「明けましておめでとう手塚、今年も宜しくね」
「うむ、こちらこそ宜しく」
よく見ると、手塚や越前の向こうにも、ちらほらと青学のレギュラーメンバーの顔が見える。
どうやら向こうの状況もこちらとほぼ同じらしい。
二人の丁度傍にいた桜乃も、ここで会えたのが幸いと続けて手塚に一礼した。
「あの、手塚先輩、明けましておめでとうございます」
「ああ、竜崎もおめでとう……振袖か、よく似合っている」
「あ、有難うございます」
てれっと照れながらも嬉しそうに微笑む桜乃だったが…
「ふーん……馬子にも衣装って言うんだっけ? こういうの」
「あうう…言われると思った」
早速の越前の皮肉トークに、しょぼん、と肩を落とす。
当然、聞いている立海メンバーは面白い筈がないのだが、そこは桜乃の手前、ガン飛ばしだけで我慢。
「お前な…電話していなかったからってそういう言い方はねぇだろ」
「フン…相変わらずな奴だ」
代わりに向こうにいた桃城と海堂が越前に突っ込んだが、対する少年はふん、とそっぽを向いて答えようとせず、桜乃がえ?と首を傾げた。
「電話…?」
「お前も一緒に参拝に行くかと越前が電話を掛けてみたのだが、丁度外出したと聞いていた。俺の予測では小坂田と一緒に来ているかと思っていたのだが…予想外だったな」
乾の説明に、まぁ、と驚く桜乃の背後では、ポーカーフェイスを保った立海メンバーが今度は心の中で勝利の旗を振っていた。
「そうだったんですか…ごめんね、リョーマ君」
「別に、約束していたワケじゃないし……アンタが誰と仲良くしようと関係ないし」
「素直じゃないにゃ〜」
ツンデレどころかツンツン状態の後輩に、菊丸が苦笑しながら茶々を入れるが、少年の機嫌は直るワケもなく……
「…越前、約束を破られたのならともかく、竜崎の都合を俺達の勝手で変える訳にはいかない」
「…分かってるッスよ」
部長である手塚に諭され、越前はやむなくそれ以上の発言は控えた。
「すまないな、幸村」
「いいよ、新年早々いざこざを起こすこともないからね……そうそう越前君」
手塚に謝られ、幸村はすぐにそれを受け入れながら越前へにっこり微笑みかけた。
「『俺達の』竜崎さんがいつもお世話になってるみたいだね。これからもどうか『クラスメート』として仲良くしてやってね?」
「……………」
(いざこざ起こす気満々じゃねーかよっ!!)
因みに今の心の叫びは、手塚を除いた立海、青学メンバー全員のもの。
(こええよ〜〜〜こええよ〜〜〜〜っ!!)
(馬子衣装の呪いじゃ…)
がたがたと震える切原の隣では、参拝前に両手を合わせてなむなむと仁王が何かを念じている。
そんな彼らの努力が功を奏したのか、それから二つの集団の間では特に流血沙汰もなく、やがて彼らは無事に本殿前へと辿り着いた。
がらんがらんっ…
前の参拝客達が鈴を鳴らしている間に、不意に幸村が手塚に呼びかけた。
「ところで手塚、ここでの願い、互いに次回の全国大会についてのものは止めないか?」
「ん?」
「もし互いに同じ事を願ったら、どちらにしろここの神社のご利益に悪いことになるだろう?」
「…ふむ」
片方にはご利益があり、片方にはなかった…確かにその通りだ。
「それだけならいいけど、最悪、神様がどちらの意も汲んで最後まで引き分けなんてコトになったら…嫌じゃない?」
「それも確かに嫌だな…こういう事は気の持ちようでもあるが…ここは個人的な願いに留めておくか」
「じゃあそういう事で」
奇妙な同盟を結んだ後で、彼らはそれぞれ自分の願いを鈴を鳴らし、手を打ち鳴らし、神へと祈願してゆく。
その中で、桜乃もまた同じ様に鈴を鳴らして手を合わせ、静かに願いを神に伝えた。
参拝が終わったら、若者達はそこから横に逸れる形で人の波から抜け出し、境内の場所が空いている処でたむろする。
「竜崎さんは何を願ったの?」
「私ですか?」
もしやして、誰かとの恋の成就とか…?
興味を持つのは立海メンバーのみに非ず、こっそりと傍で同じくたむろっていた越前達も同様に耳を澄ませていた。
「私は、今年、もっと皆さんと仲良くなれますようにってお願いしました」
期待した答えではなかったが、不安を抱かせるそれでもなく、男達は取り敢えずは安堵した様子で何度も相手に頷いた。
「そーかそーか」
「ソレ、絶対に叶うと思うぜい、おさげちゃん」
「友達冥利に尽きますね」
喜ぶ立海側の向こうでは、やはり越前は面白くないのかむすっとしたままだ。
「…あんまり意地を張ってたら、取られちゃうよ」
「何のコトっすか、不二先輩」
「やれやれ」
どうしても素直になれない後輩に、不二が苦笑していると、青学側の殿を務めた手塚がその場に来た。
「…全員、参拝は済んだ様だな…これからどうする?」
「はーい! 提案っ!」
そこで元気良く丸井が挙手をする。
「そこの社務所の傍で、飲み物サービスしてんだ! 取り敢えずそこで何か貰わない!?」
「そんな事をしているのか?」
初耳…と言うか、よく知っていたなと驚く真田に、赤毛の若者はえへんと胸を張る。
「甘酒の他にも生姜湯とか柚子茶とか色々あるみたいなんだ。リサーチはばっちりだぜい」
「ふむ…別にそれを断る理由はないな。それらを飲みながら次の予定について考えてもいいだろう…精市?」
どうだ?という参謀の呼びかけに、幸村はそんなに考えることもなく頷いた。
こちらを期待に満ちた眼差しで見上げてきた桜乃の表情が、彼を動かしたのかもしれない。
「いいよ、行ってみようか、手塚」
「うむ」
二つの集団のリーダーが承諾した事により、ぞろぞろとイケメンの群れが飲み物の提供場所へと移っていく。
その移動は、やはり周囲の視線を引き付けていた。
「アンタは何を飲むんだ? 竜崎」
「そうですね…甘いのがいいから、柚子茶ですね」
「そっか、んじゃ一緒に貰ってやるよ」
切原と楽しげに話している桜乃をちらちらと盗み見ている越前は、明らかに気が気ではない様子。
彼らよりも付き合いが長い自分でも、あそこまで打ち解けて話した事なんてないのに…まぁその原因の半分以上は自分の所為だという自覚もあるけれど。
けど、この間までは自分の傍にいたのに、いつの間にかあいつらの許にいるようになって…心なしか、笑顔が増えてきたような…
(別に、どーでもいーけど……)
心の中の呟きは、寧ろ自分に言い聞かせる為のものの様だ、本人はまるで気付いていないみたいだが。
「………」
そんな越前の事をじっと見つめていた不二が、サービスの飲み物が入った紙コップをその少年に微笑みながら手渡した。
「まぁそんな恐い顔しないで、これでも飲んで落ち着きなよ。あったまるから」
「どーもっす」
礼は言うものの、相変わらず視線は立海メンバー達に可愛がられて柚子茶を含んでいる桜乃へと向けたまま、越前は受け取ったコップの中身を確認もせず一気に呷った。
甘くて熱いその飲料は適度なとろみがあり、若者の喉をゆっくりと下り胃へと到達する。
その間に、桜乃は柚子茶を半分程飲み終えたところで、傍にいた越前にも声を掛けていた。
「あったまるね、リョーマ君…リョーマ君は何を飲んでいるの?」
「……」
何故か、答えはない。
確かに周囲は他の客で賑やかだが、これだけ近いなら十分に聞こえている筈だ。
「リョーマ君?」
再度桜乃が呼びかけるとほぼ同時に、他の男達も何事かと視線を向けた。
但し、不二だけはいつもと同じ柔らかで、得体の知れない笑みを口元に称えていたが。
「どうしたの? リョーマ君…気分、悪い?」
混んでいる場所に長くいたから、気持ち悪くなっちゃったのかな…と心配する桜乃が彼の肩に手を掛けたところで、ようやく越前は反応を示した。
「……桜乃」
「…ほえ?」
『!!』
いつもと呼び方が違う少年に桜乃は間抜けな声を出し、周囲の若者たち…特に立海メンバー達の様相が激変した。
今、こいつ何を言った…!?
そんな周囲の空気など全く読んでいない様子で、越前は桜乃へと向き直り、顔を向けた。
「え…リョーマ…くん?」
その相手はいつもの皮肉っぽい表情など消え失せており、上気した頬と潤んだ瞳を隠そうともせず、真っ直ぐに桜乃を見つめていた。
「お、おい不二、何飲ませたんだ?」
「甘酒」
ぎょっとした大石に、不二はけろりと答える。
「…桜乃」
もう一度少女の名を呼んだ越前は、ぐい、と今度は自分が相手の両肩を掴んだかと思うと、
「ねぇ…キスしない?」
「は!?」
とんでもない誘いの言葉を掛けてきた。
瞬間、青学、立海のメンバー一同、ブリザードの中の氷柱と化してしまう。
何だ…このデジャヴは…!
こういう反応をする人間が…確かもう一人いた様な…?
知ったところで何がどうなる訳でもないが、コレは一体何の試練だ!?
「あ、あう…リ、リョーマ君っ!? ど、どうしたの?」
桜乃の慌てっぷりは当然だったが、越前はそんなのには構わず、積極的に少女の顔に自分のそれを寄せた。
「ダメ? アメリカじゃ好きな人には当たり前だよ、これぐらい…」
「すっ…!!」
好き…って、それって、つまり…っ!!
「リョーマく…っ」
動揺に身体が固まり、抗うことも出来ずに桜乃はいよいよ唇を寄せられる…
そして若者のそれが桜乃の肌に触れるか触れないかというところで、
「…う」
「…!?!?」
本懐が果たされることはなく、彼はそのままばたりとその場に崩折れる様に倒れてしまった。
「きゃ…」
慌てた少女がその身体を何とか支えて地面への激しい衝突を避けた傍には、凄まじい殺気を漲らせた幸村が立っていた。
「…酔っ払った挙句に迫るなんて、マナー違反もいいところだよ、ボーヤ」
(酔っ払いにイップス掛けやがった〜〜〜〜〜っ!!)
ぞーっとその殺気に背筋を寒くした立海レギュラー達だったが、一方ではよくやった!と心で拍手喝采。
固まっていた自分達は、正直どうにも出来なかったが…流石に神の子は違う。
その神の子は、相変わらず瞳に冷えた色を宿したまま、ゆっくりと手塚に近づいた。
「ねえ手塚…一つ提案があるんだけどいいかい?」
「む…」
かろうじて冷静さを保ててはいるものの、流石の手塚も多少の狼狽は隠せない。
あの越前がまさか女子に、公衆の面前でこんな姿を晒すとは…っ
「今の件は…一切合財なかった事にしないかい? どうせ気の迷いなんだから、ボーヤも目覚めた時には忘れているだろうし、思い出させて恥を晒すのも気の毒だろう…何より」
一度言葉を切り、その若者は危険な色を宿した瞳で倒れたきりの越前を見下ろした。
「この年で犯罪者になりたくないんだよ…俺も」
(殺る気だ―――っ!!!)
ひええええ!と立海メンバーが慄く向こうでは、青学の面子が越前の身体を引き取りながら、彼へ相変わらず視線を向けている。
「おいおい…幾ら酔ってるっても女の子にあーれはいけねーなぁ、いけねーよ!」
「おチビちゃん…ここは日本なんだから、あまり無茶しちゃいけないにゃあ…」
「しかし、越前は酒等の力を借りたら随分と素直になるようだな…これは是非利用したい特性だ」
正直、今の幸村の発言にも意識を向けられない様子だが、それだけこの後輩の行動が意外だったのだろう。
「…どうかな」
「……それしかないだろうな」
幸村の問いに、手塚は酷く思い悩んだ表情で頷いた。
この決定に苦慮しているのではなく、おそらくあの少年が目覚めた時に何と言ってやればいいものか、今から悩んでしまっているのだろう…まぁ分からないでもない。
「くれぐれも他言は無用に願いたい」
「それこそこちらにとっても願ったりだよ。そっちこそこの件については慎重に、厳重に対処して、二度と彼には変なモノを飲ませないでくれ。彼女の身の安全にも関わることなんだ」
「了解した」
幸村が念には念を入れている間に、桜乃は立海のレギュラー達に囲まれて声を掛けられていた。
「竜崎…落ち着いて、ゆっくりと深呼吸を…そう、それでいい」
「可哀相にのう…驚いたじゃろ?」
「早く忘れないとな…どーせ越前リョーマも覚えてねーだろうけどさ」
「はっ……はい…」
顔を真っ赤にして、激しい動悸と戦っている少女の傍では、真田と柳が酷く真面目な表情で話し合っている。
「あの小僧…竜崎と同じ体質なのか…酔って性格があれだけ変わるなど」
「確かに似ている…未成年の間はそう心配する事はないだろうが、学外で彼と同席する場合には、竜崎には俺達の内の誰かが必ず付き添うべきだな…何か間違いが起きるとも限らん」
「起こしてたまっかよい!」
幸村にストップをかけてもらったから大事なく済んだが、下手をしたらあの少年が知らない間に取り返しのつかない事になるところだった、と丸井はぷんぷんと怒っている。
「ハーフの俺でもさっきのはちょっとどうかと思ったぞ…幾らアメリカ育ちとは言え、アイツも竜崎も生粋の日本人なんだしな」
「女子に恥をかかせる所業を見過ごすワケには参りませんからね」
全員が揃ってほーっと胸を撫で下ろしている間に、ようやく桜乃も徐々に落ち着いてきたらしく、徐々に微笑を浮かべられるようになってきた。
「ああ、でもびっくりしました……リョーマ君、あんなに顔を赤くして大胆な事を言うなんて…」
『!!』
まさか、脈アリなのか!?と立海の面子が心を冷やしたが、相変わらず桜乃はのほんと呑気な笑顔だった。
「よっぽどアルコールに酔っちゃったんですね〜、私の事も分からないなんて…」
「そっ…そうだな」
今日この時ほど、あの少年の普段の反骨振りに感謝したことはなかった、と真田は痛感しながら何とかその場を誤魔化した。
この子がこの誤解を続けていってくれるなら、あの生意気小僧の皮肉の一つや二つ、喜んで受けてやろうじゃないか。
「……じゃあ、俺達は彼女を連れて行くよ。ボーヤはあの状態だし、流石に少しは時間を空けた方がいいからね」
「ああ…済まなかったな、ウチの部員が」
いつの間にか青学側にも、すっかり桜乃が立海側の人間だというイメージが定着してしまっていたが、誰もそれを否定しないまま二校の生徒はその場で解散した。
「どうする? これから」
「時間は結構ありますけど」
丸井と切原がどうしよう、と迷う中で、幸村が真田に振り返った。
「…弦一郎の家で、色々と遊ぶのはどう? 電車でならそんなに遠くはないし。ダメならウチでもいいけど」
「いや、俺の家に集まるのは問題ない…竜崎はしかし家から少し遠くなるな」
「あ、大丈夫ですよ。お祖母ちゃんには皆さんとお会いする事はちゃんと伝えてありますし」
「じゃあ決まりだね、行こうか。さ、竜崎さん」
「はい」
微笑んで幸村が先頭に立ち、傍に桜乃を歩かせて気遣う。
そんなリーダーを見つめながら他のメンバー達はひそひそと密かに小声で会話を交わしていた。
『…まだ怒ってるな』
『新年早々、またとんでもない因縁が生まれちまったもんじゃのう』
『つか、テニス関係ないのになー』
『…テニス以上に深いでしょう、この恨みは』
清清しい新年とは言えないが、これは自分達にとっての運命なのだろうか…
しかし、よりにもよって神の面前でこんな騒動が起こるとは…
『…俺ら、前世で何かやったのかな』
『えー、そこまで責任持てねーよい』
そんな彼らの声には気付かないまま、新たな戦いの火種になった自覚も無く、桜乃は朗らかな笑みを称えて兄貴分の男達と一緒に歩いていた……
了
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