「あ…本当だ、彼女だね」
久し振りに見る知己の姿に、幸村がにこ、と笑う。
「どうやら、友人と一緒におるようじゃのう」
「ちぇ〜、一人だったら遠慮なくハグするところなのにな〜」
「お前、その性癖直した方がいいぞ…竜崎相手だからいいようなものの…」
一歩間違えたらそれこそ性犯罪と看做されてしまう、とジャッカルが苦い表情を浮かべたが、それで素直に聞く様な相手ではない。
「分かってるって、だからおさげちゃんじゃなきゃしないもん、俺」
「確信犯かよ!」
尚更タチが悪い!と相棒が叱っている脇で、丸井はぴこぴこと見えない犬耳を立てて向こうの様子を伺っている。
「何話してんだろーなー…女の子ばかりきゃぴきゃぴしていると、野郎は入りづらいんだよな〜〜」
「無理に入る必要もないのでは?」
尤もな意見を柳生が述べたが、それでも丸井は収まらない。
「だってさ〜、こないだの会場でも、結局会えなかったじゃんか、おさげちゃん」
「そう言えばそうじゃったの…」
別に会う約束も取り付けてはいなかったが、実は立海メンバー全員、裏ではこっそりと桜乃に久し振りに会える機会を楽しみにしていたのだ。
しかし、試合に際してのアップや、スケジュールなど、諸々のタイミングが悉く合わなかったのか、蓋を開けてみたら当日、彼女に会えたメンバーは誰もいなかった。
「俺、結構気にして見てたんすけどね…青学のベンチではらしい姿もあったから、いなかった筈はないんすけど…」
「ふぅん…」
そうなんだ…と答えつつ、幸村があの三人に再び視線を向ける。
彼女達は今まさに、その日の彼女達の行動について話しているところだった。
「…そう言えば、あの日も三人で色々と巡ってたよね、試合以外の時間は」
「そうね」
桜乃に話を振られて朋香が頷くと、おさげの少女はほう…と頬に手を当てながら少しがっかりした表情を見せた。
「試合以外の時間も結構あるから、その間に他の学校の方々にもお会いできるかと思ってたんだけど…立海の皆さんにだけは会えなくて、残念だったなぁ」
『……』
おや、と陰で聞いていたメンバー達が顔を見合わせる。
「どうやら、向こうも同じ様に思ってくれていたらしいな」
「ああ言われると、嬉しいもんじゃの…」
真田の言葉に同調した詐欺師が軽く唇を歪めていると、向こうのツインテールが何となく歯切れの悪い返事を返していた。
「あー…まぁ、しょうがないわよ。一応、あの日のスケジールは杏に任せていたんだし、ね」
朋香からそう言われ、杏がこくんと頷く。
「お兄ちゃんからちゃんと関係者宛のスケジュール表も見せてもらってたし…その証拠に、『他の』学校の人達にはちゃんと全員会えたでしょ?」
「うん…そうだったね」
思い出し、桜乃は素直にそう答える。
確かに…当日は立海以外の全ての学校の生徒とは問題なく会う事が出来た。
その日は立海も試合があるからタイミングが合わなかったのだろうと考えていたが、今考え直してみると全員に会えなかったというのは…何か原因があるのでは…?
「まぁ、立海のメンバーに会えなかったって事は、縁が無かったってコトじゃない?」
「そうなのかなぁ…」
疑問には思ったものの、桜乃は残念ながら人を必要以上に疑う事を知らない子だった。
だから思いも拠らなかったのだ。
朋香と杏が『敢えて』自分を立海から遠ざけている、など。
『立海には悪いけど、ぽやぽや桜乃にはまだ恋愛なんて早すぎるもんね。青学の男子ならともかく、可愛い妹をよく知りもしない男の毒牙に掛けさせるワケにはいかないわ。ここは姉貴分として断固阻止よ、阻止!』
『私としちゃ、桜乃があのワカメ頭とお近づきになるって事自体がタブーなの! いつとばっちり受けて怪我するか、分かったもんじゃないわ!』
ひそひそひそ…と内緒話で、二人の姉貴分は桜乃には内密にそんな盟約を交わしていた。
しかし、少し離れた場所にいた男達は……
「以上、カフェテラス前よりお届けしました……ナリ」
見事な読唇術で彼女達の企みを暴露した銀髪の詐欺師の背後で、ジャッカルや丸井達が大騒ぎだった。
「しぃーっ! しぃーっ!!」
「静かに暴れろってのい! 赤也!!」
どうやら、仁王が杏の『ワカメ頭』発言まで忠実に伝えてしまったらしく、切原が軽く暴走している。
「……弦一郎」
「うむ」
見兼ねた幸村が親友に声を掛けると、向こうは分かったとばかりにその騒動の渦中にいる後輩を、あっさりと拳骨一撃で正気に戻してしまった。
勿論、相手は暫く星を見るコトになってしまったが、まぁ被害が誰にも及ばなかっただけでもラッキーだろう。
そんな事をしている一方で、彼らは試合日当日、桜乃に会えなかった本当の理由を知り、一斉にその原因の少女達へと視線を向けていた。
(そーゆーコトでしたか)
道理で彼女の姿は確認出来ても、会えなかったワケだ。
向こうが会いたいと思ってくれていても、その彼女を誘導していた存在がそれを阻んでいたのなら、納得……
「…因果ですね」
あの朋香と言う少女はともかくとして、杏と呼ばれている娘は、確か橘桔平と兄妹だった筈…
後輩の切原と因縁浅からぬ者の血縁者であれば、桜乃を遠ざけたいという気持ちにも或る程度は理解を示せる。
つまり…
「切原を切れば、障害はなくなると」
「あ、そっか」
「ちょっと〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!??」
全ての元凶は後輩にある訳だし…と早速よからぬ相談を始めた仁王と丸井に、切原が真っ青になって取り縋った。
「ヒドイわ、アタシを捨てるの!?」
「動揺するのは分かるが、オネエ言葉になってるぞ赤也…」
脳の何処をどう刺激されたらそんな言葉が出てくるんだ…と興味も露に柳が突っ込んだが、傍で聞いていた真田は全身鳥肌が立っている。
「今の台詞の方が悪魔化より余程怖かったぞ、俺は…」
「本当に面白い後輩だよね」
流石、部長は聊かも動じていない。
「まぁ…今日のトコロは顔を出さない方がいいんじゃないのか? 勝負は勝負としても、相手の気持ちも分からないでもないしなぁ」
ジャッカルが真っ当な意見を述べている脇で、切原はまだめそめそと背中を向けて落ち込んでいる。
「それもそうだね…」
そう幸村が頷いた一方で、彼らがいるとは知らない女子三人組の方では、試合日からまた別の話題へと話が移っていた。
「まぁ、桜乃が今は恋人がいないって事はよく分かったけど……じゃあ、どんな人が好みなの?」
「どんな人…?」
杏の質問に、桜乃は意外な言葉を聞いたという様に首を傾げた。
「だ・か・ら。桜乃が恋人にしたいっていうのはどんな人? 具体的に言えないなら、逆にこういう人は嫌だっていうのはないの?」
それを聞いておけば、逆にそういう人を警戒しておけばいいものね!
「え…うう、ん…好み…?」
「そーよ」
杏だけでなく、朋香もそれについては興味があると桜乃に迫った。
「やっぱり人間だから、こういう人は許せないっていうの、あるんじゃない? 例えば〜…」
うーんと少し考えた後で、朋香がつらつらつらと例について淀みなく述べてゆく。
「やっぱり生粋の日本人じゃなきゃ駄目だとか、甘い物好きな男性は嫌だとか、ウソツキは許せないとか堅苦しい男は苦手だとか」
ぶち…っ
聞いていた男達の何人かの頭上から、そんな音が聞こえてきた。
その間にも、今度は杏が朋香の例えに続ける。
「性格が凶暴になる男とか、やたら理詰めの男とか、若年寄の男とか、完璧すぎる男は嫌だとか…まぁそんな感じ」
ぶちぶち…っ
別の男達の頭上からも、また嫌な音が聞こえてきた。
「…俺ら、何か忍耐でも試されてんのかな……」
「耐えろ、ここで何か言ったら俺達の負けの様な気がする…」
ひくひくと顔をひきつらせながら丸井が尋ね、ジャッカルが目を閉じて達観したような答えを返す中、結局誰もそこに突っ込みを入れる人物はいなかった。
それはジャッカルと同じ心境であったのと同時に、このまま沈黙を守ることで桜乃の答えを聞きだそうとする思惑もあったのだろう。
下手に出しゃばり茶々を入れてしまえば、彼女の好みというのが聞けなくなってしまう…
こういう質問は男がやっても正しい答えを得られるとは限らない。
ああいう気心の知れた女友達が尋ねてこそ、本心を明かしてくれるものなのだ。
さて、あの娘の答えは果たしてどんなものなのか…?
「ええと…ううんと…好み、好み…」
どうやら彼女は誤魔化す様子はなく、ちゃんと真摯に考えた答えをくれる様だ。
朋香や杏だけではなく、立海メンバー達もその答えに注目する中、桜乃は遠慮がちに唇を開いた。
「うーん…それは確かに…同じ日本語で話せたらいいなとは思うけど…私を好きになってくれるならそんなに多くは望まないと言うか…そうだね…せめて…」
最低限の希望を思いついた桜乃は、照れた表情を浮かべながらえへ、と笑った。
「人類で」
(条件、超ユルーッ!!)
朋香と杏だけではなく、聞いていた男性陣も一気に脱力感に襲われた。
丸井と切原に至っては、膝までついてしまっている始末。
「…ず、随分と博愛主義なのね…桜乃」
(博愛主義と言うか、何と言いますか…!)
(逆にそこまでレベル下げられたら、野郎の立場がないっつーか!!)
朋香の突っ込みに、柳生と切原が心の中で更に突っ込む。
「ヒト科ならすべからく権利があるってことだね…まぁ、正しいと言えばそうなんだろうけど…」
「喜ぶべきなのか、ビミョウじゃのう…」
選り好みしなさすぎるのも、それはそれで問題か…と部長と詐欺師も苦笑いを浮かべている脇で、早速柳が何事かをノートに記している。
「人類皆兄弟を地でいくな、あの娘…」
「一番ハードルが低そうに見えて、最も難関だぞ。ああいう手合いは」
何しろ他の男達がふるいに掛けられることなく全て自分のライバルとして立ちはだかる可能性があるのだから…とジャッカルが言った。
全くもってその通り。
寧ろ、多少は我侭を言ってもらったほうが、男の側としては…
「…少なくとも、平坦な道じゃなさそうだね…手強いお姉さん達もいるみたいだし」
「む…」
幸村の一言に、脇で無言を守っていた真田が微かに渋い表情を浮かべる。
その性格から男女関係については朴念仁とも呼ばれる事もある男だが、年齢相応に恋の感情は彼も持っているらしい。
向こうでは、まだ桜乃に二人の姉貴分が何事かを言っている様だが…おそらく彼女にはまだまだレベルが高い話で終わってしまいそうだ。
「…誰か、諦める奴いると思います?」
「いーや…寧ろ、やる気満々になった奴らばっかじゃね? ウチってそういう奴しかいねーしさ。強敵なほど、燃えるタイプ?」
切原と丸井の言葉が全てを表している。
桜乃の鈍感だけではなく、防波堤になるだろう二人の女性…しかもかなりの難関と見た。
立海の面々は、これからきっと、テニスの様には上手くいかないだろう別の戦いの幕開けを予感していた……
了
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