「うわ〜〜〜、竜崎も浴衣だ〜」
「おう、可愛いのう、よく似合っちょるよ」
「いつにも増して愛らしいですね」
「注目すべきは『うなじ』だろい、『うなじ』!! 顔も可愛いけど!」
「朝顔…か、ふむ、色合いもお前によく合っている」
「今日は髪を上げているんだね、凄く可愛いよ、竜崎さん」
その日新たに会った残りの六人にも早々に自分の姿を褒められてしまい、桜乃は薄暗くなってきた中でもはっきり分かるぐらいに赤面して、恥ずかしげに俯いてしまった。
しかしその気取らない初々しい姿は、更に彼らの注目を集める事になってしまう。
これまで自己顕示の激しい女性達が周囲に多かった所為か、少女の飾らない仕草は逆に新鮮なものに映るのだろうか?
「あ、あの…有難うございます…でも、皆さんの方が余程似合っていると思います。凄く格好良くて、見蕩れてしまいそう」
照れながらもそんな事を言ってくれた相手に、常日頃から賛辞には慣れ切っている筈の男達が、むず、とくすぐったそうに身体を揺らす。
何だろう、この新鮮な心の高揚感は…お世辞に対する様な不愉快さは微塵もなく、それどころか、素直に喜びたいという気持ちが湧きあがってくる。
「有難う…でも君も十分に可愛いんだから、そんなに恥ずかしがらないで」
幸村が、てれてれと照れまくっている少女の頭を優しく撫でながら言った台詞に、切原が便乗した。
「そーだよ、アンタも青学の奴らとは身近な付き合いなんだから、このぐらい慣れてるだろ?」
そんな二年生の若者の言葉に、桜乃はぷるっと首を横に振った。
「な…慣れてるなんてそんな。し、正直、褒められたのは、その…初めてで」
(バカじゃねーのアイツら!!)
傍にいる見知った少女に、そんな気の効いた台詞一つ掛けてやれないのか!?と、立海の面々は一様に呆れた。
お世辞を言えとは言わない。
しかし、この子は正直に可愛いと言ってやれるぐらいの器量は十分に持っているじゃないか。
いつも会っている彼らより先に、そうそう会えない自分達の方が褒めているなんて、普段どれだけ放置しているのか……
「おさげちゃん、可哀相…俺らが傍にいたらアイツらよりずっと可愛がってやれるのに…」
「入る学校を間違えたんだな…俺も人の事は言えないが」
「え? え?」
しみじみと言いながら頭を撫でてくれる丸井とジャッカルに戸惑う桜乃を見遣り、仁王がぼそりと呟く。
「…傍にいたら、却って見えんことも一杯あるしのう…」
「勿体無いことを…」
相棒の台詞に、柳生も同調する。
「…じゃあ、みんな揃った事だし、行こうか?」
そんな仲間達を微笑みながら見つめていた幸村だが、その時は特にそれについて何も言う事はなく、全員を促して花火大会の会場へと移動していった。
移動中は流石に人が多くて難儀したが、おそらく桜乃にとってはこれまでの人生で経験してきた花火大会の中で、最も楽な移動だった事は間違いない。
そして、数多に迷子の経験もあった彼女が、今日ほどそれの不安を感じずに済んだこともなかっただろう。
何故なら…
「ほれ、竜崎、こっちじゃよ」
「危なくなったら、誰でもいいですからすぐに掴まるんですよ」
「あっ、出来たら俺に掴まって」
「おさげちゃん、たこ焼きあげる」
その様相は正に大名行例…もどきの完全武装。
桜乃を中心に円を描く形で、メンバー達がぐるりと少女を取り囲んでいた。
こう囲まれては迷子になりたくても無理な話。
しかも、彼らが細心の注意を払いつつ桜乃を人混みから守ってくれているので、彼女自身は実にスムーズに道を歩くことが出来た…のだが、そんな快適な状況にも関わらず、桜乃本人は相変わらず恥ずかしげに歩いていた。
「あ、あの、あのう…幸村さん」
「ん、なぁに?」
「ええと…これ、凄く恥ずかしいんですけど…」
イケメン揃いのレギュラー達に囲まれて、しっかりとボディーガードしてもらえるのは本当に有り難いし嬉しいことだとも思うのだが、彼らが目立つ分、他の周囲の人々の視線が非常に気になるのだ。
辺りの人々は先ずイケメンの彼らに視線を向けるのだが、それからは例外なく彼らが守っている自分へと注意を移し…不思議そうな顔をしながら通り過ぎてゆく。
美男子八人を周囲に従える様に歩くなんて夢の様な話ではあるが、実際に経験したらそんなにいいものでもないのかもしれない…いや、嬉しい気持ちには嘘はないけれど。
それでも今の、『踊り子さんには手を触れないで下さい』状態になってしまっている状況を何とか変えられないかと申し出てみたのだが、相手の部長はうーんと唸った後に他のメンバーへと視線を向けた。
「と言ってるんだけど…どう? みんな」
「絶対不許可」
即答したのは切原だった。
「竜崎はあめーんだよ…俺らがしっかりガードしてるから、この大会の人混みがどんなに凄いか分かってねーんだろうけど」
「え…そんなに…?」
確かに守ってもらっているから、実際に人混みに揉まれたらどうなるかは分からない。
おど、とたじろぐ桜乃に、更に丸井が言った。
「この大会はなー、この近辺でもいっちばん人口密度が高いと評判の祭なんだぜい?」
「え…」
「もし、そんな修羅場に君が一人守られることもなく放り出されたら……」
そこまで言ってから、幸村はふいと視線を逸らして押し黙った。
代わりに、
「……竜崎、気の毒に…」
と涙で滲んだ台詞を、やはり視線を逸らしたジャッカルが呟き、
「いい子でしたのに……」
と、柳生が眼鏡の奥で涙を拭き、
「花火大会を甘く見たばっかりに…」
と、仁王が遠い目をしてお空のお星様を見上げていた。
「えええええっ!? いいい、命の危険が〜〜〜!?」
「だから俺達と一緒にいようね」
ふえーん!っと怯え切ってしまった少女に、にこりと微笑んで幸村が念押し。
最早、抗う気力もごっそり根こそぎ奪われた少女を引き続き全員で護衛しながら歩く中で、こそっと柳が幸村に耳打ちした。
『…そこまで脅さなくても』
『いや、あそこまで素直に反応されちゃったから、もう可愛くて可愛くて……見ていてぞくぞくしない?』
『………』
勿論理性で抑えはするけど、思わずぎゅーって抱き締めたくならない?と問い掛けた美麗な若者に、柳と真田は無言を守った…が、その逸らされた視線は決して否定の意を見せている訳ではなかった。
そうしている内に、彼らは花火がよく見える陸橋の上に到着した。
何とかそこの手すり側の場所を確保し、彼らは桜乃を中心としてほぼ横一列に並ぶ。
「楽しみですね…あ、もう始まるみたいですよ」
「あまり待ちすぎるのも疲れるからな…良いタイミングだ」
うむ…と柳が桜乃に頷いたところで、ひるるるる……と、花火玉が空へと昇っていく時の、特徴的な音が聞こえてきた。
その音が消えてから数秒後…
どーんっ!と暗い空に大輪の花が咲き誇り、大会の始まりを告げた。
おおーっという大歓声が起こり、その場の空気が一気に盛り上がる。
「すっげーっ!! ここ良く見えるじゃん! ラッキー!」
「夏の醍醐味ッス!」
わいわいとメンバー達も全員で空を見上げ、いよいよ始まった花火の祭典を楽しもうとしていたが、それは桜乃も同じだった。
「わー、わー、きれーい!」
きゃっきゃとはしゃぐ桜乃は、ずっと空を見上げて新たに咲く花々を見上げている。
「アンタは結構小心者みたいだから、花火の音にビビるかと思ってたけどなー」
にっとちょっぴり意地悪な笑顔を見せて切原が桜乃を冷やかすと、相手はぷーっと頬を膨らませて反論した。
「むー、そんな事ないですよー。私だって、もう中学一年生なん…」
どどーんっ!!
一際大きな音が彼らの許に届き、その大気の振動が身体へも伝わると…
びくびくっ…!
『………』
間違いなく男達の目前で少女の身体が怯えた様に戦慄いた。
「…中学一年生なんですから」
気を取り直して、自信たっぷりに続けた桜乃は、先程の身体の震えについてはまるで自覚がない様子だ。
「……ふーん、そう」
「そうです」
どう言えばいいものかな…と思いつつ切原がそこで一旦話を切ったものの、他の男達も含めてレギュラーは、再確認の方にばかり注意を向けていた。
それからもまた、花火は彼らの都合には関係なく打ち上げられてゆく。
その中で、どーん、どどーんと響いてくる音と空気の振動を受ける度に、それらの大きさに比例して、桜乃の身体はぴくぴくびくびくと震えていた。
彼女は花火を相変わらず見上げて楽しんでいるので、おそらくは無意識の中での条件反射なのだろう、しかし……
(…何か、可愛い!)
そこまで素直にならなくても…と思ってしまう程にあからさまな反応に、最早全員が注目してしまっている。
しかもその反応だけではなく、夜空を見上げ、花火の彩の光に照らされる少女の笑顔は何処か艶めかしく、彼らの視線をいつまでも引き止めていた。
花火に完全に夢中になってしまっていた桜乃は、そんな彼らの視線にも気付かず、ずっと一夜限りの花々を見つめていた……
「あー、楽しかったですね〜」
「お、人が動き出したな」
「まだ時間はありますから、もう少し見て回りましょう」
花火大会を終えた人々が再びぞろぞろと移動を始める中、桜乃達は再び円陣を組んで同じく歩きながら屋台が並ぶ方へと移っていたのだが、不意にそこで声が掛けられてきた。
「…竜崎?」
「?…あ、リョーマ君」
ふと呼ばれた方を見ると、そこには偶然にも青学のメンバー達が並んで移動中だった。
桜乃の言葉で彼らの存在に気付いた立海のレギュラー達も、一斉に彼らの方を見た、が、桜乃の周囲の守りは解こうとしない。
「やぁ、青学も来ていたんだ……久し振り、手塚」
相手方の顔を全員見回して、幸村が代表である向こうの部長に微笑むと、向こうもそこまで砕けてはいないものの、穏やかな表情で返事を返す。
「ああ、幸村か、奇遇だな」
「そうだね」
当たり障りのない挨拶の後、手塚の視線が相手の背後に移ると、そこにはやれクレープを食べろだの、カキ氷もどうだだの、立海レギュラー達に可愛がられまくっている一年女子の姿があった。
「竜崎は、お前たちと一緒に見ていたのか」
「うん、ブン太の誘いでね、丁度彼女も予定がなくて暇みたいだったから…悪いコトをしたかな?」
「いや、先にお前達との約束があったのならそれを優先させるべきだろう。しかし、竜崎がお前たちとそこまで親交が深かったとはな…ウチの正式な部員ではないが、後輩の面倒を見てくれて有難う」
どうやら手塚には全く他意はないらしく、幸村の牽制とも思える台詞もさらりと流していた。
が、明らかに背後の青学レギュラー…特に越前リョーマの表情は微妙だ。
「そう言ってもらえたら助かるよ…ああそうだ、これも一応伝えておくけど、これから彼女、部活がない暇な時にはウチに見学に来るって」
『!?』
青学のメンバーがいよいよ、ぎょっと驚きの表情を浮かべる中で、幸村は後ろであむあむと餌付けされている少女の姿を楽しげに見遣った。
「見学…?」
「青学も設備とか整っているけど、たまには違う選手のプレーを見るのも勉強になるんじゃないかってね…ほら、立海までだったら、電車使えば割とすぐに行けるし」
「成る程な」
いつの間にか妹分だと思っていた少女が、まんまと立海のレギュラー達に奪われてしまった事に気付いた青学メンバーが内心激しく動揺している中、手塚と幸村は暫く雑談に興じていた。
「…しかし、今日の花火はなかなか見事だったな…中盤の小菊が満開に咲いたような一輪は特に見応えがあった」
「……そうだったっけ?」
そっけない、記憶にもない様な口ぶりの相手に、手塚が首を傾げつつ眉をひそめた。
「?…花火を見に来たのだろう? お前達も」
「最初はそのつもりだったんだけど……それより綺麗な花を見つけたから、そればかり見てたよ」
「ふむ…?」
会場の近くで、何か花の展覧会でもやっていたのか?と素直な思考に走った手塚だったが、結局その真意を知る事無く、立海と青学の若者達はそこで別れることになった。
勿論、桜乃は立海側についていく形で。
「…ああ、越前君」
「…なに?」
おそらくは手塚よりも、このボーヤの方が「真打ち」だろう…彼女に関しては。
いつにも増して不機嫌で天邪鬼な態度の相手に、幸村は優しい笑顔を浮かべて断った。
「ゴメンね、君の応援団員を一人、取ってしまったかもしれないけど…余計な事だったかな」
「…別に、俺はテニス出来たらどーでもいいッスから」
「そう」
ああ、言っちゃったね。
心の中で、幸村は顔で浮かべているよりも遥かに恐怖を彷彿とさせる笑みを浮かべていた。
そうか、君にとっては彼女は本当に応援団員の一人に過ぎなかったんだ…ああ、良かった。
近くにいるから気付いていないのか、それとも気付いていて素知らぬ振りを決め込んでいるだけなのか…けど、どちらにしろ、そういう事なら遠慮は要らないよね。
あの子に関して勝負事は持ち込まない様にと思っていたけれど、俺達全員、彼女のコト、凄く気に入っちゃったんだ。
だから、君達と一緒に彼女を可愛がるなんて、そんなの我慢出来ないから……
君にとってあの子が『どうでもいい』のなら……
「じゃあ、遠慮なく貰っていくよ」
「…!」
自身の発言が、桜乃を引き止める為の最後の機会を自ずから手放してしまった事実の『匂い』を感じ取った少年が、はっと改めて視線を上に上げた時、既に幸村の姿はそこにはなく…
「さぁ、みんな行こう…竜崎さん、迷わない様に俺達にしっかりついてくるんだよ」
「はい」
鳥篭の束縛を逃れ、飛んでゆく小鳥の様に、桜乃は立海のメンバーに連れられて歩き去っていた……
桜乃が、平日の放課後に頻繁に立海のコートに姿を見せるようになったのは、それから間もなくの事である…
了
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