁いた。
「む?……それは…」
「多少こじつけかもしれんが、それでも余程マシだろう?」
「むぅ…それは確かに、そうだな…」
何の入れ知恵をされたのか、真田が納得した様に数回頷くと、桜乃へと近づいて手を伸ばした。
「え…っ」
「すまん、動かないでくれ…心配いらん、すぐに済む」
「弦一郎…っ?」
一瞬、何をするのか…と不安げな視線を向けた幸村やその他の男達の前で、真田が手に触れたのは、桜乃の三つ編みを留めているゴムだった。
「あ…」
男の指はそれを捕えるとゆっくりと下へと動かし、そのまま髪の呪縛を解いた。
それと同時にふぁさ…っと三つ編みが解けて、ストレート姿の少女が出来上がる。
こうすると、おさげの時の地味に見せる魔法が解けて、見違える程に派手になってしまうのは、立海のメンバーだけが知る秘密だったのだが…
(ええええええ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!)
無論、知らなかった青学メンバーは一同驚愕…あの越前すらも声が出なかった程だ。
おさげとはまるで違う容姿…人の目が錯覚に弱いという事実をあからさまに示す実例と言ってもいいかもしれない。
彼女…って…こんなに可愛かったのか…!?
「…え?」
見つめてきた越前に、『なぁに?』と問い掛けるように小首を傾げて桜乃が目で答えると、彼は慌てて視線を逸らす。
その頬が…微かに赤い。
そんな彼らの向こうでは、大事にしていた秘密を暴露した先輩に、切原が声を上げて非難していた。
「ちょっ…何てコトしてくれるんスか柳先輩っ! 竜崎がこんな美人だって暴露するなんて、敵に塩どころか、鴨とネギと鍋とガスコンロ送ってますよっ!!!」
「分かっている! しかし竜崎の玉の肌を晒すよりはマシだろうっ!」
俺だってやりたくなかった!という心の叫びが聞こえてくるようだ…
兄貴分としての苦肉の策だったが…まぁ、気持ちは分かる。
「…これも身に触れて纏う以上は、或る意味、服のようなものだろう…これで課題はこなしたぞ」
忌々しげにそう言いながらも、取り敢えずは危機を脱したとばかりに真田が息をつきつつ、手にしたゴムを桜乃へと手渡しで返す。
「これならば、お前も文句はなかろう」
「あ、有難うございました」
別に礼を言う必要はないのだろうが、やはり乙女の危機を救ってくれた処断ということで、桜乃は心から真田と柳に感謝の意を示す。
その時も、頭を下げるとさらさらと艶やかな黒髪が流れ、その動き一つ一つが男達の目を引いた。
真田の言い分はかなり強引でこじつけに近いものだったが、こんな所で異論を唱える様な不届き者は流石にいなかった。
もしいたとしても、『不埒者っ!!』と真田の手によって成敗されていただろうし、実際、青学側は今はそれより桜乃の実体の変貌にこそ注目していたのだ。
(びっじ――――――ん!)
(あんなに地味だったのに、何処でどうやったらあんなに変わるんだ?)
(よく聞く化粧でのビフォーアフターじゃないってトコロがまた驚きだな…)
じーっと青学側からの視線がこそばゆいのか、桜乃がもじもじと身体を揺らせる。
「あ、あの、あのう…私、何処かおかしいですか?」
「いや、普段見慣れていないだけだ、気にするな」
ぶんぶんと手を振ってジャッカルが相手の不安を取り除いてやる。
それは別に嘘でもお世辞でもない…何故なら自分達も例外なく通ってきた道だからだ。
しかし、正直この道は、相手方には歩ませたくはなかったのだが……
(まー、せいぜい拝んどけって感じだな…後々、くれぐれも気安くおさげを解くなって注意しておかないと…下手に見られたらまたどんな虫が寄ってくることか…)
青学に対し、流石に立海メンバーは過去に目にしているだけ心のゆとりがあった。
「…次は?」
「あ、ああ、そうだね〜…じゃあ、続いて次の三人よろしく〜」
「おっし」
「じゃあ、これで」
丸井に促される形で、更に青学桃城、海堂、越前の三人がくじを順番に引いていく。
「じゃあ、次…五番が!」
ま・た!?
今度は主語に桜乃の番号が挙げられ、再び全員に見えない緊張が走った。
別に全文を聞かされている訳でもないのに、自分が当たった時以上のこの不安は何だろう?
「…多分、俺、今心電図とったらバリバリ不整脈出てると思う」
「俺ぁかるーく胃炎も起こしているんじゃないかと…」
丸井とジャッカルが不安も露に呟く間に、続いての一文が読み上げられた。
「十二番に、かわむら寿司のスペシャルデザート試作品をご馳走してもらう!」
ほ…っ
場の空気が一斉に和む…良かった、そういうラッキートラブルなら大丈夫。
「何だ、そういう事なら歓迎」
「この際思い切りご馳走してもらえ、竜崎」
青学のメンバー達も今回は嵐は免れそうだと息を吐き出した…十二番である越前を除いて。
「スペシャルって…高そうッスね」
「いや、五百円だけど…一応今年の夏に出す予定のカキ氷で、ウチのスペシャルシロップがけなんだ」
河村の補足を聞いて、越前は仕方ないと頷いた。
まぁ、五百円程度ならそれ程懐も痛まないし、余興の値段としても妥当なところだな。
「じゃあ、早速作るからさ、竜崎さん、待っててね」
「は、はい…ごめんね、リョーマ君」
「いや、これはゲームだし。別にいいんじゃない?」
謝る桜乃にさり気なく越前がフォローして、それからみんながわやわやと何気ない雑談に興じている間に、早速そのスペシャルデザートが運ばれてきた。
見た目、シロップはやや薄い黄色がかったものなのか、殆ど氷本来の色は失われてはいない。
大きさも普通のカキ氷と同様で、この程度ならお腹を壊す心配もないだろう。
見た目にもさっぱりとした嬉しいデザートだった。
しかし、彼らは知る由もなかったのだ…
このデザートが後々、更なる混乱をこの場に引き起こすという事を……
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