帝王登場…
いつもの仲間の中に、見慣れない女子がいることにすぐに気付いた氷の帝王、跡部景吾は、桜乃に身体を向けて不躾に上から下までを眺め下ろすとあからさまに怪しむ視線を向けた。
(うっ、跡部さん…相変わらず俺様モードって感じ…それも自信に裏打ちされたものなんだろうけど…)
「…何だ? 誰が連れ込んだ、この女は」
「お前さんやろ、跡部」
「あん?」
その返事の理由を簡単に跡部に説明すると、相手はほーと何かに感心しながら桜乃を再度見下ろした。
「単にお前がドジだっただけじゃねぇか」
「……」
『堪えて! 気持ちはよ〜〜〜〜〜〜く分かるけど、堪えてくれっ! お嬢ちゃんっ!!』
言葉も無い桜乃を背後から必死にフォローしている忍足の気苦労を知ることもなく、跡部は続けてさらりと言い放つ。
「まぁウチの者が仕出かしたことだから、けじめはつけなきゃな。お前を連れて来た奴らはクビにしよう」
「やめてえぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
そんな事あるわけない…という日吉の言葉をあっさりと覆してしまった男の即断に、桜乃は必死に相手に取り縋って懇願した。
その背後では、まさか本当にやるとは…と日吉達が青くなっている。
「わっ、私のことはもういいですからっ! そういう事は止めて下さい〜〜〜〜〜っ!!」
「何だ? けじめはけじめだぞ」
「そういうけじめは要りませんから!! 自分の所為で誰かが路頭に迷うなんてゴメンですっ!」
「面倒な性格だな…」
(アナタ程では…)
最後の言葉は良心が邪魔をして心の中でのそれになってしまったが、兎に角、桜乃は跡部の案には断固として首を振らなかった。
「…しかしそうなると、お前にタダ働きをさせたことになるからな…」
「そんなに言う程働いてもいませんよ、気にしないで下さい」
そんな二人のやり取りが交わされている中、不意に日吉に抱えられていた芥川がかろうじて瞼を開き、くい、と顔をそちらへと持ち上げた。
「…あ〜〜〜、パーティーに参加する人〜?」
「はい…?」
「楽しんでいくといいよ〜〜、跡部の家の料理って、すごーく美味しいからさ〜〜〜…」
言うだけ言って、芥川は再びがくっと死んだ様に項垂れ、夢の世界へと旅立っていった。
しかし、彼の一言は、堂々巡りになりそうだった桜乃達の議論に一筋の光明をもたらした様である。
「ふむ…それもありだな」
「え…」
「ま、仕方ない、この程度で蹴りをつけるのは不本意だが、お前もパーティーに参加していけ。特例として俺様が許可してやる」
「ええ!?」
驚く桜乃の隣で、うんうんと他の仲間達が頷く。
「いーんじゃねーの? それなら」
「お互いに納得も出来そうですしね」
「確かに跡部のトコのメシは美味いんだぜ、なかなか食べられるもんじゃねーから、この際味わっていったらどうだ?」
「…はぁ」
もしここで断ったら、またさっきと同じ議論が再燃してしまうかもしれない…
丁度働いて小腹も空いてきたし…
「じゃあ…お言葉に甘えます…」
社交界や財界の話の内容はさっぱり分からない…
ステージの上でお偉いさん方が退屈な話をして、それを何とか遣り過ごし、ようやく氷帝メンバーと桜乃は目当ての料理にありつけていた。
今日の会は立食パーティーということで、メンバーと桜乃は彼ら専用のテーブルが与えられ、大人達とはあまり会話をせずに済むような感じで食事を楽しんでいた。
流石に今まで眠っていた芥川も、今はバッチリ開眼し、好物を皿に積み上げては舌鼓を打っている。
「おいC〜〜!!」
「ジローさん、唾を飛ばさないで下さいよ」
「宍戸さん、何か取りましょうか?」
「んー、そうだな…」
「あー、やっぱうめー! これだから跡部の家のお誘いは断れないんだよなー」
各々が美味しい食事を食べ続けている中、桜乃は彼らほどの大食漢ではないので、ちまちまと少しずつメニューを確認しながら頂いていた。
「…お嬢ちゃん、あまり食べてないな」
「は、はぁ…何となく雰囲気負けしちゃって…料理は凄く美味しいんですけど…ダメですねぇ、庶民ですから」
時々、大人達から飛ばされる視線に棘を感じて、桜乃はどうにも居心地が悪そうに小さくなっている。
元々こんなパーティーに来る様な格好でもなく、いかにもなカジュアル服が、却って浮いてしまっているのだ。
「ああ、すまんなぁ、気付かんかったわ…却って不愉快な思いをさせてしまったみたいや」
せめて物好きな奴らの視界に入らない様に、と、忍足が桜乃を庇うように立ってくれた。
「あ、いいんですよ、大丈夫です。私が飛び込みみたいな形で来てしまっているんですから…でも本当にここのお料理って美味しいですね。勉強になります〜」
「え、ナニナニ、君って料理すんの?」
興味津々の芥川にずいっと迫られ、少女は照れ臭そうに笑った。
「ええ…でも本当にフツーのものぐらいしか作りませんけど…肉じゃがとかきんぴらごぼうとか、五目御飯とか…そんなのばかりです」
何を仰るウサギさん!!
周囲の男達が桜乃を尊敬の眼差しで見つめた。
下手なフランス料理とかそういうものではなく、寧ろそういう素朴な料理の方が男心には響くのだ。
「すげー!」
「それだけ出来るなら大したもんだろ」
賛美の声を上げていたところに、どうやらお偉いさん達との挨拶を一区切りつけたらしい跡部が割って入って来た。
「また何を騒いでんだお前ら…」
「あ、跡部さん、お疲れ様でした。ご挨拶、終わったんですか?」
「ああ、まあ一応な…どうせまた行かなきゃならねぇんだが…ったく、いちいちうるせぇんだよ、今から許婚決められてたまるか」
「い…っ!!」
「…跡部さんの家は日本屈指の富豪だからな……そういう家では、若い内からそんなお節介みたいなものも普通に存在するんだ。本人にとっては迷惑そのものかもしれないが」
ぎょっと驚く桜乃に、日吉が簡単に説明してくれた。
ぶっきらぼうに見えて、実は面倒見が良い若者なのかもしれない彼の台詞に、渋い顔をしていた跡部は不本意ながらも頷いた。
「全くだ…自分の相手ぐらい自分で決める…と言っても、流石に一人一人断るのも面倒になってきたな……止めた、そんな話はこの場所ぐらいではなしだ。で? 何を話していた?」
(跡部さんって…)
興味なさそうに見えて、自分達の話題をしっかり聞こうとしたり、忙しいだろうに、ここに足を向けてくれたり…
一人っ子…だったっけ…なら、自分にも何となく分かる。
きっとこの人のコトだから寂しいと思ったことなんかないって言うんだろうけど…
少しだけ、桜乃が切なげな表情をした脇で、芥川が目をきらきらさせながら彼女を指した。
「この子、料理が上手いんだって〜、肉じゃがとかきんぴらとか、五目御飯とか、作れるんだって、すっごいよね〜〜〜〜!!」
「…ニクジャガ? キンピラ?」
復唱した跡部は、それからじっと桜乃を不思議そうな目で見つめ…
「…何だそれは、聞いたことないし食べたこともない」
と思い切り爆弾発言をかましてくれた。
「ええええええ!!」
あの日本食の真髄とも呼べる肉じゃがすら知らないっ!?
この人、一体何処までブルジョワなの!?
吃驚している桜乃を他所に、跡部本人は聞いたメニューに異様な興味をそそられた様で、更にじーっと彼女を見つめていたが、何かを決めたのか、びしっと相手を指差した。
「丁度良い、作れるならお前、今から作ってこい。厨房を貸してやる」
「はい!?」
「材料は多分何でも揃っているから、好きに使ってくれていい…こういう料理も少し食べ飽きていたところだ、余興ついでに作ってみろ」
「えええ、でも…こんな立派な料理程ではないですよ!?」
「構わん、お前にそこまで期待している訳でもない、余興だと言っただろう」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
『お嬢ちゃんっ! 堪えて! 堪えて〜〜〜!!!』
『俺達が代わりにお詫びしますから〜〜〜〜!!』
氷帝のメンバーも大変だな…と思いながら、仕方なく桜乃は傍にいたメイドに連れられて、一時その場から撤退した。
「跡部…お前さんももう少し柔らかい言い方を身につけた方がええで…」
「別に構わねぇだろ…悪いな、今はちょっと女には優しく出来そうにねぇんだよ…許婚とか何とか騒がれてきたばかりだからな」
「そうは言うてもなぁ…・ん…」
「?」
「そう言えば跡部…彼女が料理した後でで構わんから、適当にあの子に服を貸してもらえんか?」
「何でだ?」
忍足の交渉に、向日が割って入ってくる。
「いやほら、こういう場所にああいう格好はちょっとそぐわないだろ? 何か、居心地悪そうだったからさ〜…気の毒じゃん」
「……」
周りの他の男達を見ても、どうやら彼らも桜乃に一票を投じるようだ。
「…何だ? 随分とあの女を贔屓するじゃねぇか。他のファンにはつれないお前らが」
『いや、面白そうだし』
「?…まぁいいぜ。調理が終わったらドレスの一着ぐらい貸してやろう…」
そこまで言った跡部は、何を思ったか急に静かになって顎に手を当て考え込む。
「…どうしたんです」
日吉の呼びかけに、帝王は沈黙の後に或る物騒な提案をする。
「…いっそアイツを俺様の恋人にするってのも手だな」
「は!?」
「無論、建前だ。嘘でもそう言ってりゃ今のところ言い寄ってくるジジイどもは黙らせられるだろう…ほとぼり冷めてから無いことにしたらいいしな…飽きて捨てたとでも言えば」
「嘘でも話し合って別れたことにしろよ」
向日が心底桜乃を気の毒に思いつつ言ったが、それでこの男が改めないだろうことも知っている。
「っつか、そんな猿芝居で納得させられるのか?」
宍戸は、どうも垢抜けていない少女の外見を思い出しながらそんな批評をしたが、跡部はふんと鼻で笑って一蹴した。
「どうせこの場だけの付き合いだ、明日になればまた氷帝と青学に別れるのに、何を気遣う必要がある。本名も何もかも伏せておけばいい」
「…何か、ヒドイ計画が進んでいるのだけは分かる〜」
「それだけ分かれば十分や」
まぎゅ…と料理を口に頬張りながら芥川があくまで呑気な一言。
しかし隣に立つ忍足は、フェミニストの呼び名に相応しく、いつになくきつい視線で帝王をじっと見据えていた。
「…跡部、確認するが、本当に嘘の話やな? 本気じゃないんやな? 下手したら一人の女性の人生を壊してしまうんや、ちゃんと考えてモノ言いや?」
「ああ…分かってる」
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