二人の距離


 本作品はPS2の「ドキドキサバイバル」というゲームを題材として書いております。
 ゲーム上はオリキャラの女子が主人公ですが、本作品では全てをブッチして桜乃がメンバー達と遭難したという設定になっておりますので、その上でお読み下さい。

 夏休みを利用して、知人の許にバカンスに行こうと意気込んで豪華客船に乗り込んだのが二日前…
 本来の予定であれば今日は朝から海に出て、のんびりと過ごしている筈だったのだが、今の自分の目の前に広がる光景は、それとは遥かにかけ離れたものだった。
 そう、今の自分…不肖、青学女子一年、竜崎桜乃は海ではなく、鬱蒼と木々が生い茂る山の中に身を置いている。
 別に自分の意志で予定を変更した訳ではなく、変更せざるを得ない事態が生じていたのだ。
 豪華客船に乗り込んだ当日…その深夜に。
(まさかこんなコトになるなんて思わなかったけど…取り敢えず、全員が無事だったのは良かった…)
 ふ、と天を軽く仰いでそんな事を考えた桜乃は、再び視線を落としつつ心で補足する。
(そうだよね…こんなに沢山の学校の生徒さん達も無事だったんだもん…おばあちゃん達もきっと無事…)
 あの日の災厄は、あっという間に自分達の運命の道筋を変えてしまった…その名に相応しい、嵐のような荒々しさで。
 低気圧に重なった台風は力を増し、如何な大型客船と言えど見逃す情などなく、乗っていた自分達を大いに嘲笑っていた。
 大自然の脅威の前では、人間は無力だ。
 せめて自分達に出来た事は、船を放棄し、救命用ボートに各自乗り込み、何処でもいい、何処か命の安全を確保できる土地に逃れることだけだった。
 不幸中の幸いかその賭けは上手くいった…完璧と呼べる成功ではなかったが、少なくとも自分以外のテニス合宿に参加する予定だった男子生徒達も、この無人島に漂着する事が出来たのだ。
 唯一、この賭けで取りこぼしたコインがあるとしたら…それは自分の身内で引率していた祖母を含めた、大人達の行方が分からなくなってしまったという事実。
 地理と潮の流れからすると、彼らも自分達同様に、この島に着いている可能性が高いのだが、依然出会えてはいない。
 遠方に漂着しているのか、それとも…怪我でも負って動けないでいるのか…
(…ダメ、考えないようにしないと…私が不安に思っても、迷惑だけ掛けることになる)
 漂着して心に不安を抱いているのは自分だけではない。
 身内がいなくなったからといって、この非常事態、自分だけ弱音を吐いていいという理由にはならないだろう。
 幸いな事には、桜乃という少女は悪い意味での『甘え』を知らない女性だった。
 後ろを振り向かず、今は前だけを見ようと思った気丈な娘は、気を引き締めつつ本来の目的へと立ち返った。
 そう、ここに来ているのはネガティブな事を考える為ではなく、食材を探す為だ。
 海側と山側に分かれ、自分は山側に配属されることになったので、少なくとも同チームの分の食材を確保するのが生きていく上での大原則となる。
 栄養素などのバランスもある程度は考えて献立を組み立てる必要はあるが、それも量を確保してから始まる話。
 男子生徒達も十二分に働いてくれてはいるが、テニスの練習なども疎かに出来ない以上は、自分も出来る限りのサポートを行わなければならないだろうと、桜乃は時間が空いたこの時、合宿所から少し離れた山道を歩いて食材を探していた。
 それ程に遠く離れてはいないが、ここはミーティング内容からも、まだ誰も来ていない場所の筈。
 何かを見つける可能性は十分にあると考え、手持ちのバスケットを揺らしつつ、桜乃は目を凝らしながら山道の両脇、茂みの向こうに何かないか、確認しながら歩いていた。
「……ん?」
 不意に、桜乃の足が止まり、じっと右側の茂みの奥を凝視する。
 何だか…茂みの向こうに不自然な空間があるような気がするんだけど…
(畑?…でも、ここって誰も住んでいない筈なんじゃ…)
 何もないかもしれないが、一応確認だけはしておこうと、少女は茂みへと足を踏み出し、気になるその空間へと近づいていく。
 茂みに入って日陰になった箇所から少し進むと、急に開けた空間が広がり、桜乃はそこに或るモノを見つけてあっと声を上げた。
「これって…もしかしてマクワウリ!?」
 最近では殆ど見かけなくなったが、マクワウリとは中国原産の東アジアメロンである。
 桜乃がそれを知っていたのは、親戚の畑の隅にこっそりと栽培されていたのを過去に見た事があったからだった。
(信じられない! こんな場所で自生しているなんて…!)
 驚きながらも、彼女は大喜びでウリが多数成っているその場所へと歩み寄り、一つを取り上げて熟れ具合を確かめた。
「良かった、まだ十分に食べられる…これだけあったら海側の人達にも分けてあげられるかも」
 果物は炭水化物や糖質、食物繊維やビタミンの貴重な補給源!
 勿論、育ち盛りの若者、スポーツマンにも欠かせない。
「よーし、収穫、収穫!」
 桜乃は一つ、二つ、と適度に熟れているものを幾つか選んでバスケットへと入れていった。
 一つが五百グラムはあろうかという果物なので、あまり大量には運べないが、場所を記憶しておけば、また来たらいいだろう。
「よ…いしょっと」
 それでも、折角来たのだからとつい多めに入れてしまった桜乃は、かなり重くなってしまったバスケットを両手で抱え持ち、元来た道をえっちらおっちらと戻り始めた。
「う〜〜ん…やっぱりちょっと重かったかなぁ…でも、これだけ持って帰ったら、少しずつでも全員に回るだろうし、夕食後のデザートにピッタリだもんね」
 ラッキーだった、と思っていた桜乃だったが、全てが幸運へと巡る訳ではなく、程なく彼女は相応の不幸にも見舞われる事になってしまった…

「…痛っ」
 顔をしかめ、桜乃は一時立ち止まってバスケットを地面へと降ろすと、自身の両手の掌を掲げ見る。
 重みに耐えかねて出来たマメが遂に潰れ、うっすらと血も滲んでいる。
 合宿所までは何とかもつと思っていたが、考えが甘かった。
(うう、持って帰れはするだろうけど、ちょっと遅くなりそう…何とか痛みを誤魔化す方法は…そうだ)
 ふと思いついた桜乃は、ポケットから自前のハンカチを取り出すと、バスケットの取っ手にくるんと巻きつけて、その上から改めて握り持った。
 こうしたら多少なりともクッション効果で傷への刺激は軽くなるだろう。
「うん、いい感じ…じゃあ、もうひと頑張り」
 自分を励ます様にそう口に出すと、彼女は再び歩き出した。
 それからまた結構な時間が過ぎて、少しずつでも合宿所に近づいていた桜乃は、道の途中で何者かの足音を聞いた。
「?」
 聞こえるのは自分が向かう方向から…つまりは合宿所方向からだ。
(誰かが探索に来たのかしら…?)
 その予想は、すぐに当たっていたことが明らかとなる。
 それから数分と経たない内に、向こうからよく見知った若者が一人、トレードマークの黒の帽子と彼の学校のテニスウェアを纏った姿で現れたのだ。
「あ、真田さんでしたか」
「む? 竜崎」
 二人はほぼ同時に互いの正体に気付き、傍に寄ったところで一時歩みを止めた。
「こんな所で、一人で出歩いて何をしている?」
 非常に厳格でお堅い台詞であるが、この男にとってはこれが普通である。
 立海男子テニス部、副部長である真田弦一郎、現在中学三年生。
 中学生である事そのものが信じられない容姿と性格であるが…事実である。
 この遭難騒ぎに遭い、桜乃は同じ山側のメンバーとして彼とも交流をしていたのだが、見た目よりはずっと優しい人間なのだと知るのに、そう時間は掛からなかった。
 非常に真面目で自分に厳しく、しかし他人を思い遣る心は確かに持っている人。
 頼りになる人、という印象を持ってしまった所為か、つい何かあったら彼の姿を探してしまう様になった自分だが、向こうはそれを煙たがる事もなくしっかりと応えてくれる。
 ここに流れ着いてからは、一緒にいる時間は青学の生徒よりも寧ろ彼が一番かもしれない。
 男の後輩でもある二年生エースは鬼門の如く避けているらしいが…それは半分以上は彼の行いの責任と思った方がいいだろう。
「ちょっと食べ物を探しに行ってました。凄い収穫でしたよ、ほら」
 相手の言葉に怯むでもなく、桜乃は持っていたバスケットの中身を真田に見せた。
「瓜…か?」
「マクワウリって言うんですよ。これでもメロンの仲間なんです、まだ沢山生っていましたから、後で収穫したいですね。場所もしっかりチェックしておきました」
 桜乃の台詞に、真田は軽く頷いて彼女を労う。
「ほう、お手柄だったな」
「えへへ」
 照れながら笑う少女の持つバスケットを改めて覗きこみながら、真田はその重さを推測して眉をひそめた。
「大きな物だが、かなり重いのではないか?」
「あ、えーと…ちょっとだけ」
 誤魔化そうとした桜乃の様子を見る前に、真田は殆ど無意識の内にバスケットの取っ手を掴んで自分の方へと引き寄せていた。
 他意はなく、単にどのくらいの重さなのかを見る為だったのだが…
「…っ!!」
 不自然に腕を動かし、ささやかでも顔をしかめた桜乃の違和感ばかりの反応に、真田はぴくんと肩を揺らすと同時に、視線を鋭いものに変えた。
 既に相手の反応が何を意味しているか察したらしい若者は、取っ手に巻き付けられていたハンカチの一部が赤く染まっている事も確認し、更に疑惑を確信へと変える。
「…竜崎、ちょっと手を見せてみろ」
「あうう…み、見逃す訳には」
「いかん」
「う〜〜…」
 最早これまで…と思ったのかどうか、桜乃は早々に誤魔化す事を諦め、仕方なく相手に自分の掌を差し出した。
 その小さな掌が、マメが潰れて痛ましい事になっていると知った瞬間…
「この馬鹿者――――――――っ!!」
「きゃーっ! ごめんなさいごめんなさいっ!!」
 真田の怒声が容赦なく響き、桜乃は声に圧されてひたすらに頭を下げて謝っていた。
 相手が切原だったりしたらきっと拳骨の一つや二つも飛んでいたのだろうが、流石に女子相手なら加減も考えているのか、桜乃は鉄拳制裁は免れた様だ。
「自分から進んで怪我をするとは何を考えているのだ! 運搬の効率よりも先ずはお前自身の身の安全を考えんか!」
「すすす、すみません〜〜〜。ちょっとでもお手伝いしたくて、つい…」
「……」
 普段ならこの程度の長さでは済まない真田の説教だったが、相手に悪意がない事と、自分達の為を思ってやった事だということであまり責めるのも酷だと思ったのか、彼は早々にそれを切り上げると、バスケットを持ったままくるりと方向転換。
「…戻るぞ」
「え?」
 来た道をそのまま引き返そうとした若者に、桜乃はきょとんと不思議そうな目を向けた。
「でも…真田さんのご予定は…?」
「ただの探索ならまたいつでも予定は組める。怪我をしたお前を、重荷と一緒に放っておく訳にもいかんだろう…さぁ、戻るぞ」
 最後の一言には最早怒りの色は微塵も無く、桜乃の怪我のみを案じていた真田は、彼女を連れて合宿所へと戻っていった。


「ふむ、幸い傷口そのものは小さかったな。出血も止まっているし、しっかり消毒したら問題ないだろう」
「いたいいたいいたいいたいいたい〜〜〜〜〜っ!!」
 説教からは何とか逃れられた桜乃だったが、合宿所に戻った後、食堂のテーブルで今度は実質的なお仕置きを受けて大いに苦しんでいた。
 マクワウリを水汲み場に置いて冷やす処置をすると同時に、傷口を冷水で洗った後、彼女は真田直々に傷の手当を受けている真っ最中。
 消毒液を浸した綿球を、ピンセットを使って器用に傷口に押し付けてくる真田は、少女の悲鳴を軽く聞き流しながら傷口の評価を行っていた。
「さ、真田さ〜ん…もう少し優しく…いたたたたっ!!」
「やかましい、これでは痛くて当然だ。全く無茶をする……よし」
 消毒が十分だと判断したところでピンセットを置くと、真田は滅菌ガーゼを相手の掌に乗せ、これまた器用に包帯を使って固定していく。
 流石に運動部で活動している賜物か、傷の処置も素早く、正確だ。
「感染を起こさなければすぐに塞がる。あまり重い物を持ったり、負担を掛けるな」
「あ…ありがとおございましたぁ〜〜〜〜…」
 合宿所まで歩いた体力より遥かに多大なそれを消費してしまった桜乃は、くってりとテーブルに突っ伏しながら礼を述べる。
「たるんどるぞ。痛い思いをして、少しは反省したか?」
「以後気をつけますぅ〜〜〜…」
「…ふ」
 まだグロッキー状態の少女を見下ろし、真田は不意に優しく笑うと、そっと相手の頭を優しく撫でた。
「…っ」
「まぁ、お前のお陰で貴重な食材を見つける事が出来たのは事実だからな…有難う」
「は…はい…」
「それと…」
 そう続けながら、救急箱の中にあった消毒液が満たされた大瓶を取り出した真田は…
「いつまで覗き見しとるんだ、赤也〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」

 かっこ―――――――――――んっ!!!!!

「どわあぁぁっ!!!!」
 寸分違わぬところへ大瓶を放り投げ、こっそりと二人の様子を覗き見していたらしい二年生の後輩の頭にそれを直撃させると、真田は今度はそっちへとつかつかと歩いてゆく。
「お前は確か今の時間は薪割りだった筈だが…サボリの上にノゾキとはいい度胸だ…」
「いいい、いや、つい、出来心とゆーか先輩を応援する後輩の心配りとゆーか…」
「ほーう? 俺は寧ろ、貴様の脳の鮮度の方が心配だがな…」
 桜乃に対する態度とはあまりにもかけ離れた殺気に満ちたそれに、切原は最早たじたじである。



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