「何だかんだであれから一年か…慣れるって言うけど、俺、まだ引き摺ってる。格好悪いけどさ」
「何か、振られた恋人に未練タラタラな男みたいッスよね…」
「気にすんな、格好だけで腹は膨れねぇよ…俺らも似たようなもんさ」
かっくり、と肩を落とした相棒と後輩にジャッカルが慰めの声を掛けたが、それは決して気休めではない。
あれから一年…もう一年か、まだ一年か…
「遠いのう…異国は」
「お元気でしょうか…」
しんみりとする仲間達に、三強の男達も苦笑はするものの彼らを咎める事はなく、代わりに回顧の切っ掛けとなった発言をした仁王へ幸村が声を掛けた。
「さっきのって、本当なの? 俺達への手紙にも、そんな事は書いてなかったよ」
「じゃろ? あくまでも噂じゃからなぁ…いっそ、向こうの家に探りを入れてみるか?」
「やめておけ、俺達は先輩という立場だが、そこまで介入する権利はない」
詐欺師の企みをさらりと参謀が禁じたところで、そこで校内放送が入った。
『男子テニス部の…』
「ん…?」
「…俺達のことか?」
全員が反応して顔を上げている間に、放送は変わらず続けられる。
『レギュラー部員は、本日終業後、職員室に来て下さい』
終業後…と言うと、ホームルーム後になる。
部活動が始まる前の時間に来い、ということだろう。
勿論そこでは、どうしてか…という理由など語られることもなく、そのまま放送はぴんぽんぱんぽん、というお決まりのフレーズのチャイムで締め括られた。
『……………』
それを聞いた後でレギュラー達が無言で見つめたのは…詐欺師の背中だった。
職員室に全員揃って呼ばれる覚えはない…という事は、レギュラーの中の誰かが良からぬ事をしたのでは…という事は、一番可能性の高い人物は…
じーっと猜疑の瞳で見つめられた仁王は、あれ?と首を傾げながら腕組みをして考え込んでいた。
「…アレがバレたのかのう…? それともアレ…?」
どうやら、思い当たる節は一つや二つではないらしい…
「何をやってるんだお前は…」
いらん事はするなとあれ程言っていただろうと渋い顔をする副部長に、仁王はすぐに普段の顔に戻ってぴらぴらと手を振った。
「いやいや…ま、何がバレたとしても、ここは一つ一蓮托生ってことでな」
「イイ笑顔で何言ってるッスか」
「俺らまで巻き添えにすんじゃねーよい」
しんみりとした空気が一転、職員室で何が待ち受けているんだ、と不安を抱えながら、彼らはホームルームを受けるべく新たな教室へとそれぞれ散っていった。
それから各自のホームルームは、あまり変わり映えのない内容のままに進み、変わり映えなく無事に終了した。
後は全員…部活の前に職員室への召集が待っている。
「ううう〜、何で俺達まで〜〜」
「覚えてろよい仁王〜」
「じゃから、まだ決まった訳じゃなかろうが。バレとりゃせんよ…多分」
既に何かを叱られること前提で彼らは職員室の入り口を抜けると、そこで早速職員の一人から声を掛けられた。
「男子テニス部だね? あっちの別室に行きなさい」
別室…と言うと、普通は進路指導や違反者に対する教育指導が行われる場所だ。
いよいよ何か言われるのかと陰鬱な気持ちで彼らがそこに行くと、先に待っていたのは教頭だった。
部屋の中にずらりと二列に並ぶ八人分のパイプ椅子…とその前に同じく一つのパイプ椅子。
教頭は壮年の男性で、身なりや立ち居振る舞いからも教養の高さが伺える…まぁ、スポーツ、教育共に名高い立海の高校では教師の評価もそれなりに高いのだが。
「ああ、君達、そこに座りなさい。まぁ楽にして。校長は教育委員会の会議があるから私が代わりに対応することになったんだ、そんなに時間は取らせないよ」
「?」
ん?と幸村達が、互いの顔を見合わせる。
この雰囲気だと…何かを責められるのではなく、別件での事だろうか?
『おかしいな、何か近くで大きな大会の予定はあったか?』
『いや、百パーセントありえない…面妖だな』
真田と柳がぼそぼそと小さく会話を交わしている間に、彼らが着席した前で教頭も同じく席に着くと、早速、と切り出した。
「立海では生徒の意志を尊重し、自律の意志を何より尊ぶ。それは君達も重々分かっている事だろう。だから、これから話す相談の件については君達の話し合いによって決めてもらう事にした」
「…相談、ですか?」
部長である幸村の確認に、向こうは再びそうだと頷いた。
「特に、君達の殆どは三年生だから、これから受験で忙しくなるだろう。こちらの常識で判断すると、二年生の切原君に委ねるのが最善策かと思うのだが…まぁ時間は掛かっても一ヶ月程度でいいと思うが…」
「ちょちょちょ…っ、タイムっす!」
何がどう自分に回ってくるのかと、切原は慌てて教頭に待ったをかけた。
「あの…全然話が読めないッスけど…俺達何かやらされるん…ですか?」
大体こういうのって貧乏くじなんだよなぁ…と思っている相手に、教頭は問われた事を少しだけかいつまんで説明した。
「いや、すまん。君達はまだ知らなかったな…まぁそんなに大きな話ではないのだが、明日から別に一人新入生が来るのだ、外部から」
外部…と言うと、附属の中学からのエスカレーター組ではないという事か。
まぁそれはいいとして、どうしてその新入生と自分達が関わってくる…?
「…テニスの特待生、ですか?」
もしやして、と思いつつ柳が質問したことには、教頭は否と答えた。
「いや、とても君達ほどのレベルには程遠いよ…まぁ、君達と比べること自体、勇気がいることだがね…簡単に言うと向こうの保護者が、子供が立海に入学するに当たって暫く環境に慣れるまでは、品行方正、文武両道の先輩達が傍で付いてやってくれないかと強く要請してきたんだ」
「……つまり、お守り役?」
ジャッカルの確認に、教頭はこくりと頷いた。
(何だそりゃ)
全員が例外なくそう心で突っ込んだ。
そういう新入生の一部を特例として認めるのはどうなんだ?…と言うよりも、自分達を向こうの都合に勝手に巻き込まないでほしい。
「勿論、教室にまで付いて来てお守りをしろという訳ではない。あくまでもこの学校を知る為の案内や、困った時のアドバイザーとして仲良くしてやってほしいんだ」
「聞いた事はあります。上級生が兄や姉の立場となって下級生達に個別に付いて指導を行い、不安を払拭して、学園生活を円滑に導くというシステム…しかし、立海では」
「そう、取り入れてはいないんだが…向こうの保護者が教育関係者で、どうやら君達の事を知って、信頼出来るからと依頼をしてきたんだ」
「大人の事情というヤツじゃの」
同業者からの依頼となると、そうそう無碍にも出来ないということだろうが…自分達にしてみたら、正直いい迷惑でもある。
見知った人物ならともかく、新入生という初対面の人物にそこまで目を掛け、心を砕くという事は、今の自分達の事情からも難しいだろう。
「…親御さんの気持ちは十分に理解出来ますが、正直お引き受けは致しかねますね…まぁ、それだけ自分達を評価して下さった事には感謝します。しかし、こちらを知っているという保護者とは、どなたなんですか?」
そう幸村が尋ねたのと同時に、部屋に別の教師が一人、急ぎ足で入って来た。
「教頭、ちょっと…」
「ん? すまんがちょっと失礼するよ」
幸村からの質問は一時お預けという形になり、教頭はその教師と何やらひそひそと話していたが、それが終わって再び彼らの方を向くと、意外な言葉を発した。
「ああ、すまない…今、丁度その新入生が来て、今の話は無しということになったよ」
「え…?」
どういう事…?と全員が教頭を見たが、向こうも今決まったばかりの事情なので、そのままありのままに話すしかない。
「その子も、さっき他の教師から初めて話を聞いたそうだ。自分の親族の心遣いは有り難いが、大事な先輩方に迷惑はかけられないから、その話はなかったということにしてくれと申し出があった…すまなかったね」
「そう、ですか…」
まぁ親族のやり方は多少強引だったが、当人には常識というものが備わっていた様だな…勝手に向こうで完結してくれたのは有り難い、と真田が内心思う。
「それなら…」
これでこの話は終わりということに…と、早々に席を立とうとした幸村達だったが、そこに問題の新入生が教師に連れられて入室してきた。
「まぁ、折角来たんだから、先輩達に挨拶をしていくかね…ええと…」
「はい、竜崎桜乃です」
『っ!!!!!』
がたんっ!!とほぼ同時に全員が立ち上がってそちらを見ると…
「竜崎さん!?」
殆ど叫び声に近い幸村の声に、立海の高校の制服姿で佇んでいた女性が、懐かしい笑顔を浮かべた。
あのおさげは今は解かれ、両脇の髪を後ろで止めているというヘアスタイル。
少し身長は伸びたものの、身体の線の細さは相変わらず。
一年という期間の中で少女は変わらず華奢で、しかしぐっと色っぽく、美しくなっていた。
「皆さん、お久し振りです…本当にごめんなさい、お祖母ちゃんが私の知らない間に我侭を言ってたみたいで」
だからその話は無しにして…と桜乃が続ける前に、
『引き受けますっ!!』
「む…?」
先程とは一転、立海メンバーの全員が教頭にぐりんっと顔を向け、お守りを引き受ける返事をしていた。
「し、しかし本人が不要と言っているのだが…」
「いいえ、やります! やらせて下さい!!」
「知己と分かった以上、助けない訳にはいきません」
「一ヶ月などと言わず、彼女が立海にいる間は常時俺達が世話を引き受けます…例外は無しで」
三強達の剣幕が尋常ではない…多分、断った時点で、恐ろしいコトが起こる…
「むぅ、しかし…」
「確かに、色々と新生活は心細いものでしょう。ここは彼女の御祖母様のご懸念もありますし、私達が先輩としてしっかりと責任をもってサポート致します」
柳生が紳士然として教頭を説得している一方、切原達は久し振りに再会する妹分に飛びついていた。
「うわ〜〜〜!! 本物のおさげちゃんだーっ!!」
「スッゲー! 夢みてーだ! 何だよ、来るんならもっと早く言えよなーっ!?」
「うふふ…相変わらずですね、皆さんも…ちょっとびっくりさせたかったんですよ」
切原と丸井にべたーっとくっつかれて苦笑している桜乃に、おお、と驚きを隠せない様子でジャッカルが頷いた。
「いやぁ十分にびっくりしたぞ! しかし元気そうで良かったな、何か背も伸びたんじゃないか?」
「はい、少しだけですけどね…でも、皆さんには敵いませんよ」
「そりゃあ、俺達だって伸びたもん」
当然だろい!と相変わらずはしゃぎながら丸井が答える一方で、仁王が笑いながらなでなで、と久し振りに少女の頭を撫でた。
「お前さんも相変わらず可愛いのう…以前よりも女らしくなって、恋人の一人や二人、出来たんじゃないかの?」
「いえいえ、それが…」
ぱたぱたと手を激しく否定の意で振って、桜乃がえへ、と笑った。
「なまじ、皆さんレベルの方々と見知っていた所為か、全然……目だけがやたらと肥えてしまってたみたいで…困りましたねぇ」
(よっしゃーっ!!)
取り敢えず、自分達のスペックが、彼女の虫除けに十分な効果を果たしたらしいコトに内心喜んでいると、話がついたらしい三強達もそこに加わってきた。
「話、つけたよ…俺達が合同で君の面倒を見る事になったから、宜しくね」
「ええっ、でも…私ももう子供じゃないんですから、一人で高校生活ぐらい出来ますよう…」
いつまでも子供扱いしないで下さい、とささやかな主張を述べた桜乃だったが、心配性の兄貴分達は勿論それを却下する。
「何言ってんだよい」
「子供じゃないっても、お前は俺らの後輩じゃんか。先輩の言うことは素直に聞いとけって」
「ま、妹分ってのも一生変わらないだろうしなぁ」
最早、いつものクールな彼らは何処へやら。
一年間、寂しさと悲しみの中に埋もれていた兄貴分達の溺愛精神は一瞬の内に復活を果たしてしまっていた。
「おかえり、竜崎さん…俺達のこと、忘れずにいてくれたんだね」
微笑む幸村に、桜乃は一瞬きょとんとして、すぐに力強く首を縦に振った。
「当たり前ですよ!」
だから私…この学校に来たんですから!!
「…じゃあ改めて宜しく」
にこ、と笑い、幸村は明日からの懐かしい日々を思いながら、可愛い新入生を心から歓迎した。
「ようこそ、立海へ」
そして次の日から、女生徒達は心の片隅で望んでいた、メンバー達がとある女性にメロメロになっている姿を、日々見てしまうことになるのであった……
了
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