「…いやいや、お見事やったで」
「余は満足じゃ!って感じ…実際、本番でもやってみたら大概の奴らは落ちるんじゃねーの?」
 ぱちぱちぱち…と拍手までもが沸き起こる中、忍足と向日の感想に対し、跡部はそれを鼻で笑って吹き飛ばす。
「バカか…俺様があんなみっともない格好でプロポーズなんてやる訳ねぇだろうが。余興だ」
「でもやっぱり、相手の親に許可を貰う以上は、土下座までやらなくても挨拶には行かないといけないだろう?」
 尤もな事を言った幸村に、更に誇り高い帝王はふんと鼻を鳴らした。
「何を言ってる? 俺様が相手なら、逆に向こうが『娘を貰って下さい』と頼みに来るのがスジだろうが」

(骨の髄までキングだコイツ!!)

「…どうしても好きな女性で、親が許してくれない場合には?」
「婚姻届叩きつけて拉致するに決まってるだろう」

(犯罪です!!)

 男達の心が叫ぶ中で、幸村は早々に相手が矯正不可能と判断したのか、くるっと身体を桜乃へと向けて、真面目に言い聞かせた。
「よく見ておくんだよ竜崎さん。あれが、『近づいちゃいけない男』の見本だからね。近づいて掴まったら最後、頭から丸呑みにされちゃうから」
「丸呑みですかっ!!」
「俺は怪獣かっ!!…と言うか竜崎まで信じるなっ!」
 流石に珍獣並みの言われように跡部が怒って彼らを叱咤する脇で、もうお腹一杯です、という顔で向日がそっぽを向いていた。
「…まだやんの? コレ」


 そして、向日の言葉でお開きになるかと思っていた遊戯だったが…よせばいいのにまだ続いていた。
 いや、一応は彼の台詞を受けたことと、そろそろ夕方にもなろうかという時分になっていたので、これが最後、という形になったのだった。
 今や彼らの目的は、如何に一位になるかという事もそうだが、それ以上に如何に早く人生ゲームの方を終わらせるかという事に摩り替わってしまっている。
 ゲームのメインは、人生ゲームではなく王様ゲームになってしまったのだった。
 そうしてちゃっちゃと進められた人生ゲームの次の勝者は…
「…ピヨッ」
「げげっ! 仁王が〜〜!?」
「クッ!! 阻止出来なかったかっ!!」
 或る意味立海で最も危険な男である仁王が、ラストキングの座を射止めていた。
「け、けど、幾ら立海の危険人物でも、クジには関係ないでしょう?」
 氷帝の鳳がそう確認したが、対して立海の丸井とジャッカルは何ら安全の保証はしてくれなかった。
「甘いな、ウチの仁王を普通の人間扱いしない方がいいぜい」
「それで何人の人間が血の涙を呑んだことか…」
 仲間達の言葉に、氷帝側も一気に警戒感を強めた。
「…ヤバイのか?」
「警察と弁護士呼んだほうがE〜?」
 宍戸と芥川が心配そうに見つめてくる視線を受けながら、仁王は丸井達に『覚えてろ』という視線を向けた。
「お前さんらの友情はよーく分かったぜよ」
 この仕返しはまた後日することにして…と、一応はその場は引いて、仁王は全員の番号が決まったところで、クジを引いた。
「うーん…おっ、これは俺に利があるゲームじゃのう…二番は」
「…二番…というコトは俺やな」
 手を上げたのは、氷帝一の曲者と言われた忍足侑士だった。
 詐欺師と曲者…揃っているだけでも、つい何処かに通報したくなってしまう様な取り合わせだ。
「んー、ちょっとイヤンな予感」
「SP呼ぶか」
 向日と跡部が救いようのない事を言っていたが、最早仁王は完全無視で、続けての文章を読み上げた。
「『今、自分が手持ちの物で一番大切なものを王様に譲る』」
「ええ〜〜? 堪忍してぇな」
 やはり、忍足はそれを聞いた途端、あからさまに嫌な顔をした。
 自分の大事な物を譲るというのは、誰であっても乗り気にはなれないだろう。
 しかし、今までの罰ゲームネタを思い返してみると、あまりにそちらの方がインパクトが強すぎた所為で、忍足本人には悪いが今ひとつ盛り上がりが悪い。
「うーん…どーしても渡さなあかんか?」
 何とか見逃してもらえんかな〜と渋る相手に、キングになった特権を利用して仁王が唇を歪める。
「ほう…嫌ならカラダで払ってもらおうかのう」
 それはもう嫌な…危険な笑みで、周囲の健全な若者達はもれなくチキン肌になってしまった。
 そこまで言われたら、普通なら身の危険を感じてすぐに提出に応じてしまいそうな雰囲気だったのだが…しかし流石は氷帝一の曲者。
 肝心の忍足は怯むどころか、
「えー? しょうがあらへんなぁ…」
と、これ見よがしに、ぬぎっとシャツの胸元をはだけて片方の肩を見せた。
「きゃ〜〜〜〜〜っ!!!!!」
「わーっ!! わーっ!! おさげちゃんは見ちゃダメ〜〜〜ッ!!」
 精神衛生上よくないっと判断して、丸井が即座にがばりと彼女を胸に抱いて視界を覆う。
 一方で、氷帝の恥を晒されたとばかりに、忍足本人には跡部が怒りも露に迫っていた。
 こういう所では、流石に常識がしっかりしているらしい。
「待て、そこのドエロ中学生…」
「だって仁王が俺のカラダ目的やて…」
 勿論、その口調から忍足がからかっている事は明らかなのだが、例えそうだとしても引き合いに出された相手はたまったものではない。
「それ以上言うたら三枚に下ろしてグラム二百円で叩き売っちゃるぜよ…ええから早くブツ寄越しんしゃい」
 これ以上付き合えるかとばかりに仁王がいつもよりキツイ視線で忍足に提出を促したが、もしかしたら、桜乃にまでいらん色気を振りまいた相手の無差別攻撃が気に入らなかったのかもしれない。
「怒る気持ちは分かるが、お前も何処のヤクザだ…」
 突っ込んだ柳の言葉も尤もだった。
 取り敢えずは本来のゲームの趣旨に従うべく、忍足はごそごそと自分の鞄の中を漁り出した。
「ん〜〜〜…大事な物…と言われてもなぁ」
 結構長く悩んでいた曲者は、漁っていた手でやがて一綴りのチケットの様な物を取り出した。
 紙製で、ミシン線が入っているよく見る形のものだ。
「……じゃあ、『岳人を一日こき使える券』十枚綴りで」
「おお」
「はっ倒す」
 いつの間にそんな怪しさ満点のグッズ作りやがった、と向日が即座にそれを奪い取った。
「ゆ〜う〜し〜〜!!」
「やっぱりアカンか」
 ちっと舌打ちした忍足は、残念そうではあるが悪びれる素振りは一切見えない。
「何じゃ、面白そうじゃったのに…他にはもうないんか?」
 催促する仁王に、曲者はうーむ、と首を捻って考え込む。
「今の手持ちではな〜…家に帰ったらその跡部バージョンもあるんやけど…」
「最近ウチ(氷帝)でおかしなチケットが出回っているという黒い噂があるのは、てめぇが出所か」
 ようやく合点がいった…と跡部の背中から怒りのオーラが立ち昇ったが、それでも忍足は背中であっさりとかわした。
「何のことやら」
 そんな氷帝陣を見遣りながら、真田と柳がこそこそと小声で言葉を交わす。
「向こうは向こうで結構苦労があるみたいだ」
「ウチだけではないのだな……安心した」
 しかし、チケットが没収された以上、また別にアイテムを仁王に渡さなければならないのは事実。
 どうしようか、と暫く考えていた忍足は、仕方がないかと息を吐き出し、詐欺師に一つ確認をとった。
「…ちょっと聞きたいんやけど」
「何じゃ?」
「…アナタの一番欲しい大事なモノはどれでしょう。一番、学校生活に関連する大事なモノ、二番、日常生活に関連する大事なモノ、三番、とても人に言えないウラ関係の大事なモノ」
「三番」

『人の話聞いてた?』

 即答した仁王とほぼ同時に、丸井とジャッカルが忍足に突っ込んだ。
「オメー、一体何聞いてたんだよいっ!! ソイツにヤバイ物持たせるなって、さっき言ったばっかじゃねーか!」
「マジで知らねーからな!! 後でガマの祟りがあっても!!!」
「そこまで言われたら、逆にやってみたくなるもんやしなぁ…仁王」
「ん」
 そして、忍足は仁王を呼んで、陰でその問題の何かを手渡していた。
『じゃあこれ…・――――やから、――ってことで』
『おう……ほほう、こういうモノが氷帝に…』
 二人の危険人物達の会話が細切れに聞こえてきたが、全てが聞き取れた訳ではないので却って不安感は強くなる。
 譲渡が済んだらしい仁王に、桜乃が恐々と尋ねてみた。
「え、ええとぉ…何を貰ったんですか? 仁王先輩」
「…お前さんなら秘密を守ってくれそうじゃから、教えてもええが……一応、心の準備をしときんしゃい」
「はい?」
 忍足から受け取った封筒の様な物を後ろ手に隠しながら、仁王が非常ににこやかな顔で恐ろしいコトを言った。
「氷帝と立海…どっちもかる〜く吹っ飛ばす程のネタじゃ」
「いいっ!! いいですっ! 知りたくないですからそのまましまって下さいっ!!」
 何かは知らないが、とてつもなくヤバイものが彼の手に渡ってしまった事は間違いないらしい…彼の珍しい程に嬉しそうな笑顔を見たらよく分かる。
 こういう内容でしかこの人のこういう笑顔を見られないのは残念なことなのだが…
『向日〜っ!! この際お前、こき使われとけっ! 今ならあのチケットと交換で間に合うっ!!』
『十日我慢することで氷帝の平和が守られるんですから!』
『嫌だ〜〜〜っ!! あんなヤツのトコロで十日もいたら、身体どころか精神が破壊されちまう!!』
 その小さな騒ぎを見て、それぞれの学校に大型地雷が埋められたと看做した幸村と跡部が、即座に密約を交わした。
『てめぇのトコロでヘンな動きがあったら即刻俺に教えろ…代わりにこっちも情報提供してやる』
『折角入学した以上、卒業するまでは母校にも残っていてもらいたいものね…いいよ』
 この二人の影響力を考えたら、一応の日常の安全は確保された…と思いたいのだが、それでも周囲の人々は完全に安心は出来なかった。
「…卒業したら、後は野となれ山となれってコトっすか?」
「みなまで言うな」
 心強い部長の言葉の筈が、言い方が期間限定になっているところが非常に気に掛かるのだが…と一年下の切原が口にしたが、それに対する真田からの回答は得られる事は遂になかった。
 譲渡が無事に済んだコトで、これでようやく全てのゲームは消化された。
「成る程…まぁそこそこ楽しめたが…」
 言いだしっぺの跡部は、どちらのゲームもよく分かった、と納得した様子で頷いたが、テーブルに広げられた人生ゲームの盤を見ながら首を傾げる。
「人生ゲームの方は、どういう経過だったのか殆ど覚えちゃいねぇな」
「インパクト強かったからね、王様ゲームの方が……まぁ、まだ消化されてない罰ゲームもあったけど」
 お開きお開き…と片づけが始まった中で、跡部が、残されていた罰ゲームのクジを面白そうに引いては眺めていたが、不意に一つのクジを見たところでその視線を桜乃に移した。
「おい、これはお前の罰ゲームか?」
 女性らしい、小さく細い筆跡から、相手の書いたものだとすぐに察したらしい。
「あ、そうですよ。当たりませんでしたけどね」
「へ? おさげちゃん、何書いたの?」
 見せて〜、と覗き込んだのは丸井だけではなく、他のメンバー達も同様で、その紙に書かれていた内容はと言うと…
『一番の人は五番の人に、一食、ごちそうしてあげること』
 なかなかささやかな、しかし中学生としては妥当な内容だった。
 これまでの内容が内容だっただけに、逆に物足りなささえ感じてしまう。
 それは跡部も感じた様で、彼は軽く眉をひそめて桜乃に言った。
「罰ゲームにしては、少し甘すぎないか?」
「うー、でもあまり無茶も言えないじゃないですか、懐具合もありますし…それに、これって私なら凄く嬉しいですよ」
「嬉しい?」
「だって、人が作ってくれた料理って凄く美味しいし、一人っきりで食べるより誰かと食べた方がいいですよ」
「!」
 そう言えば。
 このメンバーの中で、自炊しているのは彼女だけである。
 しかも、一人暮らしでもある…という事は、彼女はいつも夕食は一人で食事を…
(まだ中学生なのに…)
 想像するだけで不憫に感じてしまった男達が、くっと裏側で心の涙を流す。
 向こうは別にそれを自覚している様子はないのだが、それが更に憐れを誘った。
「……分かった、今日は付き合ってくれたコトもあるし、俺が奢ってやる」
「ええ!」
 驚く桜乃の前で、跡部は周囲の男達にも確認を取り出した。
「お前らはどうする? 帰る予定の奴らは強制はしねぇが…」

『ゴチになりまーす!!』

「やっぱりな」
 なら折角ならお薦めの高級料理店を貸し切るか…と手配を始めた跡部に、桜乃が慌てて声を掛ける。
「あ、あのっ! そんな場所じゃなくても…何処かのファーストフードでも私は十分ですから」
 彼が自発的に始めた行動ではあるが、それを促したのは自分の書いた罰ゲームなので、やはりそこまでさせてしまうのに良心が咎めるらしい。
 立海の面子も、それは流石に…と引いていたのが、跡部は全く気にせず、予約が終わったらしい自分の携帯をしまった。
「ん? 別にお前らから金を取ろうだなんて思ってないから気にするな。俺の奢りだと言っただろう?」
 そう言って、彼がぴっと懐から出したのは…

(中学生が黒カードッ!!)

 ゴールドやプラチナをも越える、最上級のサービスとステイタスを誇るという招待制カード!
「……中学生が持っていいものだっけ?」
 素朴な疑問を幸村からぶつけられたが、氷帝側はいつものことだと軽く流した。
「俺らも、最初はそう思っている時期があったんや…ごく最初は」
「入学してすぐに、長生きするには跡部に逆らわない方がいいって事も学んだけど…」
 何があったのか、聞くに聞けない…
 人は平等であると言われてはいるものの、その道程には明らかに相違がある。
 世の中には、知らない方が幸せなことだって確かに存在する。
 どちらも頭では分かっているつもりだったが…
「ゲームどころか、現実で人生ってモンを教えられることになるとは…」
「取り敢えず、食欲に遠慮はいらねーって事はよっく分かった」
 ここはたっぷりとご馳走してもらおうとメンバー達が張り切っている脇では、桜乃がきょとんとした顔で幸村に尋ねていた。
「黒カードって何ですか?」
「竜崎さんが聞いたら失神しそうだから、もうちょっと大人になったら教えてあげる」
 この庶民度千パーセントの少女が、あんなカードの存在を知る事は、ショックに近い。
 そして、桜乃は黒カードの意味を知らされることもなく、皆と一緒に移動し、跡部行きつけの高級料理店の料理を思うままに楽しむ事が出来、氷帝と立海も食事を共にして親睦を更に深めることが出来たのだった……が…



 数日後…
『暇だから、今度の日曜、レギュラーと竜崎連れて人生ゲーム(勿論王様ゲーム込み)やりに来い』
「テニスやりなよ…」
 あれから立海の部長である幸村の処に、頻繁に跡部の方からお呼びが掛かるようになっていた。
 どうやらあの日の騒ぎが気に入ってしまった帝王は、暫くこれで楽しむ事を決めたらしい。
『竜崎だけでも構わないが』
「尚更ダメ」
 暫く氷帝からの連絡は、逐一注意深く見ておかないといけないな…まだ例の仁王に渡されたブツについては動きはないみたいだけど。
 親睦は深まったのかもしれないけど、これはこれで大変だ……
 それからも立海と氷帝の部長は色々と話しこんでいたが、結局、行くことになったのかどうかは謎のままである…






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