守れ! お兄ちゃん'S!!(後編)
「わぁ」
「なかなか良い感じじゃんか。シロップってどんな味のなんだ? 早く食ってみてくれよ」
喜ぶ桜乃に、切原もへぇ〜と興味津々と言った様子で、味見を促し、それに応じて彼女が早速スプーンでぱくんと一口…
「…あ、何かさっぱりしてていい感じです…うーん…何の味だろう?」
いつも食べているイチゴ味とかメロン味といった類のものではなさそうだ…まぁ、それは色合いから見ても当然なのだが。
それからもう一口…と口に入れるものの、相変わらず桜乃はうーんと首を傾げるばかりで、明確な答えが出てこない。
「…何だろ…知っている味ではあるんだけど…うーん」
「へぇー! 何か面白そうっ」
元々食い意地が張っている丸井が、我慢出来なくなったのか、脇からしゃくっとカキ氷を自分のスプーンにとって、そのまま口へと放り込んだ。
「こら! ブン太、行儀悪いよ」
「あは、いいですよ」
幸村が嗜めるのを止める桜乃だったが…
「……」
何がどうしたのか、カキ氷が自分の舌の上で溶けていくまでの時間、丸井はその表情を氷の様に固まらせ、微動だにしなくなる。
普段から、味を感じた後は過剰な程にそれを表現するのが常の若者なのに。
もしかして…そんな彼さえも唸らせるような不思議な味なのか…?
「…どうしました? 丸井君」
訝しんだ柳生がそう声を掛けた瞬間、
「うわああああああっ!! ストップ―――――――――っ!!!」
と、大声で叫びながら、丸井は桜乃の前のテーブルから問題のカキ氷を奪い取ってしまった。
「何してんだ! それ、竜崎のだぞ!? 欲しいならお前が注文しろ!」
ジャッカルの意見に、丸井が返した台詞は…
「梅酒だ梅酒っ!! 酒入ってるコレっ!!!」
ひゃあああああああああああ!!!!!!
途端に立海側のみに走る異常なまでの怒涛の恐怖!
青学が「?」という反応を顔に浮かべている間に、立海メンバーは既に桜乃を全周囲包囲網で隔離していた。
実は…桜乃には地味おさげカモフラージュの他に、また別の秘密があった。
それは、アルコールが僅かでも入ると、途端に酔ってしまい、それだけに留まらず周囲の人間に甘えまくってしまうコト…しかもそれが色っぽいことこの上ない。
年頃の若者にとっては、あまりにも刺激が強すぎて、下手すれば桜乃本人の身の危険にも繋がりかねないので、立海メンバーはその事実を知ってからは極めて厳重に彼女からアルコールの類は遠ざけるようにしていた。
元々が未成年の少女でもあり、普段からそういう危険は滅多にないのだが…それでもたまにこういうアクシデントに見舞われるのだから、運命の神様というのは意地悪だ。
彼等が囲んだ中心の少女は、いつの間にか応答が一切なくなってしまっていた。
「うわあーんっ! おさげちゃん、しっかり〜!」
嘆く丸井の声にも無反応で、くたりと畳の上に横になったまま、ぴくりともしない。
「…もう眠ってる…これはちょっと、覚悟しておいた方がいいね」
少し遅い毒見役を果たした丸井が桜乃を気遣っている隣では、幸村が心底困ったという表情でそう呟いた。
眠っているという事は、アルコールの効果は確実に彼女の肉体に及んでいる…という事は、やはり、あの精神攻撃も避けられないかも…
「? どうしたんだい? 幸村」
さっきからの立海の慌てぶりに、何が起こっているのか全く分かっていない不二が尋ねた。
「うーん…説明するのが難しいけど、竜崎さん、ちょっとアルコールには異常に弱くてね…気をつけてたんだけど…困ったな」
何も知らない為か、青学は幸村の説明を聞いても至って呑気だった。
「たかが一口二口食っただけだろうが…少し眠る程度だろう」
「確かに、シロップは梅酒割りだけど…アルコールは別にきつくないよ?」
海堂や河村がそう答えたが、立海メンバーにとっては最早それどころではない。
「すまん、冷えたおしぼりを何本かもらえるか? 取り敢えず酔いを早めに醒ましてやらなければ」
「分かった……初耳だったな、竜崎がそこまでアルコールに弱いとは…しかしどうしてそれをお前達が知っている?」
柳の願いに手塚が頷いて、更に疑問を投げかけたが、それにはお茶を濁すような丸井の言葉。
「まぁ、色々あってさ」
っつーか、あんな竜崎の姿を他の野郎になんか教えるワケないっての!…というのが本音のところ。
そうしている間に、運ばれてきたおしぼりを真田が手にとって桜乃の額に当てようとした時だった。
「…」
眠っていた桜乃の瞳がぱちりと開かれ、彼女が無言のままに起き上がる。
その姿は傍目からは全く問題ない一連の動作の様に見えたのだが、立海メンバー達だけは、『来た!!』という緊張も露に彼女へと視線を向けた。
目を覚ました桜乃は、頬を名前の通りに桜色に染め、瞳を潤ませ、何とも言えない艶っぽい笑みを浮かべながら辺りを見回すと、一番傍にいた真田に視線を固定させる。
「…あ、さなださん…」
本人にはまるで自覚はないのだろう…その仕草の一つ一つがしなやかでたおやかで、雄の本能を刺激する催眠術の様な役目を果たしていることを。
例え…ただ辺りを見回すだけの動作であったとしても、だ。
「〜〜〜!!」
根が純情な真田にとっては結構な精神攻撃だったが、更に…
「うふふ、げんいちろうおにいちゃあん…」
「!!!!!」
きゅむ…と腕に縋りつかれ、甘えモード完全発動…!!
あーあ、と諦めムードの立海の向こうの対岸では、青学が天地崩壊の如き動揺っぷり。
(竜崎がっ! 竜崎が、完全にキャラ違うっ!!)
(けど、何であそこまで色っぽくなるんだ!?)
(中学生だぞ! まだ!)
(って…立海の奴ら、俺達には全然そんな情報教えてなかったよな〜〜〜)
最初に見た時には、今の青学と同様にうろたえていた立海も多少は免疫が出来ている…とは言え、現行で抱きつかれている真田にとっては今の状態も由々しき事態には違いなかった。
本当に、今日という日は、彼にとっては吉日か厄日か…
嫌だという訳ではないが、かと言って喜ぶ訳にもいかない…微妙に揺れる男心だった。
「ぎ…行儀良くせんか、馬鹿者」
必死になって叱ってみてはいるのだが…明らかに顔が赤くなり、視線が横に逸れている。
(ツンデレだーっ!!)
(真田がツンデレッデレだーっ!!!!)
凍る青学の前で、仁王がやれやれといった様子で桜乃に声を掛ける。
これ以上真田とこいつをくっつけてしまったら、間違いなくあの純情男の脳ミソはショートしてしまうだろう。
ここは一つ、後々の為に恩を売っておくか…自分にとっても美味しいし。
「竜崎、ほれ、真田が困っとるけ、こっちに来んしゃい」
「あ…におうさん」
ひょいひょいと手招きをされた桜乃が、今度は仁王にぺたりとくっつく。
まるで、人間の姿をした子猫そのものだ。
「ううん…まさはるおにいちゃん…」
「ああ、よしよし、いい子じゃのう」
笑いながら頭を撫でてやっている役得の仁王の隣では、柳が真田の身を案じていた。
「…脈拍数、百二十以上…明らかに動揺による頻脈だな。まぁ水を飲め」
「すまんな、取り乱して…」
「こればっかりはお互い様だろ」
ジャッカルが相手に言葉を掛けた後、ふと隣を見ると、丸井が桜乃の残したカキ氷の残骸を、早速自分の胃袋で処理していた。
「お前なぁ…」
「どーせ食わねんだし勿体ねえじゃんか。何だか最近は俺も含めてみんな慣れてきたみたいだし、いつもより可愛いおさげちゃん拝めたんだからいんじゃね? ま、やっぱこうなる度にドキドキはするけどな〜…今度は俺もお兄ちゃんって呼んでもらおっと」
「確かにねぇ…」
まぁ、自分も間違いなく慣れてきたみたいだ…と頷いている幸村に、手塚が声を掛けた。
「ウチの竜崎がすまんな…引き取るべきか?」
どこまでもニュートラルで何処までも堅物な彼の言葉には、まるで下心というものは感じられない…或る意味ここまで来ると鈍感も極まれり、だ。
「いや、こちらで対処するよ。俺達の方が慣れてるからね。彼女も口にしたのはほんの一口二口だし…すぐに戻るだろうさ」
「そうか」
元部長同士の会話は、何気なく、あくまでも穏便に終わったのだが……
「…何でアンタ達がそこまで知ってんのか不思議だね。別に甘えるだけならウチでも面倒見られるよ」
ぼそっと呟かれた越前の台詞に、かっちーんっと反応したのは切原だった。
元々この二人…初対面の時からウマが合わない…ついでに言うと、二人とも、合わせる気もゼロ…逆に合わせないようにしているのではないかという噂まである。
「そーゆー言い方はどうかと思うぜ? 別にコッチから手ぇ出してないんだし、『お兄ちゃん』って慕われてんだからいいじゃんか。お前らだって知らなかったというより知ろうとしなかったってだけだろ? 放任しといて今更ナニ言ってんの」
「未成年の彼女がアルコールに弱いなんて、知らなくて当然じゃないっすか?…てか、青学の彼女に何処までも付き纏うのもどうかと」
脇から聞き捨てならないと桃城が口を出した事から、徐々に雰囲気が怪しくなってくる。
「付き纏う…とは語弊がありますね。こちらはあくまでも竜崎さんの希望に応じているだけですが」
「そうそう、大体そっちが面倒見ないからおさげちゃんだってコッチに見学に来たんだろい? フォローしてやってんのに、その言い方は何だよぃ」
続いた丸井は既に全てのカキ氷を食べ終えていたが、確かにそれに含まれていたアルコールは微々たるものだったのだろう、彼の表情にも行動にも何ら変化は認められなかった。
「あーっ、その言い方は横暴だぞー?」
柳生や丸井が桃城に反論すると、今度は菊丸が手を上げて訴える。
「おいおい、止めろよ菊丸」
「そのぐらいにしておけ、丸井」
大石と柳が互いを諌めようとしたが、菊丸はこれだけは言うべき!と発言を止めなかった。
「こっちは大体男子テニス部だもん。そりゃ手取り足取り指導出来ないのは認めるけどさ、竜崎だって女子テニス部には入ってるんだし。青学でも指導は受けてる以上、ウチの力不足みたいな言い方は許せないぞ。それに俺達だって、ちゃんと指導しようと思えばソッチに負けないぐらいに出来るもんね」
「…ちゃんとするって事は、分け隔てなく面倒を見るって意味かい?」
「あったりまえだよ」
幸村の割り込んだ一言に、間髪入れずに菊丸が返す。
確かに青学は男子、女子とテニス部は別れているけど、別に女子だから何も教えないってことじゃない!
もし男子女子合同で行われているような活動だったら、多少の肉体的相違に関しては練習量に差が出るかもしれないが、無責任に放置するという事はなく、差別も行わない。
当然と言えば当然の主張であり、スポーツマンシップに則った真っ当な意見だった。
「…それは確かに一理あるね。言い方がまずかったな」
うん、と幸村が冷静に頷いた…が、
「じゃあ言い方を改める。それを聞いた以上は竜崎さんをそっちの男子テニス部には、ぜっっったいに任せられない。今後もこっちでしっかり面倒見るから」
と、更に爆弾を落とす発言。
何だと――――――――っ!!!
立海側でグッジョブ!な心の喝采が飛ぶ中、当然青学からは反対の嵐。
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