王様の人生ゲーム(後編)
二度目の人生ゲーム…は正直、経過については全員が既にどうでもよくなっており、何より一位で上がるコトに必死になっていた。
勿論、そもそものゲームの主旨がそうではあるのだが、更に言うと『罰ゲームを受けたくない』、この一念に尽きるのだ。
鳳と宍戸はあれから帰っては来たのだが、二度とやるものか、という気迫が漲っている。
そうして、更に白熱したゲームは続き…
「はい、私上がりです〜」
二度目のキングは桜乃になった。
もしかしたら、こういうゲームは欲を出さない方がいい結果になるのかもしれない。
「うーむ、罰ゲームの事を考えたら悔しくはあるけど…」
「竜崎さんに当たらないという点では安心出来ますね…」
切原や柳生がうん、と頷き合って、取り敢えず彼女の身の安全は確保出来たと喜んでいる間に、再び番号のクジが回されていく。
それらが全てに回って、番号が決められた時点で、いよいよ桜乃が運命のクジを引く。
「じ、じゃあこれでいきますね」
「よし、読んでくれ」
跡部に促され、桜乃は紙を開いてゆっくりと番号を読み上げた。
「ええとぉ…七番の人が…」
「っ…俺ッスか」
当たった以上は仕方がない、と諦めの表情で名乗り出たのは、立海の切原だった。
「おーう、赤也か。楽しみじゃのう〜」
「その笑顔止めて下さいよ、仁王先輩」
まだ全部を読み上げられていないが、最初の鳳達の騒動を見ているだけに鬱になる。
「はぁ…憂鬱だな〜……竜崎、とっとと読んでくれよ」
「……………」
「…竜崎?」
いつまで経っても続きを読む様子がない相手に、不思議に思った切原が目を遣ると、そこには顔を真っ赤にして、声さえ出せなくなっている状態の少女がいた。
湯気が出そうな程に赤い顔から察すると……非常に恥ずかしい内容の罰ゲームの様だ。
「な……なに!? 俺、何させられんの!?」
まさか鳳以上の羞恥プレイが!?と切原が慄く間に、痺れを切らした氷帝の帝王が、ひょいっとその問題の紙を覗き込んだ。
「………!!」
普段、滅多な事では動揺など見せない筈の帝王ですら、その罰ゲームは意表を突いたものだったのか、微かに肩が揺れて視線が彷徨う。
「…どないしたんや? 跡部」
おかしいと思った忍足の声もあり、ようやく跡部は桜乃に代わってゲームの内容の続きを伝えた。
「……『王様にキスをする』」
『何だとコラ――――――――ッ!!』
「俺が書いたんじゃないですってばーっ!!」
立海と氷帝のメンバー全員による怒声が、一斉に切原に向かって投げかけられたが、無論、切原本人にとってはいい迷惑である…正直、内容そのものは歓迎モノだったが。
「で、誰だそういう激ダサなコト書いたのは…」
「この筆跡は…」
どうやら、見覚えがあるのは今度も氷帝軍団の方らしい。
彼らから注がれた視線を一身に受けたのは……
「自分、何か欲求不満なんか日吉―――っ!!」
「どういう新しい下剋上だこりゃ――――っ!?」
忍足と向日が迫って糾弾する相手は、しまった、と完全に予想外の結果に渋い表情を浮かべていた。
「仕方ないでしょう、その時には女子のマネージャーが加わるなんて考えてなかったんですから!」
必死に弁解している日吉を、遠くから立海のメンバーが唖然として眺める。
「……男ばかりの面子でああいうコト書いて、『仕方ない』もないもんじゃ」
「次回の練習試合が終わったら、暫く氷帝には近づかないでおきましょう」
「同類だと思われるのはちょっとかなC…」
「俺にそういうシュミはありませんっ!! 単なる嫌がらせですっ!」
「正直なのはいいことですね」
仁王と柳生の意見に、氷帝の芥川と日吉が絡んでいる脇では、立海首脳陣がマネージャーの純潔を守るべく行動を起こしていた。
「ダメ!! 不許可!!」
怒りを隠そうともせずに幸村が断固拒否をする。
「嫁入前の娘に何というふしだらな事をさせるか!!」
真田も勿論、そんな行為を許そうとする訳もなく、幸村同様ご立腹の様子。
「これはもう、戯れというものでは済まされない…」
柳もまた、眉をひそめながら罰ゲームについて異議を申し立てる。
そして他の氷帝、立海の面子はじ〜〜っと罪がない筈の切原に冷たい視線を注いでいた。
それは非難というよりは、寧ろ『羨ましい』という意味が込められたものだったのかもしれない……が、どちらにしろ、冷たい事には変わりない。
「……胃が痛いッス」
「飲むか?」
きりきりきり…と痛む腹部を押さえる切原に、ジャッカルが自分の鞄の中から小瓶を取り出して渡した。
日頃から気苦労が多い彼の常備薬にもなっている胃薬だろう。
「何だかジャッカル、富山の薬売りみてぇ」
ずれた感想を丸井が述べている一方、そもそもこのゲームを始めようとした跡部ですらも、今回のこの罰については実に不愉快な顔をしていた。
「流石に女にとっては辛いんじゃねぇのか? これは」
「野郎が野郎と『ちゅう』するコトも、十分ツライって」
はっきり言って死ねる、と向日はそれを想像したらしく唇を思いきりへの字に曲げた。
「しかしな…前もって引きなおしは無し、絶対遂行が前提だと決めてるからな…」
『……………』
更に一層冷たい視線が切原に向けて注がれる。
「…すんません、柳先輩。遺書書きたいんで紙と筆…」
「誤字脱字に気をつけろよ」
慰めるどころか、言われるままに懐紙と筆を渡して、更に文の心配の方をしているのが凄い。
「あ、あのう…」
しくしく…と嘆きつつ遺書らしいモノを書き始めていた切原に、対象者である桜乃が声を掛けた。
「ん?」
「…ちょっと…」
何かを伝えようと、彼女は切原の耳元に口を寄せて、ぼそぼそ…と囁いた。
「…で、どうですか?」
「…!!」
ん?と首を傾げてくる少女に、はっと切原は何かを思いついた様子で顔を上げ…
「切原赤也、罰ゲームいきますっ!!」
勢い良く立ち上がって宣誓し、そのままの流れで桜乃に顔を寄せた。
『!!!』
まさかっ!!と全員が硬直してしまった中で…
ちゅ…
切原がキスを落としたのは、桜乃の頭頂部…艶やかな黒髪にだった。
「あ…」
幸村が声を漏らす間にもう唇は離されており、へへ、と切原は笑った。
「確かに、場所は書かれてなかったもんな。これならちゃんと竜崎にキスしたことにはなるし、ここなら別にそう気にする程の場所じゃないもんな…教えてくれてサンキュ」
「はい」
どうやら、ぎりぎりのところを上手くすり抜ける形で切原も桜乃も危機を脱したらしい。
「成る程ね…」
「まぁ……許容範囲ではある」
幸村達も、それならば…と納得し、無事に二回目の全てのゲームも終了。
(へへ、助かった。でも、竜崎の髪…すっげぇイイ匂いしたな〜〜…)
無難な手法で乗り切りながらも、切原はこっそりと秘密の喜びを噛み締めていた。
そして、またまた人生ゲーム三回目…
「何か、テニスしている訳でもないのに、やたらと疲れている気がするんですけど…」
「下手すりゃテニスより精神力鍛えられてるかもな…俺ら」
鳳と宍戸がしんみり言っているが、おそらくそれはここにいる全員が思っているコトだろう。
ならば止めたらいいのに、と思いもするのだが、こういうスリルは一種の麻薬の様なもの。
自身にもリスクがあるからこそ、スリルを楽しめるのだ。
それに、全員が負けず嫌いという性格の所為もあるので、抜けるという選択肢も選び辛いのかもしれない。
色々と理由はあるだろうが、そうしている内に人生ゲームそのものは粛々と進み…今度は向日がキングになった。
「よっしゃーっ!! 次のキングは俺だーっ、ひかえおろう皆の衆っ!!」
「おお、根拠はないのにやたらと偉そうやで岳人」
げしっ!
思い切り余計な事を言った相棒を華麗に足蹴にして黙らせた向日は、全員が番号のクジを引き終わった後で、罰のクジ箱から一枚の紙を抜き取り一気に読み上げた。
「罰ゲームはこれだーっ! 『十番は三番に自分では絶対に出来ない愛の告白、或いはプロポーズをする』!!」
(またソッチ系かよ)
全員が同時に突っ込んだが、明らかに最初のゲームの時程の動揺はない。
恐ろしいコトに、人間はどんな事象であっても慣れる事を知る生き物であるらしい。
「十番と三番が出番か…誰だ?」
「はう…三番私です」
先ず手が上がったのは、先程キングでありながら罰ゲームに巻き込まれてしまったばかりの桜乃だった。
まぁ、女性に対するプロポーズという形なら、健全なものなのだが…では、プロポーズをする相手は誰なんだ?
全員が同様の疑問を抱くのと同時に、また別のところで手が上がった。
「俺だ」
(跡部がプロポーズ〜〜〜〜!!??)
物凄い見物が目の前で展開されるぞ!と、氷帝側の男達は爛々と目を輝かせたが、立海側のメンバーは非常に不本意な様子がありありと見て取れる。
戯れでも、あの子に愛の告白を許すとは…
『………………』
「ゲ、ゲームですから、ねっ? ねっ?」
そんなに恐い顔しないで下さい、と桜乃が宥めている一方、告白することになった跡部は、もう一度向日の持つ罰ゲームの紙の内容を確認していた。
「…自分に絶対に出来ないって条件なのにそれをさせるってのは、どういう了見なんだ? ああん?」
「や、本番では出来ないって意味だろ? だから跡部も、『跡部は絶対にやらないだろ、こんなプロポーズ』って皆が思う様なやり方をやってみたら? こういうのは意外性が大きい程面白いからさ」
「ふん…意外性ねぇ…」
どういうプロポーズをするべきか、と口元に手を当てて考えている跡部だったが、実際この男に限って言えば、どんなやり方でも意外性はあまり見込めないと思う。
(ヘリから薔薇振りまいて、その下で告白したって全然不思議やないしなぁ…)
当人が全てにおいて人智を超越してしまっていると、周囲の感覚も麻痺してくるものだ。
忍足がうーんと考えている間にも、跡部は再び彼の相棒に再確認。
「あくまでも、これはアトラクションの一つってことでいいんだな。只の遊びだと」
「そりゃそうだろ、俺もそう思ってるし」
「ふん……まぁ、これで俺の生き方に傷が付く訳じゃないなら付き合ってやろうじゃねぇか」
「えーと、今は俺がキングなんだけど」
何処まで帝王気質なんだ、この男…と向日はげんなりする。
それならいいか…と思ったのか、跡部は軽く頭を掻きながら桜乃…ではなく、真田の方へと近づいていった。
「ちょっとこっちに来てくれ、真田」
「? 俺にプロポーズするのではないのだろう?」
「当たり前だ、お前相手だったら戯れでも引きつけ起こす」
「俺の方こそ真っ平御免だ」
お互いに程よく反目し合っている事を確認してから、いいから来い、と跡部が彼の袖を引いて桜乃の隣へと連れて来た。
「そこに二人並べ」
「?」
「?」
言われるままに並んだ二人が、何事だろうと互いに顔を見合わせて首を傾げた。
そんな彼らの困惑に構わず、準備は整ったとばかりに跡部は彼らの少し離れた正面に立った。
さて、どんなプロポーズをするつもりなのか…と皆が注目。
「じゃあ、いくぜ?」
「は…はい」
「…」
返事をする桜乃はともかく、どうして俺まで…と真田が思っていた次の瞬間、がくんと跡部の姿が急に下に下がる。
皆が、あれっ?と思った時、跡部はその場に両膝を付いていた。
(帝王が跪いた―――――――っ!!??)
気を失った時ですら屈する事を許さなかった帝王が、己から両膝を付くだけでも信じられない事なのに、更に彼は全員が目を剥く中でざっ!と両手を前に付き…
「お願いします!!」
と、頭を下げた。
つまり、今の彼は、土下座をして真田と桜乃に頭を下げている状態。
かつてここまでの彼の姿を想像した人間がこの世にいただろうか!?
例外なく若者達全員…真田も桜乃も声を失い、ただ見守るしかなくなっている中で、跡部は悪びれる事も恥じる事もなく、真剣そのものの表情で、顔を上げた。
最初に桜乃を見据え、そしてその視線を真田に移しながら、跡部は己が帝王である事を忘れたかの様に相手に願った。
「お嬢さんを、俺に下さいっ!!」
(伝説の告白キタ―――――――――ッ!!)
まるでツチノコを発見したように周囲が驚き騒ぐ中、桜乃もまた罰ゲームとは知っていながらも、ぽっと頬を染める。
そして、真田はと言うと…
「娘はやらん!! 絶対やらんっ!!」
何処でどう刷り込まれてきたのか、彼もまた無意識の内に伝説の父親の言葉で返していた。
(…完璧だ)
全員、最早羨望など無縁の境地に至り、『エエもん見た…』と満足げな表情である。
「…はっ!」
一方、見事な返しを見せた後で我に返った真田が、今度はずんっ!!と巨石を頭に乗せながら自己嫌悪に陥ってしまった脇では、告白を済ませた跡部がゆっくりと立ち上がって何気なく足についた埃をぱんぱんと払っていた。
「さて、これで良かったんだな」
先程までの神妙な態度は何処へやら…彼はもう既に元の帝王としての顔に戻っていた。
$F<立海リクエスト編トップへ
$F=サイトトップヘ
$F>続きへ