説明を聞いたメンバー達は、一層慌てた。
「えええええっ!? そんな事言ってたって…じゃあもう殆ど決まりじゃないスか!!」
ラブレターを見たのは間違いないが、それでも何かの勘違いであってほしいと願っていた切原が、がーんっとショックを受けた様子で叫ぶ。
(まさかあの娘が、恋愛に目覚めた――――っ!!??)
そんな中で、彼らの内で一番それを冷静に受け止めていたのはジャッカルだった。
「あー…まぁ驚きはするが…年頃の女性なんだし、それはそれでいいんじゃないか? 俺達は彼女の青春を応援するってこと」
「ジャッカルのバカ〜〜〜〜〜ッ!!」
そんな相棒の発言を途中で遮る形で、赤い髪の丸井が両手を振り回しながら叫ぶ。
「ダメダメダメ!! おさげちゃんをそんな見ず知らずの男に譲るだなんて、鬼畜な真似出来るワケないじゃんかっ!! ここは俺達の手で、何が何でもソイツを撃退して二度と近づかない様に思い知らせてやらないとっ!!」
「お前の方が鬼畜だ」
錯乱するのは分かるが、そういう無茶をいうモノじゃない、と嗜めようとしたジャッカルだったのだが…
「相手さえ分かれば、ソイツの裏の話を集めるのは簡単なんじゃがのう…」
「待って下さい。すぐにそれを暴露するのではなく、最初は黙秘を条件にこちらから交渉するべきでは…」
「先ず、相手を知る事が肝要だな…赤也の話でも相手までは確認出来なかったということらしいし、データが不足している」
と、物騒な会話があちこちで飛び交い始めた。
「ええっ!? 俺一人だけっ!?」
彼女の人並みの幸せを応援したいと思っているのはっ!?
慌てたジャッカルが部長であり彼らの手綱を握っている幸村へと意見する。
「ちょちょっ…お前までまさかそんな強引な手法を肯定したりしないだろうな、幸村!?」
「そうだね…」
リーダーである幸村は、ふ、と遠い目をして窓から見える青空を眺めながら訥々と答えた。
「…まぁ、俺達全員を納得させて、且つ屈服させる程に文武両道な男性なら、一目置いて交際を認めないこともないけど…前もってそうでないと判明した場合は、妹分の彼女の身を守るコトを前提に全力をもって阻止させて貰おうと思うよ」
「……」
大人しく聞いていたジャッカルは、暫しの沈黙の後で確認した。
「えー、つまりそれは……立海の中でも並ぶもののない実力者揃いの俺達と、体力、知力共にどう見ても勝ち目のない戦いをさせて、けっちょんけちょんにのした後に、堂々と竜崎と引き離してやろうってコトでファイナルアンサー?」
「そういうあけすけな物言いは好きじゃないなぁ」
(結局そうなんだろうがっ!!)
あわわわ…と、この後の悲劇を思い冷や汗を流していた彼の隣で、副部長が遠慮がちに声を掛けてきた。
「あー……その、俺はどうにもよく分からんが…り、竜崎の気持ちはまだはっきりとはしていないだろう? 受取りはしたが、それに受諾したという訳でもない。もしやしたら、相手に恥をかかせず、秘密裏に断ろうと思って赤也に内緒にしたことも考えられるのでは?」
「あ…」
はた…と切原が相手の言葉に注目する。
そうか、そういう事も確かにありうる!
「そ、そっか、確かにそうッスね! 断るつもりでいるなら、別に俺らが何かしなくても…」
「…じゃが、『恋愛は禁止されていない』と確認を取ったことはどう説明をつけるんじゃ」
「そうだな…」
仁王の新たな質問には、参謀の柳が窓の下を眺めながら頷いた。
「……アレを見たら、分かるかもしれないな」
『!?』
全員が促される形でそちらへと視線を落とすと、話題の中心である桜乃が、丁度、一人の若者と一緒に、真下の通路に立っている姿があった。
二人は共に歩くでもなく、お互いに向き合って雑談に興じている様だ。
非常に…意味深な光景だった。
めきっ…!
(ひいいいい!! サッシがああぁぁぁっ!!!)
切原がぶるぶると震えて見ている視線の先には、哀れ、真田に握られ形を歪められた窓枠の姿があった。
先程までは冷静な言葉を述べていた若者も、問題の現場を目の当たりにして感情が抑えられなくなりつつあるらしい。
自分も、暴走したり悪魔化したりする事でかなりパワーアップは出来るのだが、抑制している状態で既にここまで破壊力の凄さを見せ付けられると流石に引く。
しかし、引くだけならまだいいだろう。
まともな人間だったら、先ずその場から一も二もなく逃げ出すのがオチだ。
「竜崎じゃ」
「ん? あの相手の方は…見たことがありますね。ウチの部員では?」
「そうだ。二年生だな」
仁王や柳生の言葉に、柳がすぐに頷いた。
ウチの部の部員!?
という事は、まさか、真田に確認したあの言葉の真意は……
「自分の事だけではなく、相手の立場も考えてのことだったのか? いや、まだ只のマネージャーと部員の会話だという可能性も捨てきれないが」
「〜〜〜〜〜!!」
ぎりぎりぎり…と歯軋りをしながら二人の様子を眺めていた丸井の見ている向こうでは、その二人の内、桜乃がにこやかに微笑みながらすっと何かを相手に差し出していた。
おそらくは部関連のものと思われる見覚えあるプリント…その上に載せられた白い封書…
表を上に向けていたから確信は持てなかったが、それを見た切原がぼそりと呟いた。
「あれ…? 朝のあの手紙に似てる」
「本当か?」
「うーん…似ているってだけッスから、何とも…」
「しっ…」
ジャッカルと切原のやり取りを、柳生が静かに嗜めている間に、それは起こった。
その封書等を、相手の若者が、嬉しそうに微笑みながら受け取り…封書だけは自身のポケットの中に収めたのだ。
それは、桜乃に差し出したラブレターを突き返されたとは思えない程の笑顔だった。
その事実が、メンバー達を更に混乱させる。
「ええっ!! どういう事!? あのラブレターじゃないって事!?」
窓から身を乗り出した切原が言ったが、すぐに他の可能性を仁王が示唆する。
「…それとは別に、竜崎本人が別に準備したモノだとか?」
「ってことは、貰ったラブレターの方の奴はふって、あっちの男が本命ってことなのか?」
何がどうなっているのだと色々と妄想と仮説が飛び交っている中で…
がくっ…
彼らの目の前で、幸村ががっくりと脱力した様子でその場に片膝を付いた。
(『神の子』が膝を折った〜〜〜〜〜っ!!)
余程のショックだったのだろう、そんな反応を部長が返している間に、桜乃に封書を貰った相手は少し急いだ様子でその場を立ち去っていった。
そして残された娘は、相手の後姿を見送り、何かを成し遂げた様に笑っていた。
「……」
がしっ…
「!?…おい?」
ジャッカルが呆然と見つめる隣で、丸井が窓枠に足と手を掛けて外へと身を乗り出すと、引止めの声が掛かる前に、ばっと飛び出していた。
「わ――――っ!! バカ!! 二階だぞここはーっ!!」
その声はその場だけに留まらず、下に佇んでいた桜乃の耳にも届いてきた。
「ん…?」
ふ…と上を見上げると…
だんっ!
「っ!?」
響く音と共に、目の前に一人の赤い髪の若者が降ってきた。
「え…!?」
どういう事だろう…と、呆然として思考がまとまらない内に、更に続けて…
だん、だん、だん、だん…っ!!
「ええええええ!!??」
次々と降ってくる人間達…しかも全員に見覚えがある様な…
『だーっ! お前らまで〜〜〜〜っ! ああもうっ!』
上からそんな呆れ声が聞こえてきて、結局、最後の一人…ジャッカルも二階から飛び降りてきた。
全員があっさりと着地出来ている時点で、立海のテニス部レギュラーが常人ではないと立証してしまった様なもので、それを目撃してしまった他の生徒達は例外なく目を剥いている。
「きゃーっきゃーっ!! 天気予報のお姉さ〜〜〜んっ!!」
今日の天気予報では人が降ってくるなんて聞いてない!と、殆どパニック寸前だった桜乃に、最初に飛び降りてきた丸井がずずいっと迫っていった。
「ひどいじゃないか、おさげちゃん…」
おどろおどろしい効果つきで、俯いたまま迫る姿は正にホラー。
「怖ぁーっ!!」
びくびくと怯える妹分に、しかし今日ばかりは相手も攻撃の手を緩める様子は見えなかった。
「普通の女の子だと思っていたのに俺達に断りもなく不純異性交遊だなんて、おさげちゃんの浮気者〜〜〜〜!!」
迫りくる丸井に、二階から降ってきた彼らの非常識振りはどうなんだと質す余裕もなく、桜乃は条件反射のみで謝罪する。
「ごめんなさいっ! もうツッコミどころが分かりませんっ!!」
彼女の言う通り、もうこうなったら何が何だか…
「…丸井、今のお前が出ると、まとまる話もご破算だ、ちょっと下がれ」
「うう〜〜〜」
ひょいっと丸井の襟首を掴んでぶら下げた真田が尤もらしい事を言ったが、そんな彼も二階から飛び降りてきた内の一人であり、説得力は今ひとつ…
何事が起こっているのか相変わらず分かっていない少女に、柳が軽く手を上げつつ発言した。
「つまりな、竜崎…先程の部員が、もしやお前が懸想している相手ではないかという疑惑が持ち上がっているのだ」
「……?」
冷静に聞いたらおかしな話だ、話が突拍子過ぎる。
それは桜乃も同様に思うところだった。
「え…お手紙渡しただけなのに、何でそこまで話が…?」
そう言ったところで、は…と桜乃が過去の記憶を掘り出し、思い当たる節へと辿り着く。
「……切原先輩…?」
ぎくっ…
「…え、えーと…」
おそらく彼は、嘘はつけたとしてもその後のフォローは苦手に違いない…と思える程、その時の狼狽振りは凄かった。
まぁ、普段温厚な少女の冷ややかな視線が、かなり強く相手の心理を揺さぶった所為であるとも言えるが。
「…さてはバラしましたね…朝の件」
「いいい、いや、それは違う…とも言えないけど、こう、言わないでいたら今度は俺の命がどうなるかっつーか…」
「…? 何でです?」
いきなり命の話になるとは…と不思議に思っている少女は、どうやら相手の八人がそれだけ自分に執着しているとは考えていない様子だった。
大事にされている事は十分承知しているのだろうが、流石にここまでとは思っていないのだろう…今でも。
「……ごめんね、竜崎さん。騒がせてしまって…でも」
至極真面目な顔をした幸村が、数歩歩いて桜乃に近づき、その肩にぽんと優しく手を置いた。
「俺達は、君をしっかりと指導、監督しないといけない立場だと思っているから。君が選んだ相手なら間違いはないと思いたいけど、もしそれでも万一、分不相応の相手だったらと思うと気が気じゃなくて…」
「まぁ、そこまでお気遣い頂いて有難うございます…………ん?」
相手の説明に、一度は素直に感動し、感謝の気持ちを述べた桜乃だったが、それから数秒後にふと首を傾げた。
「……仮に分不相応だと判断された場合には、その人は…?」
「ああ、それは俺達が……」
ふっと背を向けて答えた幸村だが、その言葉は最後まで語られることはなかった。
「『……』の後が非常に気になるんですけど…」
どうなってしまうんですか…と危機感を募らせた少女に、代わりに詐欺師が問い返した。
「何じゃ、気になるんか? じゃあ、やっぱりアイツはお前さんのイイ人か?」
「ちっ、違いますっ!!」
仁王の直接的な質問に、桜乃は大いに慌てながら両手を前で激しく振り…少しの沈黙を経てかくんと首を項垂れた。
「う〜ん……もういいかな、成就したし」
「ん?」
成就…?
皆がその言葉に首を傾げると、桜乃はさっぱりとした笑みを浮かべて顔を上げた。
「えーと…朝のラブレター、あれ、私宛じゃなかったんですよ」
『はい!?』
「正しく言うと、さっきの部員さんへのものだったんです…ウチのクラスの友人が、告白したいけどなかなか渡す勇気がなくて、靴箱に入れたくても、場所が目立つ位置にあるから人に見られるかもしれないからって…私、マネージャーだしどちらも見知っていたから、橋渡しを引き受けたんですよ。私ならまだ部の関係者で疑われることもありませんし」
「え……じゃあ、おさげちゃんは最初からあの手紙については無関係だったってコト!?」
「そうです。手紙もクラスで渡したりすると噂が立つかもってことで、予め靴箱に入れてもらって……彼も彼女の事は気になってたみたいで、会ってくれるそうです…あ、でもこれ以上はダメですよ、野暮になりますから」
それ以上の情報は教えられないと桜乃は念押ししたが、もうそこまで聞いた時点で、男達の疑惑の念は完全に消え失せていた。
つまり、桜乃にはそういう相手はいなかったというワケだ…
「な……な〜〜〜んだ〜〜〜…じゃあ竜崎は今も変わらずフリーか、良かった〜〜」
「怒りますよ…?」
切原の発言に、珍しくご立腹の様子でむっとした桜乃だったが、正直他のメンバーも似たような心境だった。
「ん…けど、俺らはそんなの竜崎から受け取った覚えはないッスよね…一応、俺らもそれなりにモテる方だとは思うんだけどさ…」
「……多分、俺だ」
ふと、柳が顔を上げて思い出した様に言った。
「へ?」
「いや…いつか竜崎から一度、部関係のことづけだと封書を受け取った事があるのだが、結局それが同じ類のものでな……そういうモノの伝達の為に彼女を使うなと苦言を呈した事がある」
(苦言…?)
(ラブレターくれた相手に…?)
気の毒に…と思う仁王と柳生の思惑は声に出る事はなく、柳の発言を妨げる者もいなかった。
「おそらく妹分から渡してもらう事でイメージの向上を図ったのだろうが、完全に裏目だ。それが噂になって、少なくともレギュラー宛てのモノは彼女の手を伝う事はなくなったのだろうな」
「柳、グッジョブ!」
「グッジョブ!?」
「だってそんなん、おさげちゃんから受け取っても俺ら困るだけじゃんか! それこそ無碍にも出来ねーし!」
ぎょっとするジャッカルに畳み掛けるように丸井が言ったが、確かに強引に見えるが納得も出来る言い分だ。
下手に桜乃から受け取ってしまったら、彼女の手前、断りづらくなる事もありうる…そう考えると、過去の参謀の判断が自分たちを色々な意味で救ってくれていた。
別に橋渡しぐらいで目くじらを立てる必要もないだろう、それに、その場合、彼女はあくまでも仲介者に過ぎないワケで……
(あー、良かった良かった!)
「……何だかビミョーに心がむずむずします」
「ええと、ごめん…ちょっと今回は見逃してあげて」
実は自分も同様の感想を思っていた幸村なので、彼らにきつい台詞を言う心境にもなれず桜乃に温情を願い、そして改めて詫びた。
「本当にごめん、何も分からなかったとは言え、君の事を変に疑ったり騒いだりして…反省してる」
「きゃ、い、いいんですよ。分かって頂けたし、誤解も解けて…あの二人も上手くいきそうですから」
下手にこちらが大騒ぎになって、二人を繋ぐ機会が失われずに済んだのは何よりだった、と桜乃は前向きな返事を返した。
「…なら、竜崎さんは今回、あの二人のキューピッドになってあげたという訳ですね」
柳生が感心した様にそう評すと、少女は意外な返答を返してきた。
「んー…そういう大袈裟なものではないと思いますよ?…これまでもこういう役はよくしてますし」
「マジ?」
「立海も凄くイケメンさんが多いですから、結構手紙とか渡したりしてますよ」
切原の驚いた声にそう応じた後、流石に言ってて寂しくなったのか、桜乃がちょっとだけ哀愁の漂う背中を向ける。
「ええ…鈍感そうに見えるんでしょうね…やっぱり伝書鳩なんです、多分…」
「わーっ!! ないない、そんなコトないって!」
「そーゆーの出来るのって、十分美徳だからさ、おさげちゃんっ!!」
くすん、とちょっぴり拗ねてみせた妹分に、必死にジャッカルと丸井がフォローを入れ、普段はそういう話題は苦手な真田も付け加えた。
「む…い、今はそういう縁がないというだけではないか? ここで焦って無理に探す必要もなかろう…幸いお前は器量も良いのだし、その、良い伴侶はきっと見つかると思うぞ?」
あの真田が凄いコト言った!とみんなが驚愕している中、桜乃は、ジャッカル達の心遣いのお陰もあって早々に立ち直ると、にこりと笑って軽く手を振った。
「うふふ、有難うございます、真田先輩…でも正直、これだけ格好よくてクールに見えるのに心配性な『お兄ちゃん』達ばかりだと、こっちこそ心配で恋人なんて作れませんよ」
『ふつつかな兄ですが、これからも宜しくお願いします』
全員一致で、妹分に頭を下げて挨拶。
「ええっ!? 改善する気ナシ!?」
驚いたが、時既に遅し…
今後も、『お兄ちゃん』達は桜乃を可愛がりながら、羽虫の接近を断固阻止する事で一致団結したのである。
彼らの鉄壁の防御を打ち破ろうというツワモノは、現時点ではまだ現れる様子はない…
了
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