一月生まれのアイドル


 新年を迎えての、立海大附属高校始業式当日…
「改めて、あけましておめでとうございます皆さん。どうぞ今年も宜しくお願い致します」
「うん、おめでとう竜崎さん」
「こちらこそ宜しく。今年も精進して、実のある一年にするように」
「はい」
 三年生の教室が並ぶ棟の中の一室・その入り口に、一人の女生徒が訪れていた。
 高校からこの立海に入学した、竜崎桜乃である。
 相対しているのは、八人の三年生の若者達。
 彼らの共通項は、全員が中学から続く形で男子テニス部に入部し、レギュラーを張っている生粋のスポーツマンであるということと、中学生の頃から桜乃とは知己の仲であり、彼女を非常に可愛がっているということだった。
 学校が新たに始まるという今日も、冬休み前と同じ様に彼女の朝の挨拶を受け、テニス部部長の幸村と副部長の真田が代表して相手に声をかけていたが、彼ら含め、部員全員の桜乃を見る目は非常に優しい。
「実のある一年にするのはいいけどさ…またどっか行くのはやだぜおさげちゃん。長いこと会えなくて、俺、すっげー淋しかったんだからな」
「まぁまぁ、今はほぼ毎日会えるんだから昔のことはいいだろ。あんまり言うと竜崎も困る」
 中学の時からのダブルスの相棒である丸井を宥めてジャッカルが苦笑した。
 二人が言った通り、知り合って間もない時期より桜乃を妹の様に溺愛していた若者達だったが、実は二年前の約一年間は、相手と殆ど会えない空白の時間があった。
 理由は、桜乃の海外への留学。
 地理的に離れていた所為で、彼らが必然的に桜乃と連絡を取る手段は、手紙か国際電話に限られる話になってしまったのだった。
 学生生活は何かと忙しい、部活もしていたら尚更だ。
 相手の勉学を邪魔する訳にもいかなかったので手紙を出す機会もそうそう持てず、日本に残されていた桜乃の兄貴分達は、実は随分と寂しい思いをしてきたのだ。
 ところが、そんな傷心だった男達に去年、再びの春がやってきた。
 異国の地へ旅立っていた妹分が日本に帰国し、しかも、自分達が通う立海への入学を果たしてくれたのだ。
 これに若者達が喜ばない筈はなく、速攻で歓迎の意を示すと共に、立海に在籍中の間の桜乃の世話をも引き受けた。
 桜乃個人としては、それはあくまで入学してまだ慣れない自分を、学校に馴染むまである程度サポートしてくれる話だと思っていたのだが…
「俺らの進学先も概ね決定しとることじゃし、そうなると三年組は楽よ。何かあればすぐに相談に来んしゃい」
「そうですね、出来る限りでお世話させて頂きますよ」
「はぁ…でも、こんなに甘えてしまっていいのか、少し不安です」
 正反対の性質に見える男達、仁王と柳生の台詞に、桜乃が苦笑いを浮かべながらこくんと頷いた。
 自身の予想とは大きく異なり、彼らの庇護は年が明けた現在も続いているのである。
 お世話になるのだし、ということで、入学して以降、桜乃は毎朝彼らの許に赴き朝の挨拶を行うことにしていたが、これも最早日課になってしまっていた。
「遠慮は要らない。元々、お前の世話を引き受けたのは俺達の意志だ」
「そーそー、俺らも好きでやってることだし」
 三年の柳と二年の切原が締め括ったが、そこでもう一人の目付け対象である切原に対し、真田がやや憮然とした表情を浮かべた。
「お前もいい加減、人の世話をするより自律する事を学んでくれたらいいのだが…」
「やだなぁ、年の初めからそんなお説教はナシにしましょうよ」
「俺とて年の初めから説教などしたくないわ」
 早速、切原と真田の攻防が始まった脇では、相変わらず桜乃を中心としたほんわかとした世界が広がっている。
「この間の初詣にも一緒に行ったし、年始の挨拶はそこで済ませたけど…やっぱり学校で会っても言いたくなるね」
「他の友達みんなも同じ挨拶ですから、つられちゃうところもあるのかもですね」
 にこにこと笑って答える桜乃に、幸村も微笑んで頷く。
 年始の初詣は、テニス部レギュラー全員に加え、勿論この少女も連れての参拝だった。
 境内の中を見て回ったり、真田家に立ち寄って色々と遊びに興じたりと、賑やかで楽しい一日だったことを覚えている。
 普通高校生ともなると、初詣などといった行事には彼女連れで行くことも十分選択肢として考えられるのだが、レギュラー全員、誰一人としてそういう対象はいない。
 彼らは全員文句のつけようがない程のイケメンであり、その気になればかなりのレベルの女性も狙える筈なのだが、今はこうして皆で集まる事と妹分の世話の方が楽しいのか、一切食指を動かす様子は見られなかった。
 そんなイケメン集団に対し、校内では『もしや、あの子が好きなのでは!?』という憶測も少なからず生まれているのだが、彼らはそんな周囲にはあくまで『妹分だ』という事で通している。
 しかし妹分という理由だけでは済まない想いも、少なからず全員持っているのは間違いない。
「あ、もうこんな時間なんですね。私、そろそろ教室に戻らないと」
「うおっと、俺もだ」
 桜乃の一言で切原も今の時間に気付き、慌て出す。
 三年の教室のある棟は、下級生の教室の棟とは多少離れた場所にあるので、移動には少々の時間を要する。
 しかも今日は始業式…流石に遅れる訳にはいかない。
 戻ろうとした二人の内、桜乃の方に丸井が呼びかけた。
「おさげちゃん、十四日の件は忘れんなよい」
「あ…はい! 楽しみにしてますね」
 不思議な念押しをされた後、いつもより一際輝く笑顔を見せてくれた桜乃に男性陣全員がほわわんと密かに癒される。
『何としてでも素敵な会にしたいものですね』
『む、まぁ…折角行うのであれば、な…』
 柳生の率直な意見に、真田は横に視線を逸らしてこほんと咳払いをしたものの、否定的な意見は述べなかった。
 実はその日、一月十四日は桜乃の誕生日である。
 当然それを知っているメンバー達は、当日全員で集まって桜乃の誕生日を祝おうという計画を去年の十二月初旬頃から立ち上げ、本人にも既に了解を取っていたのである。
 彼女の返事を確認したところで、柳が微笑んで相手に優しく促した。
「急ぎ足で行けば、二人とも、ホームルームに遅刻する可能性は一パーセント以下だ。気をつけて行け」
「じゃあの」
 先輩達の見送りを受けて、切原と桜乃は早足でその廊下を歩いて行った。
 そして、柳の予想通り、彼らはホームルームに十分に間に合い、そのまま始業式を迎えるべく講堂へと移動していったのである。


 そして十四日の朝…
「えー、では朝のホームルームを始める。繰り返して言うが、受験が迫っている者はここが最後の追い込みだ。既に決まっている者も卒業まで気を緩めることがない様に…」
 教師の言葉を聞きながら、着席していたた幸村は、前から配られたプリントを後ろに回し終えた後、それらをぱらぱらと軽く捲りながら内容を確認していた。
(ええと、これは提出用の書類…こっちは新聞部の広報か…)
 提出用はまた後で時間をとって、間違いがないように記載しよう、と鞄の中にそれをしまうと、幸村は机の上に残った広報へと注目した。
 新聞部が定期的に発行している公報には、校内の様々な行事や部活動の結果報告、今後の校内行事の案内、生徒会からの連絡など、数々の情報が入っている。
 自分に全く関係のない処の事情もそれである程度知る事が出来るので、結構重宝するものだ。
「どれどれ…ん?」
 数枚の紙を一つ折りの状態にした冊子様の形は毎回配布される広報と変わりない。
 その表紙に印刷されていた、今回の中身についての見出しに幸村が目を留めた。
『立海大附属高校の今季のアイドル』
(ああ、そういう企画もあったな…)
 普通の企業の内報などでもよくある、その集団の中で特に輝いている人物にフォーカスを当てて特集する様なものだ。
 実は似たような企画で、過去に男子テニス部レギュラーが新聞部のインタビューを申し込まれたことがあった。
 所謂、このアイドル特集の拡大版みたいな事を男子テニス部で行おうとしたらしいのだが、結局実現までには至らなかった。
 その理由は…
『たるんどるっ!! 試合の報告ならいざ知らず、そんな浮ついた企画でこれ以上騒々しくされて堪るかーっ!!』
(…って、追い返しちゃったんだよね、弦一郎が…)
 こちらの都合もあったけど、あの時は少し悪いことをしちゃったなぁ…と思いながら、幸村は広報をゆっくり捲っていく。
 そして、次のページが問題の企画だというところになり、捲った若者は瞬時に己の手を口元に当てた。
「…!?」
 声をかろうじて抑えたところで、彼の瞳が極限まで開かれ、問題のページを凝視している。
 そこには、間違いなく見知った顔の女性のスナップ写真が白黒で掲載されていた。
(竜崎さん…!?)
 間違いない、彼女だ…!
 写真を見た時点でそう確信したものの、それでもまだ信じられず、幸村は記載されていた彼女のクラスと名前を三度確認する。
(え…何で彼女が…?)
 何となく、いつもの彼女とはそぐわない気がする…
 確かに自分含めたレギュラー一同、彼女を可愛がってはいるが、普段の相手は決して派手な方ではない、寧ろ地味な部類に入る。
 性格も目立ちたがることもなく、どちらかと言うと引っ込み思案な方なのに、こんな場所に堂々と載ることを良しとしたのだろうか…?
(新聞部からごり押しされたのかな…触れられたくないコトもあるだろうから、スルーした方が…)
 そう思いかけていた幸村の耳に、近くで座っていた他の男子数人の小声が聞こえてきた。
『あ、この子知ってる』
『実は結構人気あるんだってさ、やっぱここに載るぐらいだからさぁ』
『なんかこう、気弱そうなところがイイよな。ちょっと弄ってやりたくなるっつーか…』
「………」
 人知れず、幸村の背後に地獄の火炎がごぉっと燃え上がった。
(やっぱりちょっと、確認だけしておこう…)
 先程までの案は即行で却下。
 よく考えたら、下手にスルーして目を逸らしてしまえば、このアイテムで彼女と知り合う切っ掛けを得る誰かが出てきてしまうかもしれない。
 変な輩に騙されない様、ちゃんと注意しておかないと…
 そう心に決めた幸村は、以降の教師の言葉に耳を傾けつつも意識は完全に広報へと向けられおり、ホームルームが終了するとすぐに廊下へと飛び出して行った。
 既に他の教室でホームルームを終えた生徒達が廊下を歩いている中、早足で歩いていた若者は見覚えのある二人の男の後姿を見つけて声を掛ける。
「弦一郎、蓮二」
「精市か」
「そちらも終わったか」
「ああ…それより、二人に見せたいものがあるんだけど、今いいかな」
 早速例の問題記事を親友達にも見せようと思い声を掛けると、向こうの二人はやや困惑の面持ちで互いの顔を見合わせ…
「ああ、実は俺達もお前に見せたいものがあってな…」
「他の奴らにも声を掛けようかと思っていたところだ」
と頷いて、ごそっとそれぞれの手持ちのクリアファイルへと手を伸ばす。
 そして…
『これ』
 三人が同時に出して見せたのは、あの広報だった…


「ええーっ!!?? 何ですかこれーっ!!」
 取り敢えずは本人に確認してみようと、桜乃のいる教室へと赴くと、丁度向こうもホームルームを終えたところだった。
 挨拶もそこそこに幸村達が彼女に例のページ部分を見せると、意外にも彼女は驚きの悲鳴を上げた。
「え…知らなかったの?…君の誕生月が一月って事で、時期も合って人気も併せて選ばれたらしいんだけど」
 てっきり取材を受けたのだとばかり…と幸村達が確認したが、相手はおどおどと明らかに狼狽している様子で何度も首を横に振った。
「し、知りませんよこんなの! インタビューとかも受けたことないですし…誰がこんな…」
 可哀想になる程に動揺している桜乃を見て、真田がこっそりと幸村に囁く。
『…どうやら本当に知らなかったらしいな、あの狼狽え方は…』
『だろうね、元々誤魔化すコトも苦手な子だし…』
 二人がひそひそと話し合っている間に、桜乃は柳に問い掛けた。
「あの…そんなに詳しい事が書かれていましたか?」
 まだ全てを読んでいない少女が柳に尋ねると、向こうはあっさりと首を縦に振った。
「ああ…ほぼ正確な、お前のスリーサイズまで」
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
 真っ赤になった桜乃が今度こそ悲鳴を上げて両方の頬を押さえ、真田達がぎょっとした顔で柳を見る。
「…まさか、お前…」
 正確な、と言い切るという事は、この男はその情報を正解として既に知っていたということだ。
 確かにこのデータマンなら或いは…
「俺の良心と情報管理能力を疑うか? 弦一郎」
 しかし問う前に問われた事で、却って冷静さを取り戻した真田は、すぐに首を振って柳に詫びた。
「いや、すまん…よく考えなくてもお前がそんな不届きな事をする訳はなかった、情報の漏洩についても心配は無用だろう…では」
 これだけの情報収集能力を持ち、且つそういう不届きなコトをする奴は…
「……」
「……」
「……」
 三強は互いに顔を見合わせ、沈黙を以って彼らの考えている内容が一致している事を確認した。
(謎は全て解けた…)



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