君と辿る家路


*本作品はPS2ゲーム「ドキドキサバイバル」のシチュエーションでのお話です。ゲーム上はオリキャラが出ていましたが、ここでは桜乃ちゃんがメンバーと遭難したという設定で書いています。


「竜崎! 早く来い、船が危ない!」
「でもっ、おばあちゃんがまだ…っ!!」
 大きく傾ぐ船内の廊下にも、外の轟音と激しい雨音が響いてきていた。
 バカンスへと向かっていた筈の大型客船は、乗せていた若者達を連れて、予定していた『航路』とはあまりにもかけ離れている運命へと向かおうとしているのか。
 視覚的にも体感的にも明らかに傾いでいると分かる廊下で、桜乃は今、大きな決断を迫られていた。
 船が沈没すると騒がれている中、彼女は腕を掴んでくる先輩の桃城に抗い、船内に留まることを希望した。
 船と運命を共にしたいと望んでいる訳でなく、人生に絶望している訳でもない。
 ただ、共に船に乗っていた筈の、自身の祖母の姿が見えなかったのだ。
 合宿所に向かう目的で、同じ船に乗船していた複数の学校の男子学生達は、全員が順調に救命ボートを使用して脱出を図っている中、どうした訳か己の身内の姿が一向に見つからなかった。
 ボートに乗っていないという事は、まだ船内にいる可能性が高い。
 普段からあれだけ気丈で豪快な女傑だ、もしかしたら船内の部屋を回って生徒達の避難の誘導をしているのかもしれないと思うと、孫娘はどうしても一人、先に逃げる気にはなれなかった。
「私、やっぱりもう一度、おばあちゃんを探しに行ってきます! 桃先輩は先に逃げて下さい!」
「バッカ! ンなコト出来る訳ねぇだろ! 今は自分の事を守ることの方が先決だぜ、大丈夫、竜崎先生ならきっと無事だ!」
「だけど…やっぱり…!」
 相手の言いたい事も理解出来るし、我侭を言っている事も理解出来る。
 それでも尚、救命ボートへの歩みを進める事が出来ずにいる少女だったが、不意に彼女の身体が宙に持ち上がった。
「え…?」
かと思うと、いつの間にか背後に来ていた一人の若者に前に抱きかかえられてしまい、桜乃は或る意味身動きがとれない状態に陥ってしまった。
「…ごめんね」
 いきなりの実力行使を詫びたのか、桜乃の希望を聞き入れられない事実を詫びたのか、その若者は抱き上げた少女を覗き込むようにしながらそう言った。
 ゆったりとしたウェーブを描いた黒髪と、一見女性的な美麗な顔立ちが印象的な優男だった。
 なのに、触れる腕はとても力強く少女を支えている。
「幸村さん…っ?」
 驚く桃城に、その若者は冷静な言葉で指示を出した。
「桃城、君も急いで脱出の準備をするんだ。このフロアはもう無人だ、確認した」
「は、はいっ」
「あの…っ!」
 自分を抱き上げる幸村という若者に声を掛けようとした桜乃だったが、見下ろしてくる彼の真摯な表情に言葉を封じられる。
「今は、君自身が生き延びて竜崎先生と会う事を考えないと駄目だ。さぁ、行くよ」
 返答を待たずに、幸村はバランスが極めて不安定になっている船内の廊下を迅速に移動して、甲板へと至り、そこに待っていた救命ボートの一つに乗り込んだ。
 やがてボートは船を離れ、木の葉の様に波に翻弄されながら大海の何処かへと運ばれて行く。
(こわい…っ)
 その状況に陥って、初めて桜乃は船内で感じていた以上の恐怖を覚えた。
 祖母を探そうという意志だけが、あの時の自分を励ますと同時に恐怖に対する意識を麻痺させていたのかは分からない。
 しかしその目的もここではもう果たせなくなり、今や彼女は揺れるボートの危うさに慄き、身を縮こまらせ、震えるしかなかった。
「…っ?」
 温かな腕が、冷えた身体を包むように伸ばされて、桜乃はその持ち主を見上げた。
(幸村…さん…?)
 立食パーティーの時に初めて会った、立海のテニス部部長である幸村精市…
 簡単な挨拶と何気ない会話しか交わさなかった人物だったが、優しそうな人だという事は最初から感じていた。
 まさか、こんな時に、それを確認する事になるなんて……
「大丈夫…心配しないで」
「…――――――」
 優しく、庇う様に抱き包んでくる相手の言葉を聞きながら、桜乃はいつの間にか、眠ったのか、気を失ったのかも分からないまま、意識の深淵へ引きずり込まれていった……



 幸いに、若者達は一人も欠けることもなく、何処かは分からない無人島へと漂着した。
 無人島と言っても人の住んでいた形跡はかなり残されており、取り敢えずの生活の基盤は整える事が出来たのだが、彼らを引率していた大人達の行方は依然不明で、生徒達は日々を自力で生き抜きながら、教師達の捜索も続けていた。
 そんな彼らの中で、一際捜索の状況を気にかけていたのは、やはり教師達の中に身内がいる桜乃だっただろう。
 彼女は若者達の手助けを出来る限りで行いながら、日々、気丈に振舞いながらも祖母達の身を案じ続けていた。
 そんな或る日……
「はぁ〜〜…」
「? どしたんだい? 竜崎」
「あ、丸井さん…」
 炊事場で、深い溜息をついた少女の様子に、丁度居合わせていた立海の三年生丸井が声を掛ける。
 違う学校の生徒同士ではあるが、こうして共同生活を続けているとその垣根はすっかり低くなり、殆どクラスメートや先輩後輩のノリになってくる。
「いえ、ちょっと朝御飯のレシピで納得出来ないところがあって、反省してたんです」
「へ? 朝メシ?」
 自分にとっては不可解な言葉に、丸井は首を傾げてみせた。
「何処が? どれもすっげぇ美味かったけど?」
「うーん、火の通り具合が今ひとつで…やっぱりまだ簡易オーブンの調整が甘いのかなぁ…折角素材が天然最高級モノなのに、勿体無くて…落ち込みます〜」
「いや、そこまで極めなくてもいいと思うんだけどさ…」
 どれも美味いと思いながら完食してしまった自分は、まさか舌が貧しいのだろうかと聊か不安になった丸井に、背後からまた別の声が掛かった。
「丸井? 何してるんだ?」
「お、ジャッカル」
「あ……こんにちは、桑原さん」
 丸井にとっては相棒となるダブルスパートナーに、桜乃はぺこりとお辞儀をしながら挨拶した。
 いつもの様に礼儀正しく挨拶をする桜乃に、二年の後輩とのあまりの相違を感じながら、彼は二人を不思議そうに見遣った。
「おう、こんにちは。相変わらず礼儀正しいな……丸井がちょっかい出してたか?」
「いえ、違いますよ、逆です。私がしっかりしていないから、気を遣わせてしまっただけで…」
「覚えてろよい、ジャッカル」
 むっとしている相棒はそっちのけで、ジャッカルは桜乃に尋ねた。
「お前が? しっかりしてない?…」
 自分の目からも日々の努力が伺える少女が、何故そこまで自分を卑下しているのか、と思った男に、桜乃は丸井に対してと同じ説明をした後に少しだけ肩を落とした。
「気合が抜けているんでしょうか、私…心では分かっているんですけどね、空回ってるのかも」
「いや、別にそういう訳ではないと思うがなぁ…」
 どう言葉を掛けたらいいものか、と悩むジャッカルの脇から、丸井が口を挟んできた。
「ウチの部長に相談してみたら? ビシッと気合入れなおしてもらってさ」
「え? 幸村に?」
 ジャッカルが聞き返したところで、丸井は笑って頷いた。
「アイツって結構びしっと言う時は言うじゃんか、そこは部長の貫禄ってヤツ? 俺達じゃ力不足だろうし、かと言って真田相手じゃ、ひきつけ起こすかもだしなぁ…幸村だったら、そこは加減してくれるだろい?」
「幸村さんがびしっと…ですか…そう言えば、いつも優しく笑ってらっしゃるところしか見ていませんでしたから、思いつきませんでした。でも確かに部長は幸村さんですが、厳しさで言えば真田さんの方が上かなーって思っていましたけど?」
「……」
「……」
 無邪気な桜乃の質問に、丸井とジャッカルは無言になり、何とはなしに顔を青くしつつ背を向けた。
「えーと…まぁ、それはよぃ…」
「俺達はノーコメントってコトで…」
「…???」
 何となくそれ以上の追求は避けられている様な印象を受け、桜乃は発言を控えてしまったが、思い直してみて、ふむ、と頷いた。
(幸村さん…か…そうねぇ、ちょっと気合を入れ直してもらったらいいかも)
 あの立海の部長を務めている若者なのだ、確かに厳格な一面もあるのだろう。
『駄目じゃないか、しっかりしないと』
 ちょっと想像はしにくいが、これぐらいはびしっと言われるかもしれない…丸井さんや桑原さんの様子だと、もっと厳しいのかもしれないけど…
(…行ってみようかな)
 決心を固めた桜乃は、二人に礼を言うと、そのままとことこと幸村の許へと向かった。


 彼は丁度、時間割の合間に、砂浜を歩きながら青い海を眺めていた。
 日光に映える色の白さは、長い入院生活によるものだけではなく、元から色素が薄いのかもしれない。
 その端正な顔も併せ、整ったスタイルは、男女問わずに目を惹くだろう。
 しかしその外観にそぐわぬ闘争心を秘めている男は、今は静かに心地良い潮風を受け、潮騒を聞いていたが、その音に混じって誰かが砂を踏む音を聞き取り、そちらへと目を向けた。
「!…ああ、竜崎さん」
 無表情だった彼の口元がふっと緩み、優しい笑みを浮かべると同時に、彼の身体は海から少女へと向き直った。
「どうしたの? 君も散歩?」
「あ、い、いえ…その、幸村さんに少し相談があって…いい、ですか?」
 微笑む幸村とは対照的に、桜乃はちょっと不安げな表情を浮かべている。
 相手が心地良さそうに海の音を聞いていたのに、自分がそれを妨げてしまったのではないかと思っていたのだが、幸村は首を振ってすぐにそれを否定した。
「いいよ、勿論。俺に何か出来ることがある?」
 その笑顔はいつもと変わらずにとても優しく、桜乃は思わず照れて赤くなりながら俯いてしまった。
(うわー、本当に素敵な人だなぁ…って、いけないいけない、そういう事を考えちゃうから、気合が入らないんだ、きっと。ここは一つびしっと厳しく言ってもらって…)
「…竜崎さん?」
「あ、あのう…実はですねぇ…」
 訝しむ相手に、桜乃は意を決して朝の事を話し出した。
 上手く説明出来ているかは自分でも分からなかったが、それでも相手は桜乃が話している間、じっと静かに、頷きながら耳を傾けてくれた。
「…という訳で…」
「ふぅん…そんな事があったんだ」
「はぁ…で、その…一言…」
 そこで本題に入ろうとしながらも、さてどう言えばいいものか、とちょっとだけ躊躇していた桜乃に、ふわ…と幸村の手が伸ばされる。
「!?」
 それに気付いた時、少女は既に相手の胸の中に優しく抱かれていた。
(ええ〜〜〜〜〜〜っ!?)
 当然、そういう事は想定になかった桜乃が硬直して何も言えなくなっている間に、相手は厳しいどころか、労わるような笑みを浮かべつつ、少女の頭をなでなでと優しく撫でている。
「あ、あの……あのっ…」
「よしよし、可哀想に」
「〜〜〜〜〜」
 厳しく気合をいれるどころか、最上級の甘やかされ振りに、ひゃあ〜〜〜〜っと桜乃は真っ赤になって言葉も失ってしまう。
 沸騰してしまった頭では、もう『厳しく叱って下さい』などと願うゆとりもなくなっていた。
「…大変かもしれないけど、無理はしちゃ駄目だよ。困ったことがあったら、いつでも俺に言ってくれて構わないから…」
「は…はいっ…」
 そう答えるしかない桜乃はそれからも暫く幸村の腕の中に捕われ、ようやく解放された時には、赤い顔を隠すために無言で俯くしかなかった。
「…あ、そう言えば、何の相談だったんだっけ…?」
 今更そんな事を言い出した立海の部長に、少女はぶんぶんと首を激しく振って必死に誤魔化した。
「いいい、いえいえいえいえいえっ!! もっ、もう済みましたからっ! はい、済みました! 聞いてもらって有難うございましたっ!」
「?…う、ん…聞くだけで良かったの? なら、お安い御用だけど」
(とても『聞くだけ』じゃなかった様な気が…)
 でも突っ込むのはやめておこう、と思い、桜乃はそれからもぺこぺこと頭を何度も下げながら幸村と別れた。
(うあああ〜〜〜〜〜! ぎゅーってされた…なでなでってされた〜…!)
 小さい頃ならばともかく、こんな事を異性からされたのは無論初めての少女は、慌てながら元来た道を走っていく。
 どきどきするけど嫌じゃない、と言うか、寧ろ嬉しいと思ってる…手足が勝手に動き出しそうなくらいに。
 これってきっと、慰められたから…だけじゃない、よ、ね…?
(ああ、どーしよ〜〜〜! もう気合なんて入れるどころじゃないよう〜〜〜!)
 でも、このままじゃきっとハッスルしてしまうから、今度は逆に落ち着かないといけなくなってしまった!と、それからも桜乃は心の中でじたばたと転げ回っていた……



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