(あ…気が付いたのかな…?)
そんな事を考えている間にも、幸村は口元に軽く握った拳を当てて落ち着きなく視線を泳がせている。
「ええと…竜崎さん…その、胸元…」
「あ、えと…友達に、胸元を開いた方が可愛いって言われたんですけど…へ、ヘンですか?」
「友達って…女の人? それとも…」
「え?…同じクラスの女子なんですけど…」
「そう…なら、いいけど…」
「え?」
「…いや、やっぱり良くないな」
自分で何かを考え、何かを決めてからうん、と頷くと、幸村はかたんと再び席を立ち、桜乃の方へと歩み寄った。
そして腰を少し屈め、彼女の胸元へと両手を伸ばす。
「…?」
その男性のものにしては細く白い指先が、先程彼女が外したばかりの小さなボタンを捕え、一つ一つ、留めていく。
少女がぼーっと見つめている中で、ボタンは最初の全て留まった状態に戻された。
「…え?」
「これでよし…と」
安心した様に笑い、幸村が席に戻った。
「え…? 幸村さん?」
「ごめん…竜崎さん、あまり肌を露出するような着方は、避けた方がいいよ」
「…やっぱり、その…ヘンでしたか?」
幸村が途中で言葉を止めた、あの一言が甦る。
やはり、自分にとってこういう服装はまだ背伸びなのだろうか…
「いや、ヘンというワケじゃないんだ、その…ええと」
相手はすぐに答えを返すことはなく、何となく言葉を探している様な素振りを見せていた。
「…スポーツマンらしくない服装というか…ちょっと…」
「え…? そ、そうですか…?」
幸村にしては、随分とおかしな返答だということは桜乃も感じた。
もしそんな理由が通るのなら、世の中のスポーツ選手達はかなり厳しい服装制限を課せられているだろう。
服装はその人間の表現の場であり、社会的な良俗に反しない限りは表現は自由の筈…
なのに、そんな言い訳をするという事は…
(…やっぱり、私にはまだ早すぎる格好なのかも……)
優しい幸村さんだから、当たり障りの無い説明で、止めようとしてくれているのかも…
(でも…)
でも、だとしたら、はっきり言ってもらった方が踏ん切りもついていいよね…
「竜崎さん?…あの、やっぱり気を悪くした? 余計なことだった、かな?」
「あの、幸村さん」
「え?」
不安そうに言葉を掛けてくる若者に、ぐ、と顔を上げて桜乃が思い切って質問をぶつけてみた。
「さっき、会った時に幸村さん、この服について何か言いかけてましたよね? その…何を言おうとしていたんですか?」
「あ、それについては…ううん…その…言ってもいいけど、気を悪くしないでね」
「…っ」
ぐ、と心構えをして相手の返答を待つ。
さあこい、背伸びでも似合わないでも…っ!
「それ、○○って店にあった服じゃない?」
「……え?」
「違った? 俺はてっきり…」
「い、いえ…確かに、そうですけど」
嘘ではない。
その店の名前も覚えている、何しろ最近買ったばかりの服なのだから。
行きつけではなく服のイメージを見て選んで入った店だったことも、覚えている一因だったのだが、何故それを幸村が知っているのだろう?
「どうして…」
「いや、俺もその店には行くから…女性モノで可愛いのがあるなって思ってたヤツだったから、つい…けど、女の人にそういうの指摘するのは失礼かなって思って…」
途中で止めておいたんだけど…という彼に、桜乃は嬉しさ半分、せつなさ半分だった。
幸村が行っていた店に偶然でも立ち寄り、そこの服を入手したということは、自分なりに目指していたイメージの方向性が合っていたということだ。
それはとても嬉しい。
しかし…
「…これでもまだ『可愛い』なんですね…」
はう…と小さく呟く相手に、男はきょとんと目を見開いた。
「……可愛いのはダメなの?」
「あ…と言うか、子供っぽい感じで」
「そんな事はないと思うけど…いつもの服でも十分可愛いのに」
「だって幸村さんに合わせたいし、店が同じなのはよか…」
「え…」
「………あれ…?」
一瞬、呆然として前を見ると、同じく呆然としている相手の視線が合った。
もしかして、今、自分、ばらしちゃった…?
自分の隠してた気持ち……白状しちゃった…?
「…俺に合わせるって…」
「〜〜〜〜〜!!!!」
やっちゃった―――――――――っ!!!
心の中で叫んだところで、最早過去は取り返せないし、やり直しも効かない。
でも、自分はあまりにも唐突に、行き過ぎるところまで暴走してしまったのではないだろうか?
本当は少しずつ、のつもりだった。
少しずつ、少しずつ、相手にさりげなく合わせていって、そこからまた少しずつ歩み寄っていければ良かったのに…
何の前触れもなく、いきなりラブレター片手にタックルかますような告白を…っ!!
恋人のコの字もなかった自分達の関係だったのにこれはもう、空気読めないどころの話じゃない…!!
いや、過去は戻せないけど、もし相手が目をつぶって、耳を塞いでくれたら…まだ…!
「あ…っ…いえ…その、今のは…うう、嘘じゃないんですけどっ…聞かなかった、ことに…」
なりませんか?と尋ねようとしたところで、相手は片肘をついてそちらの頬を乗せ、にこりと笑った。
「ごめんね、竜崎さん。聞いちゃった」
「っ!!!」
「で、聞かなかったことには、ならないよ」
免罪符の発行は、残念ながら無理らしい。
「め、迷惑なのは分かってます! あの、でも…私、幸村さんの邪魔はしませんっ! しませんから、その…」
邪魔はしないから…自分は彼に何を望むのだろう?
それすら心の中に見つけられず、更にパニックに陥りそうになった桜乃の頬に、優しい手が触れる。
「っ…」
「分かってないよ…迷惑だなんて思ってない」
優しい瞳が、自分だけを見つめてくる。
「いつもと雰囲気が違うって思ってたけど…そう、俺に合わせようとしてくれたんだ。じゃあ、もしかしてこっちだけの片想いってわけじゃなかったのかな…?」
「え…」
顔を上げたまま声も出ない様子の桜乃に、幸村はくす、と笑った。
「…そういうこと」
「!!」
自分の暴走球を、相手はまるでテニスの様にあっさりと打ち返してきた…自分以上の直球で。
「え? あの…幸村、さん…?」
「無理に俺に服装を合わせてくれなくてもいいよ…俺は、どんな格好の君も大好きだから。それと…」
「?」
ふっと頬から外された男の手が、桜乃の胸元に伸びると、先程彼が留めたばかりのボタンを二つ、今度は自分から外してしまった。
「え…!」
「そういう事なら、俺の前ではどれだけ可愛くなっても構わない…でも、俺のいない場所では、他のどの男にも君の肌を晒すことはしないで」
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
つまり…スポーツマンらしからぬ服、という言い訳は、本当に言い訳に過ぎなかったのだ。
真意は、自分以外の男性にそんな格好を見せたくないという…所謂ヤキモチ…?
「え…ええと」
胸元を手で押さえて恥ずかしがっている少女の前で、幸村は少しだけ苦味を含んだ笑みをこぼした。
「…まだそんな格好はしないだろうと安心してたのに、今日の君を見て驚いちゃったよ…もしかして、気になる人が出来たのかなって」
「幸村さんは…やっぱりこういう大人びた格好の方が好き、なんですか?」
「いや…別にどうでもいいな」
特にこだわりはない、という素振りを見せて、相手はそこに一言だけ付け加えた。
「どっちの格好でも、君はやっぱり可愛いし素敵だから。服じゃなくて、君が好きなんだ」
「!!」
かぁーっと頬を真っ赤に染めて言葉を失ってしまった少女の前に、頼んでいたココアとマフィンが運ばれてきた。
「さ、飲んで。身体、あったまるよ」
「い、いえ…これ以上あったまったら…何だか、溶けちゃいそうで…少し、冷ましてから…」
「!…ふふふ」
やっぱり、凄く可愛い…
この調子だと、もしそれを口に出して言ったら、暫く彼女が動けなくなるかも…ならここは大人しくしておいてその代わり…
(店の外に出た時に、ぎゅーってさせてもらおうかな…)
密かな企みを胸に秘めたまま、幸村はにこにこと可愛い恋人を前に笑っていた……
了
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