ストーカーVSお兄ちゃん’S・後編
「やはり、蓮二の言った通りになったか…」
翌日の放課後、珍しくレギュラー全員は部活動を終えた後にも忙しなく行動を起こしていた。
言うに及ばず、桜乃のストーカー対策である。
初日より早速、立海レギュラーによる桜乃包囲網が敷かれ、アリ一匹どころかミジンコ一匹通さないガードのお陰で、彼女は取り敢えず身の安全は確保出来ていた。
相変わらず唯一通じている携帯には、例の男からの悪戯電話はかなりの回数で掛ってきていたのだが、立海メンバーが誰か傍にいたらその男が対応する事になっていたので今のところ桜乃には大きな被害はない。
電話に出てもある者は説教し、ある者は「へーそーふーん」で受け流し、赤い髪の若者に至っては向こうが何かを言い出す前に、目下練習中のポップスを一番から二番までバッチリ歌い込んだ挙句、「また掛けてくれい!」と言って切る始末。
恐怖と精神的苦痛を与える筈のストーカー電話も形無しである。
そして放課後、部活練習中も桜乃は部室に保護されることになり、全てが終わると昨日と今日で掛って来た電話の録音分と昨日投函されていた例の手紙一式を携えて、桜乃は真田と幸村に連れられて最寄りの警察署に赴いたのだが、結果は昨日の柳の予言通りになってしまっていた。
結論から言うと、これはまだ悪戯かストーカーか分からないし実害もないので、ストーカーに対する処分を下すことは出来ない。
一応、周囲のパトロールは強化するが、何かあればまたその時に報告してもらいたい、という何ともおざなりな対応だった。
「何とも情けない…こういう時こそ市民の為に動く事が肝要ではないのか」
「仕方ないよ、訴えに来た俺達がまだ中学生だからって事もあるんだろう。弦一郎がいなかったら、もっとそっけない対応だったかもしれないし…」
憤る真田をまぁまぁと幸村が宥める。
確かに、警察関係者の身内である真田が素性を明かしてなければ今回の件、話すら聞いてくれたかどうかも分からない。
初回の訪問でパトロールの強化までこぎつけられたのは、或る意味快挙かもしれないのだ。
「………」
二人に挟まれる形で署を出た桜乃は、やはり心許無い措置で終わった事が不安なのか、あまり表情が優れない。
すぐにそれに気づいた幸村が、彼女の肩を優しく叩いて元気づけた。
「大丈夫だよ、出来る限りで俺達が傍に付いてる。向こうだって、監視が強ければ君にもそうそう近寄れないし、いつかは飽きるさ。弱気にならないで、気をしっかり持つんだよ」
「幸村先輩……はい」
相手の心強い言葉と柔らかな笑顔に励まされ、気落ちしかけていた桜乃も改めて彼らの優しさに感謝しながら頷いた。
「よし、じゃあ家まで送るよ…」
言いかけた幸村のズボンのポケットから、小さな電子音と振動音が聞こえてきた。
携帯電話の着信があったらしく、彼はすぐにそれに反応して耳元に当てると何者かと話し始めた。
「やぁ、どうだった? うん…うん…そうか、上々だね。じゃあそっちの方が片付いたら、待ち合わせ場所で落ち合おう」
やり取りはそう長くは続かず、何らかの約束を取り付けた後で、彼はそのまま通話を切った。
「? どなたですか?」
「うん、昔からの友達。ちょっと私用で外に出ているから会おうって話があってね。積もる話もあるから、悪いけど今回は誘えないんだ、ごめんよ」
「あ、いいえ、お気になさらないで下さい」
幸村の断りに、桜乃がいえいえと首を振っている隣では、真田が物凄く微妙な顔をしながらあさっての方角を向いていた。
(どうしたらここまでいけしゃあしゃあと笑顔で誤魔化せるのか…)
いかにも何処かから遠出をしてくる友人と会う様な言い方だが、真実を知っていたら何ということはない。
この後、自分達は蓮二達、他のレギュラー達と落ち合う約束をしているだけだ。
しかし、幸村は嘘を言っている訳ではない。
確かに柳達は『昔からの友達』だし、出かけている理由も公用のものでなければ『私用』だ。
積もる話というのは言うまでもなく、今回のストーカー問題に関わる情報収集の結果である。
誘えないのはその話し合いの中で桜乃には聞かせたくないものもあったからであり、幸村は桜乃に疑われることもなく、その会合から彼女を遠ざけたのだった。
嘘を言っている訳ではないのだが、真田は改めて相手の底知れなさを思い知らされ、複雑な気分だった。
「じゃあ、弦一郎、竜崎さんを寮まで送ろう」
「…そうだな」
そして微妙な気分になりながらも、真田は幸村と共に桜乃を寮の玄関までしっかりと送り届け、決して一人では出歩かない、何かあれば連絡を寄越すように改めて言い含めてからそこで別れ、その足で昨日も行ったファミレスへと向かったのであった。
「警察の方は残念な結果に終わったらしいが、こちらは予想以上の収穫だったぞ」
レギュラー全員がテーブルに揃い、注文した品が届けられる中で、柳がその日の収穫について話し始めていた。
「蓮二達は、敵の内情調査だったね…あれから大丈夫だった? 勘付かれたりしなかったかい?」
部長の質問に答えたのは参謀ではなく、同伴していたらしい詐欺師だった。
「女のケツ追っかけるしか能のない奴に気付かれる程マヌケじゃないぜよ…向こうが竜崎に夢中になっちょる隙に、貰える情報は全部根こそぎ引き抜いてきた」
「おお、流石ッスね、仁王先輩」
セットメニューを注文していた切原が、届けられたスープをずーっと啜りながら声を上げる隣では、パフェの解体に忙しそうな丸井がその日の仁王達の行動について反芻していた。
「仁王達はあの車を追跡して、ストーカーがどんな奴なのか調べる予定だったんだよなー?」
「まぁの、今日も例の場所に車で乗り付けとったから、警備員に報告して一緒に現場に向かって…」
言いながら、ふふふと笑みを浮かべた仁王がわきわきと左手を動かした。
「野次馬の振りで発信器付けて、後はそのまま追跡ゴー」
(俺も気をつけよう…)
どこでどう動きを見張られているか分かったものではない、とジャッカルが陰で冷や汗を浮かべながら心に誓っている一方で、完全スルーの他の男達はその成果について興味津津の様子だった。
「で、で? その車は何処に?」
「家に向かってくれるんを期待しとったんじゃが、予想に反して向かったのがとある大学だったんじゃ、まぁそれが一番の収穫だった訳で」
「あ、もしかしてそいつって…」
そこまで聞いて、ぴんと閃いた丸井に、柳はこくりと頷いた。
「…その大学の学生だったという訳だ。どうやら呼びつけられていたらしくてな」
「朝ならともかく、夕方に通学っていうのも変だしね…でもお陰で、素性は調べやすくなった訳だ」
幸村に再び頷き、柳は仁王と共に得た情報を、その時の事を顧みながら説明を始めた。
数時間前、某大学構内
「えっ、あいつまたやってんのか?」
柳と仁王は、目の前の初対面の大学生の台詞に、互いの顔を見合せていた。
車の大体の居所を掴み、予測を立てながら公共機関を利用しての移動だったが、柳の機転のお陰で相手が大学近くの駐車場に停まり、また何処かに行ってしまう前に、追い付く事が出来た。
どうやら向かっている先が大学の敷地近辺らしいと当たりをつけたところから、あらゆる機関を利用して出来る限りの先回りを行った事が功を奏したのだ。
こういう場合は、渋滞が影響する車より電車や地下鉄が役に立つ事も多い。
「…車がここにあるっちゅう事は、大学生か?」
「分からない。しかしナンバーは控えているからな、事によっては学事課に行って本当にこの学校の学生か確認を取った後で、今回の件を明かすべきか…」
学内の生徒がそういういかがわしい事をしていると知らせたら、向こうが厳重注意なり何なりで対処してくれないものかと柳は一瞬期待したが、すぐに思い留まって首を横に振った。
「…いや、下手に刺激したらどう転ぶか…まだデータは不足しているな。全く、対象が読みにくい相手だと難儀する」
「読めたらもれなく自分も変態じゃって豪語する様なもんじゃけどな」
取り敢えずばれないように辺りに気を配りながら敷地内に入り、いざ学事課へ。
相手の名前とかが分からないものかと思っていた矢先、二人は校舎内に入ろうとしたところで、ほぼ同時に大急ぎで脇の柱に駆け寄り、身を隠した。
『何じゃ、この展開は…っ』
『分からないが…運命の神は俺達に味方してくれるらしいぞ』
そうひそひそと囁いた男達がこそりと柱の陰から見つめる先では、校舎内に入っていたらしいあの男が、まさしく玄関を抜けて出ていく所だった。
探そうとしていた奴が、目の前にいる…!
どうする? このまま相手を追うのか、それとも学事課に赴いて情報を引き出す事に賭けるか。
『二手に分かれるか?』
『それもありだが…むっ?』
仁王に答えかけた柳の視界の中で、また新たな展開があった。
あの男と知り合いらしい一つの男性グループが、相手に話しかけて何やら雑談を行い始めたのだ。
暫くその場に立ち止まり、男は何かを話し込みながらプリントの様なものを受け取っている…ゼミか何かのものだろうか。
少なくとも、あのグループの男達は本人を少なからず知っている様だ。
『おい、参謀よ』
『分かっている…意外な情報源だ』
仁王が言いたい事を察した様に柳もそう答えると、あの男がグループから離れた後で、二人は今度はそのグループを追い、彼らがばらけた処で内一人に声を掛けた。
学事課は何かと生徒のプライバシーを守らなければならない立場でもあり、正直情報を得るには難易度が高い対象だが、知己で学生となればそれより敷居は低くなるだろう事を見越しての行動だった。
見た目、彼らの中で発言力がありそうだった男は、いきなり中学生がここにいて話しかけてきた事実に驚いていたが、その話の内容を聞いた後でまた驚いていた。
「また…というのは、どういう事でしょうか」
「う〜ん…」
礼儀正しく訊ねてくる柳に、向こうは少しだけ目を逸らして躊躇った様子だったが、こちらにもう実害が及んでいるらしいという事実を知り、仕方ないと肩を落として小さな声で話し始めた。
「実はあいつなぁ、前にも一回しでかした事があるんだよ。ストーカー」
『!!』
「相手はどっかの女子学生で、結構しつこく付き纏ってたらしいんだが、最近は大人しくなってたから諦めたのかと思ってたんだ」
「…ところが実際は、目標を変えて相変わらず特攻しとったと」
「困った奴だ…俺達も前にも何度も止めるように言ってたのに。最近またゼミに出てこなくなってたのはそういう事だったのか」
目の前の若者は、仁王の突っ込みにはぁと息を吐き出して表情を曇らせていた。
あの男の友人にしておくのには勿体ない程の善人に見える。
「また一言、そちらからも言って頂く事は出来ませんか」
「うん、そりゃあ言うぐらいしか出来ないが…どうにもアイツは根が暗くて、人とのコミュニケーションが苦手なんだ。それでいて執着は物凄く強いらしくて、いつか前のストーキングの時には諌めた奴と暴力沙汰になりそうな事もあってさぁ」
「よく退学にならんもんじゃの」
「その程度では退学にするには無理があるのだろう…ではせめて、彼の情報を少しでも教えて頂けませんか。勿論悪用するつもりはなく自衛の為です。俺達の『妹』は本気で怯えていて、ここは少しでも対策を講じたい」
「ああ、まぁ俺が知っている事なら…」
相手に前科があったという事実と、こちらの訴えた被害内容の一致が向こうの口を軽くしてくれたらしく、相手は目的の男の氏名と住所と、大学の所属している部についても教えてくれた。
男一人を追いかけても、学事課に問い合わせても、その全てを得るには至らなかっただろう情報を、二人は同時に手に入れる事が出来たのである。
「これは蛇足だが、あの男、友人に連れられて、前回の公式試合の見学に行っていたらしい…おそらくそこで竜崎を見たのだろう」
「……車が見かけられるようになった時期とも一致する訳だ」
これならスパイの方が何倍もマシだった、と真田が苦々しく言う脇で、そうだねと同意を示しながら、幸村がきろりと全員を見回した。
「これで大体の情報は揃ったか…じゃあ、いよいよ作戦を開始しよう。ジャッカルの首尾はどうだった?」
「ういーす」
呼びかけられたジャッカルが、一つの封筒をテーブルの上に置いた。
有名なフィルム・印刷関係の会社の宣伝がプリントされたそれは、明らかに現像済みのフィルムとネガを梱包する為のものだった。
「久し振りだったけど、まぁ上手く撮れていると思うぞ。大急ぎで仕上げてもらったんだ」
「うん…」
中身を確認して、部長はそれを他の部員にも見せながら満足そうに頷いた。
「そうだね、しっかり撮れてる」
「俺も、ついでに撮ったものがあるぜよ」
仁王も同じように現像した写真を数枚テーブルの上に並べて見せ、同じ様に幸村はそれにも合格の判断を下した。
「うんこれも使える…じゃあ、切原達は…」
「はーいはいはいっ」
「バッチリ考えて来たッスよ〜〜」
言いながら、丸井と切原が元気よく反応し、手にしていたノートを開いて仲間内に見せた。
「こーゆー言葉とか…」
「ふんふん…」
切原の示す先を見て幸村が頷き、
「こんな言い回しとか」
「ふむ…」
丸井の示す文を見て柳生が口元に手を当てて考え込み、
「こ〜んな台詞なんかどうっすかね!?」
「うーん、鬼畜じゃのう」
台詞に似合わぬ笑顔で仁王が端的に批評した。
「嬉しそうだなお前ら…」
ジャッカルが呆れ顔で言うのも気にせず、それからもこんなのはどうだあんなのはああだと二人は熱弁を奮って説明を続け…
「……………」
終わった時には、真田がソファー状の椅子に倒れ込み、ぴくぴくと痙攣を引き起こしていた。
「…だから覚悟を決めなってば、弦一郎」
「お前こそよく平気でいられるな……!」
まだひくひくと身体が小刻みに跳ねている副部長がひきつった声で指摘すると、幸村は当たり前だとばかりに言い切った。
「だって只の嫌がらせだもん」
「目が輝いていますよ、幸村部長」
「うん、ようやく竜崎さんの仇を取れるからね」
(本当にそれだけなのか甚だ疑問ですが…)
しかし、それ以上追及するのは紳士の行いに反しますね、と思いつつ、柳生は追及をあっさり諦めた。
「そのストーカーの住所は間違いないんだね」
「近場だったから確認してきた。間違いない」
柳への最終確認も済ませ、部長はゆっくりと頷いた。
じゃあ、そろそろ反撃を開始しようか…平和的にね。
翌日…
桜乃に付き纏っている大学生のストーカーは、その日も大学に出ることもなく自分のアパートで起き出すと、簡単な身支度を済ませて外出しようとしていた。
大学の講義には、最近は全くと言って良い程に参加していなかったが、彼にとってはそれは意に介する程の物ではない。
親が聞いたら本気で泣くだろうが、彼にとって今最も大切なのは、あのおさげの少女と今日も会う事だけだった。
最初、彼女を大会で見初めてから暫くは、男にとって至福の日々だった事は間違いない。
遠くから少女を見つめ、様々な手で情報を集め、それらが増えていく毎に彼女が自分のものになっていく様な満足感があったのだ。
その満足感に圧される様に、彼は更に行動をエスカレートさせていった。
自分がこれだけ彼女について調べて夢中になっているのだから、それを相手に知らせたら、向こうもきっと自分の気持ちに気付いてくれる筈だ。
その思考自体が既に常軌を逸していたのだが、彼は恐ろしい事に心からそう信じて疑っていなかった。
前にも同じ思考で一人の女性を追い掛けたことがあったが、彼女にはどうやら通じなかった…それはきっと、彼女に何か異常があったからだ、そう、自分は悪くない。
しかし今度こそ!
あの素直で内気そうな少女なら、きっと喜んで自分の気持ちを受け止めてくれると思っていたから、手紙を書いて、写真も入れて、直に自分の手で投函した。
興味を持ってくれる事を期待して、ここまで尽くす自分と会いたいと思っているだろう彼女の為に、わざわざ電話までしてやったのに。
(なのに、邪魔する奴らの所為で…)
会いに出て来てくれるかと思っていたら、カーテンも閉めて電話も切って…それから暫くしたら大勢の男達が彼女の部屋の中へ入っていった。
夜だった事と、双眼鏡を使っての観察だったので詳細な顔は分からなかったが、彼女と同じ学校の学生の様だ。
それから急に、あの子は自分の前に姿を見せる機会が少なくなっていった。
部活中も殆ど顔を見なくなり、電話を掛けても訳の分からない男達が邪魔をする。
(あいつらさえいなければ…きっとあいつらが、あの子に勝手な事を吹き込んでいるんだ)
彼女は騙されている!
俺が目を覚ましてやらないと…きっと彼女なら、俺の事を分かってくれる…!
(もし俺のものにならないなら、いっそ殺してやる…!!)
かなり危険な思想までも抱くようになっていた男は、靴を履き、部屋を出て、ゆっくりと車が置かれている駐車場へとアパートの階段を下りていった。
その途中で、共用のエントランスの処に各部屋の郵便受けが設置されており、彼は普段と同じ様にダイヤルを回してかぱりと開いた。
朝と夕、中身を確認するのが習慣となっていた彼の前に、ボックスに入れられていた小数のDMに混じり、一通の白い封筒があった。
随分分厚く、しっかりと封がされている…が、消印はない。
「?」
宛先にはしっかりと自分の名前…しかし、差出人は不明。
まるで、いつか彼自身が桜乃に宛てて出した、例の手紙に似た様式だったが、出した本人は、そんな事は一切連想する事はなかった。
身勝手な考えで欲望の赴くままに行動し、それによって被るだろう他人の被害を思えない人間は、己を省みることなどないからだ。
兎に角、彼はその差出人不明の封筒を開封し、何が入っているのだろうと中身を引き出した。
わっさりと多量の便箋に混じり、数枚の写真が地面に落ちる。
その光景もまた、図らずもいつか桜乃の部屋で広げられた光景とまるで同じだった。
「ったく、何だよ…」
面倒くさそうに屈み、落ちた写真を拾い上げていた男の動きがぴたりと止まる。
「…」
その視線は、拾い上げた写真に留まったまま動かず動かせず、屈んだ腰を元の位置に戻したものの、暫く彼は動くことも出来なかった。
(…俺!?)
そこに写っていたのは、どうやら車内にいるらしい自分の姿だった。
いつ撮られたものかは分からない…しかし、他人の空似ではない。
他の写真も全て自分が隠し撮られたものだ。
車内だったり、外だったり、場所は幾つか異なっているが…つまりその時、撮った誰かが自分の近くにいたという事で、許可なしに自分を撮影していたという事になる。
(何で…!? 誰が…!)
少し動揺しながら、彼は今度は便箋を開いた。
そこには、自分が桜乃に送ったものとは異なり、びっしりと詰め込まれたワープロ文字が整然と並んでいた。
ゆっくりと読んでいくに従い、男の眉が顰められる。
(え…ラブレター…?)
そこに書いている文を要約すると、何処かで自分を見初めてどうしても忘れられない、自分の気持ちを分かって欲しい、その上で是非お付き合いを…というものだった。
これまでそういう類の手紙を受け取った事がない男は、困惑しつつも更にそれを読んでいったが、最後になって一気に顔色が失われていった。
「…え?」
そこには、手紙の中で或る意味一番肝心な情報が記されていたのだ。
『因みに自分は『男』だが、真の愛情の前には何の障害もないだろう、ここまでこちらが想っているのだから貴君も誠心誠意向き合うべき…いや、絶対に向き合わなければならない。もし断るのなら、こちらとしても実力行使に移ることも考えるのでそのつもりで…』
そんな内容の文章が記載され、最後に『いつでも貴君を見守っています』という一言で締め括られていた。
「……」
つまり、これを書いて寄越した相手は…自分と同じ男…?
そいつが、この写真を撮って、手紙を書いて、ここに来て投函していったのか…?
「……っ」
言いようのない気持ち悪さが、ぞわわっと男の背筋を駆け上がり、彼は無意識にばばっと周囲を見回していた。
まさか、今も何処かから誰かが自分を観察している…?
(た、只の嫌がらせに決まってる! そうだ、そうだとも…きっとあいつらだ、あの子の周りにいた男達が、こんな安っぽい脅しをかけているだけだ、そうに決まっている!!)
だとしたら、たかが中学生のやることだ、このぐらいが関の山ですぐにボロを出すに違いない!!
そう考え直し、男はそれらの手紙を破って写真も同じ様な状態にしてしまうと、気を取り直して車に向かっていった。
事実は、彼が思っていた通り全ては幸村達の策略である。
ところが、事はそう簡単なものではないと、男はすぐに思い知る事になるのだった……
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