Let's 元旦!
「えっ? 来年の元旦には弦一郎の家には集まらないのかい?」
その日、二学期もあと数日で終了するという日、テニス部部長の幸村精市は、同じく同部の副部長であり己の親友でもある真田弦一郎から、昼休みに意外な発言を聞いていた。
「一年や二年の時も、みんなで集まっていたから今年もてっきりそうするものだと…何か事情があるのかい?」
「うむ…大した事情ではないのだが…」
その案を口にした真田本人も、何処か不満げで、残念そうな表情だ。
「年末から、親戚の七回忌で身内が俺以外出払ってしまうのだ。おせちなどの食料はあるものの、俺だけでは大したもてなしも今年は出来ないだろうし…」
親友の言葉に、幸村は気抜けした様に肩を落として残念だと呟いた。
「もてなしは気にしなくていいけど、残念だなぁ…毎年君の家で集まって賑やかに新年を迎えるのが楽しみだったのに。書初めとかカルタとか…」
「俺としても残念だ…まぁ、皆が揃わずに個別に来てくれても歓迎はするぞ」
「うん…」
例年、レギュラーを真田家に集めて新年を新たな気持ちで迎えると共に、親睦を深めるという行事は、少なくとも彼らを含めた三強にとっては非常に重要なものだった。
「……こう言ったら何だけど、お茶汲みぐらいなら俺でも手伝えるし、君の家を汚すつもりもないよ。出来たら個別じゃなくて全員で行きたいものだけどね」
「まぁ、俺としても面子が揃った方が嬉しいが…」
真田が、少し不機嫌そうな表情を顔に刻んでひそりと或る事実を暴露した。
「若干名、早速これを機会に家で寝正月を決め込もうと企んでいる奴らがレギュラーにいるからな…例年の様に朝から揃わせるというのは期待出来んぞ」
「………既に顔が浮かんできたよ」
そうか、彼らか…と幸村も渋い顔をする。
まぁ基本的に正月三が日は流石の立海テニス部も部そのものの活動は休止しているけど…
きっと一部の某レギュラー達は、日がな一日こたつに潜ってだらだらと自堕落な生活を満喫する気満々なのだろう。
それが彼らの希望ということであれば叶えてやるのも部長の愛情なのかもしれないが、どうにも自身の性格から、そういうだらけた生活を新年早々始められるのは気になってしまう。
それはきっと目の前の親友も同じ気持ちだと思う、何しろ去年までは彼が率先して家に全員を招いていたのだから。
「弦一郎のことだ、どうせ『先輩の家の人手もないのに、俺達が一斉に押し掛けて騒いでも迷惑でしょうから、来年は個別に行く方がいいでしょ』なんて、謙譲を逆手に取られたんでしょ…まぁ、柳生とかは本気でそう気遣ってくれてるんだろうけど」
「う…」
「それに、君自身も一人だけだと俺達を何処までもてなせるか分からないって不安もあって、強く召集は掛けられないんじゃない…どお?」
「ぐ…」
次々と的確に言い当てられ、真田は反論も出来なくなってしまったが、向こうはそんな彼に仕方ないねと苦笑した。
「や、止むを得まい! 元旦には集められない分、今度の部活が始まった時にはきっちりその分も含めて指導してやるつもりだ!」
「まぁ、それもいい方法ではあるけれどね…」
でも、やっぱり折角の新年なんだし、みんなに会いたいなぁ…と思っている時に、ふと、幸村の瞳が軽く見開かれる。
そうだ…折角の新年、会いたいといえば……
(…ちょっと遠くだけど)
「精市? 携帯は…」
「ごめん、休み時間だしちょっとだけ見逃して! メールメール…」
真田の言葉を軽く手で封じながら、もう片方の手で幸村は携帯を取り出し、何かを手際よく打ち込むと、さっさとそれを送信してしまった。
「この時間帯は、向こうも昼休みだと思うから…」
「?」
そして暫く待っていると、ぴろりんっとメールの着信を知らせる音が携帯から聞こえてきて、再び幸村はそれを開いた。
「うん……よし」
先程までの残念そうな表情から一転、彼は嬉しそうにメールの返信を確認すると、真田にぱっと手を上げて取り敢えずの暇を告げた。
「じゃあ弦一郎、俺、ちょっと用事が出来たから。元旦が楽しみだね」
「…ん?」
どういう事だ?と不思議そうにしている真田の疑問にはその時は答えず、幸村は教室を後にして二年生の教室のある棟へと向かって行った。
目指すのは…二年生で唯一のレギュラーである切原のクラス。
そこには、部長の読み通りに、昼食を食べ終えた後にひとときのシエスタを楽しんでいる切原の姿があった。
相変わらず、机に突っ伏して顔を横に向け、安らかに寝入っている姿は、試合の時の好戦的なそれとは似ても似つかない。
「相変わらずだなぁ…」
くすりと笑うと、幸村はそのまま教室の中に入り、下級生たちの視線を受けながら問題の後輩へと近づいていった。
「ぐぅ…ぐぅ…」
部長の来訪も知らず、切原は暫くは安らかな眠りを楽しんでいたのだが……
「…ぐぅ……んにゃ?」
ふと、得体の知れない気配を敏感に感じ取り、彼の瞳がゆっくりと開かれ、若者は軽く頭を上げた。
その目の前に、にょっと突き出されて開かれた人の掌が見える。
「んん?」
よく見ると、誰かがこちらへと手を開いた状態で立っていた…幸村部長だ。
「おわ! 部長!?」
「おはよう」
驚く相手に、にっこりと笑って相手が挨拶したが、まだこちらに向けている手は引こうとしない。
「……」
ゆっくりと身を起こしつつ、切原はまじ、と相手のこちらに向けられた掌を凝視しながら、不穏な空気に身を引いた。
「…な、何か出してるんスか?」
「うん、ちょっと怪光線を」
「えええ!?」
びくびくっと怯えてしまった後輩の前で、みょ〜〜ん、と嫌な何かを放出していたらしい手をようやく引きながら、その部長は用事は済んだとばかりに背を向けた。
「君が、元旦に弦一郎の家に来たくなる様に呪いをかけておいたんだ」
「ええええっ!? ら、来年は義務じゃなかったッスよねぇ!?」
「うん、そうだけど」
実は、来年の召集が義務ではなくなった以上、切原の脳内では正月はのんびりまったりとテレビの前に陣取って寝転がっている自分のイメージトレーニングばかりが繰り返されていた。
お年玉をかき集めつつ、左団扇の生活をその時だけでも!と、淡い野望を抱いていたのに、何か嫌な雲行きになってきている!?
「えーと、えーと……ご家族不在の先輩の家に押しかけるのも心苦しいのデ…」
「何とも涙ぐましい先輩思いな言葉だね」
振り返りざまに笑った幸村の笑顔が、しかし一瞬だけ、妖しげな空気を孕んだそれに変わる。
「まぁ、いつまで続くか楽しみだけど」
「っ!」
そして、また普段の笑顔に戻った彼は、再び背中を向けて悠々と歩き去っていった。
「さて、ブン太の処にも呪いかけに行かなきゃ……あ、年賀状も書かないといけないし」
忙しい忙しい…と軽い口調で言いながら消えていった男の姿を、切原はいつまでも不安も露な表情で見つめていた。
(な、何か企んでんのか…!? や、でも、義務じゃない以上元旦はのんびりするぞ! 真田副部長の家に行くのは午後でも次の日でもいいもんな)
そのぐらいの自由は許される筈!と思い、改めて正月の自堕落を心に誓った切原だったが、それからは別にそれ以上の部長のアプローチもなく、無事に元日を迎える運びになった。
平和な元旦
切原は遅く起きようと思ってはいたものの、やはり日々の習慣の所為か割と早い時間には目が覚めてしまい、暫くごろごろとベッドの中で転がってから起き出していた。
「ふわぁ……ん〜、いいねぇ、平和で…去年とかは今頃はもう副部長の家に向かっていたもんなぁ…正月からあの家でかっちりとした説教受けると、何かこう洗脳される様な気がして…それに…」
そんな事を言っている間にリビングのこたつに辿り着いた切原は、そこに積まれていた白い塔を目にした。
『赤也の年賀状、そこに置いてるわよ』
何であるかを知ると同時に、別の部屋にいた姉からそういう言葉が掛かった。
「ういーす、サンキュ」
答えながら早速こたつに潜り込み、切原は自分宛の年賀状を一つ一つ確認していった。
部活以外でも交流が広い若者はクラスメートからのそれもかなりの数があるが、やはり一番は彼のファンである女子生徒達からだった。
「ん〜、殆ど知らない奴ばっかだし…年賀状、出してないや。今日か明日にでも書かないと…お、部長達からも来てる、どれどれ?」
やっぱり知らない人達からより知己からの挨拶の方が気になるのか、切原はレギュラー含めた部員達からの年賀状を確認していった。
「はは、柳生先輩のも相変わらず洒落てるなー、横文字読めねーや。えーと、こっちは丸井先輩で…おお、美味そう…って、相変わらず食欲のみで生きてくのか……あ、これは幸村部長で…」
部の統括をする部長の年始のお言葉は、と思いつつ、ぴらっと切原が裏面を見る。
『あけましておめでとう、切原、今年も宜しくね。多分、君がこれを読むのは元日の午前中だと思うけど、俺はその頃には弦一郎の家に挨拶に行っている。今年は彼一人で大変だろうってことで、竜崎さんが手伝いに来てくれることになっているから、こっちはこっちでのんびりとやるよ、君もいい正月をね』
「……………」
三十分後…
「おや、お前も来たのか赤也。結局これで全員揃ってしまったな」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
真田家には、幸村を始めとして、立海のレギュラーが全員揃って居間へと通されていた。
最後になってしまった切原は、一応年始の挨拶に恥ずかしくない程度の私服で大急ぎで真田家に辿り着いたものの、余程急いでいたのかぜーはーと激しく息切れをして、何故か視線は恨めしげに部長へと一直線。
一方、そんな視線を向けられても、当の幸村はそんなの知らないとばかりに清清しい笑顔で彼らを迎えていた。
「やぁいらっしゃい切原。年始早々みんな揃うなんて、今年もいい年になりそうだね」
(こンの独裁部長ッ!!!)
そう思った真田を除いた他のレギュラー達が、全員陰で幸村からの年賀状を握り締めていたのは言うまでもない。
『おさげちゃんじゃなければっ…! 来ているのがおさげちゃんじゃなければっ!!』
『こんだけえげつないコト企んどいて、何であんなに爽やかに笑えるんだアイツ…』
丸井とジャッカルのコンビが悔しさに唇を噛んでいる隣では、仁王と柳生が微妙な沈黙を守りつつ視線を横に逸らしていた。
「…私はどの道ここに来る予定ではおりましたが…」
「例年通りと言えばそれで済む話じゃが…今年も幸先が危ぶまれるのう…」
そして到着したばかりの切原は、まだ荒い息を整えながら、来年は絶対に桜乃の予定を相手の自由にはさせるまいと固く誓っていた…どの道邪魔が入る可能性も否定は出来なかったが、誓うだけならタダだ。
「図らずも、全員集合したか…まあ良い事だ」
親友が図りまくっていた事も知らず、柳がふむ、と頷いた時、彼らの座している居間の襖が向こうからしゅっと静かに開かれた。
「真田さん、皆さんお揃いになったんでしょう? 奥座敷にお屠蘇の準備が出来ましたから、どうぞ」
そこに控えていたのは、黒のタートルネックセーターにグレーのふんわりとしたスカートを纏った、見知ったおさげの少女だった。
「ああ…有難う」
おおっ!と内心本来の目的を見つけた若者達が声を上げている間に、襖の向こうの少女はゆっくりと来客達を見回してにこりと微笑み、その場で深々と三つ指付いてお辞儀をした。
「皆さん、明けましておめでとうございます。どうぞ今年も宜しくお願い申し上げます…」
『いやいや、こちらこそどうぞ宜しくー』
桜乃ほどに畏まった様子はなかったものの、男達も一斉に揃って頭を下げる。
流石に祖母の躾がしっかりとしているのだろうか、とても中学一年生とは思えない、粛々とした新年の挨拶の後で、桜乃は心底嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「元旦から、皆さんにお会い出来てとても嬉しいです。真田さん、私で手伝えることがあったら何でも言って下さいね」
「いっ、いや! じゅ、十分だ…その、感謝している」
元々は幸村がこっそりと送った彼女へのメールがそもそもの発端だったのだが、その恩恵は確かに部員全員にあった様だ。
どもりながらも微かに照れつつ礼を述べる真田に桜乃はひらひらと手を振った。
「いいんです。お祖母ちゃんからも、お世話になるならしっかり身体で返して来いって言われてますから」
(身体で…)
「新年早々煩悩に塗れるのは止めてよね」
全員の嫌な沈黙の理由を敏感に察知した部長が、笑顔の奥でさらっと釘を刺した…ぶっすりと。
やはり新年早々から彼らを招集したのは間違いではなかったと痛感しながら、幸村は真田に促した。
「じゃあ、お屠蘇頂いてもいいかな、弦一郎」
「そうだな、では移動しようか」
それから真田の案内で、彼らは居間から奥座敷へと移動した。
居間よりも更に広く、澄みながらも何処か張り詰めた空気が漂う間には、畳の清涼な香りが漂っていた。
予め火鉢で温められていたお陰で、それ程に寒さは感じない。
今の真田家には弦一郎しかいないので、彼が家長の代わりを務める形で客であるレギュラー達をもてなし、桜乃がそれを補助してお屠蘇を漆塗の杯に注いでいく。
「あけましておめでとうございます」
「今年も宜しくお願い致します」
幸村から始まり、それぞれが丁寧に挨拶をしながらお屠蘇を振舞われていき、最後に桜乃が真田へお屠蘇を注いだ。
「…ん? おさげちゃんは?」
「あ、私は家で済ませてきました…それに…」
ぱたぱたと手を振って桜乃が照れ臭そうに笑う。
「…よく分かりませんが、私、アルコール類は何であっても絶対に他所では飲むなと言われてますから…」
(そうでした)
危ないトコロだった…と全員が心の中で納得。
こんな所でお酒を飲ませて、あんな色気たっぷりの状態になられてもこっちが別の意味で危険になる!
「で、では、お約束だが皆でお節でもどうだ? 竜崎には代わりにジュースでも」
「わぁ、嬉しいです」
「そうだな、それがいい」
真田の誘いにジャッカルが即座に同意する形でまとめ、そのままその件については語ることもなく、彼らは一時のくつろぎの時間を楽しんだ。
勿論、そこには桜乃が甲斐甲斐しく皆の世話を焼く姿があった。
「真田の家のお節って、何か昔ながらで重厚な感じがするよな」
「今年は例年と比べて小振りじゃの」
「親達がいなくなるのは分かっていたからな。俺一人でいつもの量を抱える訳にもいかんだろう」
「それもそうッスね…あ、栗きんとんもーらい」
みんなが楽しく食べている間にも、桜乃は彼らにお茶を淹れたり近くのおかずを取り分けてやったり、世話を焼き続けている。
「あ…柳さん、お茶なら私が…」
「いや、竜崎ばかり働かせる訳にはいかないからな、自分のお茶ぐらいは淹れられる」
あまり忙しなくさせるのも悪いだろうと、柳が自分でお茶を淹れる為に席を立ち、暫くそこを離れた後で、再び湯飲みを持って戻って来たのだが…何故か渋い顔をしていた。
渋い…と言うよりも、何かに納得出来かねる表情だ。
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