「…見に行くか」
「ええっ!?」
 驚く桜乃に、彼はあっさりと繰り返した。
「仏間に見に行ってみよう、ここで言い合っていても埒が明かん」
「でっでででも! もしものことがあったら…!!」
「本当に動いたとあればおそらく中は俺の先祖だ。別に怖れることもなかろう」
 その言葉の通り恐れを微塵も見せることもなく、真田は一人で問題の仏間に行こうと襖に手を掛けた…ところで、
 しゅっ…
 丁度、手洗いから戻ってきた仁王と、入り口のところでばったりと顔を合わせる。
「ん……何じゃ、真田も手洗いか?」
「いや、仏間にな…」
「仏間?」
 何でまた?と怪訝な顔をした銀髪の若者は、先程までのここでのやり取りを知らない。
 簡単にその理由を聞かされたその若者は、暫く真田の前を塞いだまま黙っていたが…
「……すまん」
「ん?」
「それ、俺じゃ」
と、けろっとした顔で白状した。
「何っ!?」
「いや、本物の鎧なんぞ滅多に着る機会がないじゃろうが。どんな物なのかつい試したくなって、さっき、席を外した時にこっそりと…で、まぁついでに竜崎の料理も待ちきれんかったから寄ってみたんじゃ…しかしまさかそこまで大事になるとは」
 相手の告白を聞いて、無論、真田が黙っている筈はなかった。
「仁王―――っ!! 貴様、ウチの家宝とも言える鎧に何をしとるか〜〜〜っ!!」
「じゃからすまんと言うとるじゃろ、別に傷なんかつけとらんし、自供したんじゃから勘弁じゃ」
「ほほほ、本当ですか!? 本当に仁王先輩だったんですか!?」
 まだ桜乃は怯えている様子だったが、それからも結局、仁王が自分でやったという発言を覆すことはなく、暫くは真田の説教タイムが続いたのであった。


 それから再び談笑の時間が続いていたが、そろそろ夕刻にもなるということで、集まりもお開きとなった。
 全員がさて帰る準備を、と身支度を整えている一方、桜乃が台所で洗い物に勤しんでいる時だった。
「あー…すまんが、皆、ちょっと…」
「? 何だよい、仁王」
「や、ちょっと…こっちに来てくれんかの」
 何故か桜乃の目を気にしてメンバーを呼び寄せた詐欺師は、それから彼らを連れてある場所へと案内した。
 仏間だ。
「何だよい、また鎧でも着たいのかい仁王?」
「……俺、着とらんのじゃ」

『………』

 暫しの沈黙の後、先程彼を叱った真田がずいっと相手に迫った。
「貴様、叱られておいてまだそんな言い訳を…!!」
「今更言い訳するぐらいなら最初から騙し切っちょる……ちょっと確認したいんじゃよ」
「何…?」
 それ以上は何も言わず、仁王は襖を開けて再びその部屋を開け放つ。
 そこには、例の鎧達が変わらず五体…揃って台座に固定された形で座っていた。
「…変わりない様に見えますが…」
 柳生の言葉に構わず、仁王はずんずんと恐れもなく先へと進み、あの鎧の前に立ってじっとそれを覗き込むと…
「……」
 無言で、ちょいちょいと全員を指先で『こっちに来い』と呼び寄せた。
「どうしたんだい、仁王」
「…これ」
 幸村に答えながら仁王が示したのは、鎧の下の面だった。
「?」
 そこを同じ様に覗き込んだ幸村の表情が、微かに強張り、彼はそのまま無言で顔を離すと、ゆっくりと真田に振り向いた。
「……」
 くい、と顎でそちらを示され、何事かと思いながらも真田も同じ様に顔を近づけ…その表情が凍った。
 面の口元…固い木造りの面の口元に、べったりと、米粒と餅の欠片と餡が付いている。
 まるで…『何か』を食べたばかりの様に。

『…………』

 真田がずっと無言であることを訝しみ、他の男達も次々と問題の現場を確認し…そして誰もが口を閉ざした。
 きっとここにいる全員、考えていることは同じだ…
「えーと……やっぱりこれはやっぱりなんでしょうか」
「……だろうなぁ、やっぱり」
 丸井とジャッカルがそう言葉を交わした直後、男達は一斉に仏間を飛び出して、そのまま襖をびしゃっと閉めた。
 あり得ない事を仕出かした物体が、今、この襖を隔てた向こうに存在している…!
「…仁王?」
 あんな嘘を桜乃についた以上、こいつは自分達より何かを知っている…と、真田がそちらを見ると、詐欺師は達観した様な…少し疲れた様な表情を浮かべつつ、視線をやや上に彷徨わせていた。
「…俺も見たんじゃ」
「…何を」
「……あの鎧が歩いとるトコ」
 その場が凍りつくのは予想内だとばかりに、彼は続ける。
「…さっき手洗いに立った時に、偶然、あの鎧が廊下から仏間に入ったトコロを見たんじゃよ。律儀に襖まで閉めよって、その音もしっかり聞いた。夢じゃなければ誰かが着たのかと思って部屋に戻れば全員揃っちょるし、あの子は真っ青な顔で震えとるし……とどめにあの話じゃ」
 一度言葉を切って、仁王はちら、と襖を見た。
 向こうからは、当然…何の音も聞こえてはこない。
「道理でこの部屋の空気が違う筈よ…俺ら人間じゃないヤツが同じ場所におったんじゃからの……感じていた冷たい気配は、向こうさんの威嚇じゃったか」
 子孫の家に誰とも知れない不審者が大勢来たら、それは当然警戒ぐらいはされるだろう。
 もしかしたらあの時、自分が例の鎧を見た時も、向こうは席を外したこちらを見張っていたのかもしれない…あくまで可能性に過ぎないが。
「…では、お前が着ていたというのは…嘘か」
 真田の問いに、ふぅと息を吐き出し仁王は視線を逸らす。
「俺が着てたって言えばあの子は少なくとも怯えんですむじゃろが。悪戯に本当の事を知らせてみい、えらい事になるぜよ」
 確かにそれはその通り!!
「…で、どうするんじゃ、真田よ」
 お前さんの家のモノじゃろ?と問う詐欺師に、真田は暫し目を閉じて黙していたが、やがてそれらを開いてはっきりと言い切った。
「仁王、お前を責めた事は詫びるが、竜崎にはあのままの言い訳を通してもらえるか。彼女にはそれが一番いい形での決着なのだ」
「そりゃ構わん、詐欺師はこういう役回りよ」
 寧ろ、自分が一番疑われずに済む、と仁王はそれについて快諾し、続けて真田は周囲の仲間に告知する。
「皆も、これについては彼女には内緒に頼む」
「それはいいけど…」
「さ、真田先輩は大丈夫なんスか? お、お化けッスよ?」
 明らかに切原は襖の向こうに怯えた目を向けたが、相手は何も心配するなと怯みもせずに答える。
「俺の先祖のやる事だ、子孫の俺が恐れる必要は無い。考えてみれば、節目の年にしか蔵から出されなければ、腹も減るし動きたくもなるだろう。たまの気晴らしなら好きなようにさせておく」

(アンタ、すげぇよ)

 豪胆なんだか恐いもの知らずなんだか鈍感なんだか…よく分からないけど、凄い事はよく分かる!
「……とんだ端午の節句だったね」
 まぁ、確かに実害を与えられた訳ではないし、せいぜい柏餅とちまきが犠牲になったぐらいだからいいけど…としれっとした顔で言っている幸村も、肝が座っていると言えばその通りだ。
「……良かったな、十分に涼が取れて」
「俺もう絶対に子供の日には真田の家には来ない…絶対」
 ジャッカルの疲弊しきった言葉に、丸井は震える声で、ここに来る事を計画した己を罵倒しながらそう答えていた。
「……それでは」
 そこで、静かな柳生の声が響いた。
「…いつまでもここで騒いでいても『あちら』にも耳障りでしょうから、そろそろ行きませんか? あまり席を外したままだったら、竜崎さんにもまた不要な心配をさせてしまうかもしれませんよ?」
 そう言えば、自分達はまだ、ここにいたのだった…
「う、うん、行こう、もう行こう! ここにいたって、しょーがねーもん」
「そうッスよね! り、竜崎も待ってるだろうし」
「まぁここで立っていても確かにやることないしね…あまり遅くなると竜崎さんも危ないし、行こうか」
 元部長の言葉で、彼らは急いでその場から動き、先に桜乃が待っていた玄関へと戻っていった。
「あ、皆さん、何処に行ってたんですか?」
「いや…ちょっと最後の挨拶にね」
「ま、折角の機会じゃったから」
 幸村と仁王の説明に、はぁ、と頷きかけた少女は、は、と思い出した様にその内の仁王に声を掛けた。
「もう…仁王先輩。あんな立派な鎧に、悪戯したらダメですよ」
「はいはい…肝に銘じとくぜよ」
 まぁ、この子が知らない真実を知った今となっては、確かに悪戯してやろうとは思わない。
 相手が生きている人間ならば対処の仕方は幾らでもあるが、流石の自分でも実体のない相手は手こずりそうだ。
 他の男達が何とか普段と変わりない笑顔を浮かべている中、唯一真実を知らない桜乃は、彼らと挨拶を交わして家路につき、若者たちも解散して行った。
 残されたのは、その家の住人でもある真田一人…
「…ふぅ」
 誰もいなくなって少しは心細くなっているのかと思いきや、彼は相変わらず何の怯えも恐れも見せずに、やれやれと頭を掻く仕草まで見せていた。
「……せめて誰もいない処でしてくれたらよかったものを…さて」
 正に、豪胆。
 そんな高校一年生は、一人でまた家の中に戻り、平然と家人の帰りを待っていたのである。


 それから真田家では、次男の申し出により、鎧が蔵から出された時にはその前に供え物を捧げるようになったのだが、それで彼の徘徊癖が治まったのかは不明である……






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