昼食時…
「何じゃ、もうバレたんか」
「当たり前だ―――――――っ!!!」
それからは簡単な話。
桜乃を入れ、レギュラーが揃って学食に入っていたところで、追求された仁王はあっさりと情報提供の事実を認めたのだった。
お陰で真田が大激怒。
周囲の生徒達の驚きの視線にも構わず、銀髪の詐欺師を大声で怒鳴りつけていた。
「当人でもないのによくもあれだけ適当に喋くってくれたな貴様―!」
「別にええじゃろ、嘘ついとる訳じゃなし…なぁ竜崎」
「……認めたくありませんけど」
しれっとして尋ねてきた仁王に、広報を目の前に持って顔を隠しつつ中身を確認していた桜乃が、くぅっと悔しそうに答える。
どうやら、本人が見る限りでも誤りらしき箇所は見当たらないらしい。
「よく分かるもんだな…」
幾ら親しい仲とは言え、女心は分かりづらい部分もあるだろうに…とジャッカルが感嘆の声を漏らすと、仁王は振り向きつつ不敵な笑みを浮かべた。
「そりゃの…本人に聞いた答えじゃけ、合っちょるのは当然じゃろ?」
「え…?」
そんな事は…と桜乃が広報を下げて相手を見詰める。
「私、そんな質問受けたこと…」
「年末に俺、お前さんにアンケート調査票をやったじゃろ? 面倒じゃから代わりに適当にやって出してくれって言って」
「…………ああ! あの新聞部企画の、ランダムに抽出した生徒を対象にやるって言って…た……」
質問をされ、思い出した桜乃がそう言っていた途中で押し黙り…その顔色が徐々に青くなると共に彼女の視線が再び広報上を彷徨う。
よく見たら、何となく覚えのある質問事項が…まさか…
「……まさか…アレ…?」
アンケートじゃなくて…質問に答えさせる為の…?
「ご協力感謝」
アンケートという名目上、無記名で良かったので安心し切って本音で答えたばっかりに、まんまと情報を盗み出されてしまった桜乃がガーンッ!とショックを受け、彼女の代わりに柳生が仁王に珍しく怒りも露に迫った。
「あ・な・た・は、どうしていつもいつも良からぬコトばかりに無駄な知恵を使うんですか〜〜!!」
「面白いから」
「〜〜〜〜〜!!!!」
即答した仁王より、声もない柳生の方がダメージを受けているかもしれない。
そんなダブルスの相棒達を眺めていた幸村が、大体の経過を察してはぁと息を吐き出した。
「仁王…人には知られたくない秘密っていうのがあるんだよ」
「わかっちょるって、じゃからちゃんとスリーサイズは一センチずつサバ読んで書いちょるし」
「そーゆービミョーな心遣いするぐらいならノーコメントで通して下さい」
全然嬉しくない…と桜乃が渋い顔をすると、その不機嫌を受け継ぐ様に真田がきつい表情で詐欺師に確認した。
「年末ということは、既にその時からお前は新聞部とグルだったということか…全く下らん企みを!」
「だってしょうがないじゃろ。新聞部のヤツに『立海一のイケメン集団、男子テニス部レギュラー内で一番人気の、可愛い女子は誰か?』って聞かれたんじゃもん」
ぐっ…
糾弾を続けるべきところで詐欺師の他の男達が一様に言葉に詰まり、これ幸いに彼はしれっと付け加えた。
「そりゃ当然竜崎しかおらんじゃろー? 他の女子の名前言うんは簡単じゃったが、俺、誠実な男じゃから嘘は言えんしのう」
(どのツラ下げて…っ!!)
更に言葉に詰まる男達の中で、切原がわなわなと震えながらひきつった笑みを浮かべた。
「あ〜、俺も丸くなったもんっすねー。中坊の時だったら間違いなく血で染めてやってたとこッスよ」
続いて丸井がぼそっと一言追加。
「嘘は言ってないけど、頭ん中で舌引っこ抜いてやろうかと思ったぜい…」
そして締めにジャッカル。
「優しいなぁ、思うだけなんて。俺は今リアルで実行してやろうかと思った…」
それは本気か冗談か…普段が温和なだけに読み取れない。
『覚えてやがれよこんちくしょう!』という仲間達の怨念を感じつつ、冷静沈着な柳がその場を取り纏めようと口を開く。
「確かにその回答は合っている。下手な名前を出せば寧ろ厄介な事態になっていたな」
「じゃろ? まぁここで恩を売っとけば、後で色々と役立つ情報流してもらえるかもじゃし」
「そっちが本音か!」
やはりお前には気が抜けん、と真田が断罪している一方では、結構スゴい台詞をさらっと言われた桜乃が、かかか〜っと顔を真っ赤にして押し黙っていた。
妹分として可愛がってもらっている事は十分自覚しているが、ここまで熱烈な褒め言葉を聞かされると流石に恥ずかしい…
「おっ、何じゃ、照れとるんか竜崎? はは、可愛い可愛い」
「う〜〜…」
かいぐりかいぐり…と仁王が桜乃の頭をくしゃくしゃと優しく撫で回している時、そこに外野からの声が掛けられてきた。
「おや、アイドル君だ」
「あ…先生」
レギュラー達が見た先には、一人の壮年の男性教師が笑顔で立っていた。
桜乃の担任であったことを柳が脳内で確認している間に、桜乃と彼の会話が始まる。
「アイドルじゃないですよー。皆から呼ばれて何だろうって思ってましたけど、まさかこんなコトに…」
「はは、君は結構入学当初から注目を浴びていたよ。男子にも人気が高いみたいだしね」
「そんな…」
(余計な知識を与えてんじゃねぇっ!!)
それが切っ掛けで彼女が恋愛に目覚めたらどうしてくれる!!と、レギュラー達が一斉に教師に「帰れ」オーラをぶつけたが、向こうは相変わらず桜乃と談笑中。
「留学から帰国してのウチへの入学だったからねぇ。これでまた君のファンも増えたかな」
「は、はぁ…?」
てれてれと照れている桜乃の後ろで、男達が何も発言したくないという意思表示の表れか、無言でぐびっと手持ちの飲料を啜りつつ心の中で絶叫した。
(俺達の方がずっと昔からこいつのコトは知ってたっての、このミーハー共っ!!)
嘘じゃないぞ、中学生の時から仲良かったんだからな!と、最早殆ど小学生の言い分。
イライライライラ…と募る男達のストレスを感じたかどうかは定かではないが、それから教師は長居することもなくそのまま立ち去っていった。
「しかし、最後にあんな事を書いたら、君も大変じゃないのかな」
「…! あ、あはは…」
意味深な言葉に桜乃がはっと何かを思い出した様子で、その後不自然な笑顔を浮かべた。
(最後に…?)
何だそれ…と若者達が疑問に思い、それについての答えを桜乃本人から得るべきなのか男達が悩んでいる間に、早速柳がぴらっと例の広報を開いて、桜乃の写っているページを確認した。
「…最後は、好きな色や趣味についての質問だな…特におかしな表記はないが…?」
「…待って、もしかしてこれ…」
言いながら、幸村がぺろっとページを捲る。
特集は左ページから始まっていたので、てっきりその一面だけかと思っていたが…
「…あっ、こっちにも続いてる!」
「何だよい、全部の質問が収まりきらなかったのか? ややこしいなぁ」
「きゃ…! あ、あの、その…ここではあまり見て欲しくないんですが…!」
ある事実に若者達が気付くと桜乃が明らかに慌て出したが、もう視界にばっちり問題のページは晒されていたので手遅れである。
見た目はそのページでコーナーが終わっている様に見えたのだが、どうやら次のページにも質問事項が少しだけ続いていたらしい。
監修のやり方に多少文句を言いつつ、改めてその部分に注目した切原と丸井がびたっと同時に動きを止める。
「…?」
そして他の男達もそこを同じく覗いていったが、やがて全員が重い沈黙に包まれてしまった…
「…えーと…」
「これってさ…」
切原と丸井が見詰めたまま動かない、その視線の先にあったのは一つの質問とそれに対する桜乃の返答だった。
『Q. 好きな人はいる?』
『A. います』
「……」
そんなコト、初めて聞くんですけど…?
つか、いつの間にそこまで親しいヤツが出来ていたんだ!?
数瞬の沈黙を経て、男達全員が大ショック。
「うわーんっ!! ひどいやひどいやおさげちゃんっ! 俺らに一言の断りもないなんて〜〜〜〜!!」
「えええ!?」
何で!?と桜乃が丸井に責められて困惑していると、切原も一気にヒートアップして彼女に迫った。
「一体何処のどいつだ!? 怒らねーから言ってみろ!」
「あの…既に顔が怒ってますけど…」
全然説得力がない…と意外に冷静なツッコミをした桜乃は、ああ…と少しだけ肩を落として落胆した表情を浮かべた。
「…見られちゃいましたか、やっぱりそこは記入しないでおいた方が良かったのかな」
「え…?」
と言う事は…これって、結構本気の答え…なのか?
好きと言っても色々あるから、色恋のそれとは限らないと思っていたのに…いや、思おうとしていたのに…と、ジャッカルが顔色を失う。
「ひ、人の恋愛は自由だ…が…その、あまりに早過ぎないか…? 一体…」
「お前が好意を寄せる相手とは、誰なんだ」
真田が珍しくどもりながら桜乃に問いかけ、最後の一言は柳が締め括った。
「…え、えと…黙秘権は…?」
「今回ばかりは、それはちょっと認められませんねぇ…」
普段なら女性の希望は最大限の努力で叶えるのが信条である柳生も、今回のこの件に限っては譲れないものがあるようだ。
心苦しい表情も浮かべながらそう答える彼の隣では、仁王が何を考えているのかそっぽを向いて無言を守っていた。
「…もしかして、言ってもらえない程、信用ないのかな俺達…」
せめて君の良き理解者、兄代わりになれるように頑張ってきたんだけどな…と、幸村が気落ちした表情で妹分に訴える。
流石、見た目が痩躯で美麗な顔立ちだとそういう姿も様になる…本人が自覚してそんな姿を晒しているかは不明だが、下手な自白剤より余程効果は高いだろう。
そして桜乃はそんな男の姿を見て、そのままそれをスルー出来る様な人となりではなかった。
「きゃーっ! 違います違います!! そうじゃなくて…い、言いますからぁ」
だから、そんな落ち込んだ顔しないで下さい!と願い、少女はふぅと息を軽く吐くと、覚悟を決めたように男達全員を見た。
「…い、いますよ、好きな人」
紙面上でも見たばかりの答えだったが、本人が口に出して言うと一気に緊張が高まる。
何度考えてみても自分達の中ではそんな話は出たことはないし、誰かがそんな素振りを見せていたという記憶もない。
一体、誰が…?
見守る兄貴分達の前で、桜乃はいよいよその答えを発表すべく、ぴっと両手を水平近くまで広げて相手の男達全員を示すようなジェスチャーをした。
「ここにいる皆さん、みんな好き」
『!!!!!』
その時の全員の驚きっぷり、固まりっぷりは見事なものだった。
おそらくテニスコートの中であれば、間違いなく反応出来ずに一ポイント先取されてしまっていただろう。
真田に至っては、あの武士の見本の様な男が、桜乃の告白に思わず半歩引いてしまったぐらいなのだから…
「…え? 俺達?」
問い返す幸村に、桜乃が照れながら上目遣いに見上げて答える。
「皆さんが大好きなの、嘘じゃなかったから書いたんですけど…あ、勿論誰にも皆さんの名前は言ってませんよ、ご迷惑掛かりますから…でも、ダメ、でしたか?」
『全っ然!!』
八人揃って即答。
「何だそうだったのか〜〜、俺てっきりおさげちゃんがどっかの悪い男に騙されてんのかと…」
てへ、と笑って安堵している丸井だったが、爽やかな笑顔で結構酷い事を言っている。
そんな彼以外の兄貴分達も、先程までの陰鬱な雰囲気は一変し、安堵した晴れやかな笑顔だった。
「そ、そういう事であればまぁ…安心だ」
「もしお前に好きな男性がいて、相愛の立場だったら、今日の様な記念日はその男と過ごしたいのではないかと思った…俺達と一緒で大丈夫なのだな?」
真田や柳の言葉を受けて、少女はにっこりと笑って頷いた。
「はい! 今日のパーティーは本当に楽しみにしてました! 皆さんと一緒にいられるのが嬉しくて…デートみたいに昨日はなかなか寝られなかったんですよ」
「そ、そうかそうか…そりゃ…大変だったと言うか良かったと言うか…」
「何か恥ずかしいなー…いや、俺は全然嫌じゃないけど」
「君に好きだと言ってもらえて嬉しいよ…今日は特に楽しい会になりそうだね」
ジャッカルや切原もにこにこと兄貴冥利に尽きる様な顔をしている一方、幸村は物凄くイイ笑顔でなでなでと優しく桜乃の頭を撫でていた。
「安心しました…私達の気付かぬ間に近づくとはどんな輩かと…」
「んな訳ないじゃろうが」
ほっと胸を撫で下ろした柳生の隣では、ふんとそっぽを向いた仁王が鼻で笑っていた。
どうやら彼は桜乃の答えをある程度読んでいたらしい。
「仁王君は分かっていたんですか? 彼女の好きな相手が私達であると」
「当然じゃ。俺らの包囲網は完璧じゃし、周りの男子どももあの子には迂闊には近寄れんのに、誰を好きになれるっちゅうんじゃ…しかしまぁ」
そこまで言って、銀髪の若者は他のレギュラーに囲まれて可愛がられている桜乃を見遣り、やれやれと苦笑して付け加えた。
「…これでまた『竜崎にはこのままずっと独り身でいてもらおうね』包囲網がレベルアップしたのう…気の毒に」
「気の毒? 幾ら何でもそれを一生続けろというつもりはありませんよ…多分」
「まぁ竜崎はそれ程気の毒でもないかもなー。少なくとも今後も可愛がってもらえるのは確実…だがな」
柳生が相手に物申したものの、仁王はそれを撤回する様子もなく、逆に言い返した。
「もし誰かがあいつの恋人の座に収まろうとしたら、俺ら全員からのフルボッコ。それでも意地で座ろうとしたら、もれなく八人の「義兄」のおまけ付きじゃ。間違いなく一番不幸なのは彼女の相手と思うんじゃがどうよ」
「…………」
残念ながら否定出来る要素が何処にもない…
そしておそらく自分達の誰かがそのチャレンジャーになったとしても、残り七人は容赦ないのだろうな…と思いつつ、柳生は眼鏡を軽く押し上げた。
「皮肉ですね…」
「なぁに、通り一遍等の人生なぞつまらん。俺は感謝しとるよ、結構退屈せずにすんどるし…これもアイドルの宿命じゃな」
そしてその日、可愛い妹分の誕生日パーティーが、実質『妹分を今後も他の野郎から守る団結式』になったのは言うまでもなかった…
了
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