夢の学園祭(中編)
以上、回想終了。
「……」
「……」
「……」
「……」
呆れて声もないのか、それとも怒りで声が出ないのか…
そんな様子の三強に、今度は桜乃本人も加わり、切原を囲んで無言の抗議。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ!」
涙目になって謝り倒す後輩を、ジャッカル達が憐れみもない目で冷やかに見つめる。
「おお、魔の三角地帯(バミューダ・トライアングル)が四面楚歌になっとる」
「ここまで来ると流石に助ける気は毛頭ありませんけれどね」
詐欺師と紳士が呟いていると、その間に何とか発声機能が復活した桜乃達が改めて切原の無茶振りを責めていた。
「ミニスカ、ニーソって、女性でも覚悟が要るスタイルなんですよーっ!?」
「お前はこの立海テニス部に、何か恨みでもあるのか赤也…」
桜乃と真田がそれぞれの苦言を呈している脇で、幸村も珍しく眉をひそめてあからさまに不快の表情を浮かべている。
「君は、人に迷惑を掛けないと生きていけない奇病にでもかかってるの…?」
「比べるのは甚だ不謹慎と分かっているが…お前の病より余程タチが悪いなそれは」
どんなに後輩の軽率な行動を責めたところで、最早時間を巻き戻す訳にはいかず、彼らは桜乃の人身御供に頼らざるを得なかったのだが、流石にそうなると桜乃もすぐに了承という訳にはいかなかった。
「ダメダメダメ!! そればっかりは無理です! ふ、太腿晒すなんてそんな恥ずかしい…っ」
「頼む桜咲っ!!」
「ここは犬に噛まれたと思って!! いーじゃんかよい、オメーの足、野郎の癖に結構細くて長くて綺麗なんだし!!」
「何の話してるんですか!…って、普段何処見てるんですか丸井先輩のエッチー!」
攻防の中、珍しく素直な後輩に反撃された丸井ががーんっ!!と凄いショックを受けて背中を向けて打ちひしがれる。
「…ヤローに…よりによって桜咲にエッチって言われた…俺もう首吊りてー…」
「しっかりして下さい丸井君!」
よよよ…と、嘆く友人を必死に浮上させようとしている紳士の努力の一方では、詐欺師が頑なに衣装の変更を拒む後輩に近づいていた。
これ以上放っておいたら、いつまでも収拾がつかなくなると判断したらしい。
「桜咲、すまんが年貢の納め時じゃけ…お前さんが着てくれんいうことになれば、いよいよレギュラーの誰かが代わりにそれを着んといかん。覚悟を決めんしゃい」
「でもでもでも〜〜〜!!」
うえーんっと泣く寸前までいっている桜乃に、しかし詐欺師は恐怖の追い討ちをかけた。
「…ほう…ならいいんじゃな?」
「…え?」
「知らんぜよ…今回の赤也の失態の責任を取る形で、目付け役の真田が女装する羽目になっても」
「!!」
「更にその女装が切っ掛けで、真田が別の趣味に目覚めてしまったりしてもいいんじゃなぁ?」
「!!!!!」
陰を含んだ笑顔でそう囁く仁王の背中に黒い羽が見えた気がした…ついでに尻尾も。
夢だ、これはあくまでも夢の話…と桜乃が必死に自分に言い聞かせても、そうしたら今度は、再びこのシチュエーションの夢を見た時に女装姿の真田が出てくるかもしれない!という更なる恐怖が彼女を襲った。
現実世界では決してバレないだろう膝上スカートニーソ姿の刑と、今後夢の中では真田の女装姿が確定の刑…どちらが少しでも心と心臓に負担が軽いかと言えば…
「…やらせて頂きます…っ」
当然、前者の方だった。
「良かったのう、丸く収まって」
「但し!!」
これでひとまずは一応の解決…といった仁王の台詞だったが、しかし桜乃のきつい口調の言葉がそれを遮った。
「ん…?」
「引き受けた以上はやりますけど…少しは僕にも見返りがあってもいいですよね…?」
こんな恥ずかしい事をさせられるワケですから、と迫る後輩に、しかし先輩達は誰一人言い返せない。
「…そうだな、桜咲の責任でこうなった訳ではない。然るべき報酬は得るべきだろう」
論理的に考えてもそれが筋だと語る柳に続いて、ジャッカルが切原の襟首を掴んでひょいっとぶら下げた。
「じゃあ、そもそもの迷惑掛けた張本人を十発殴るとか?」
「うわ〜〜〜〜っ!! なんてコト言うんスかジャッカル先輩っ」
ひーっと青ざめる切原だったが、全く手放す様子の無い相棒に丸井が淡々と言った。
「江戸の仇を長崎で討ちまくってんな、ジャッカル」
でもまぁ気持ちは分かるし、それぐらいなら俺も許すかも…と丸井もまた心中で厳しい判定を下していたが、元が平和主義の桜乃の望みはそういうものではなかった。
「そうじゃなくて……部活内での僕の服の準備の時間と…学園祭終了後、相手をしてほしいんです」
「相手?」
服の準備期間については分かる、しかし学園祭後の相手、とは…?
何の事だと詳細を尋ねる真田に、桜乃はレギュラー達全員の顔を見つめながら願いを述べた。
「無事に学園祭が終了したら、報酬として皆さんとのテニスの試合を希望します! 僕みたいな非レギュラーは到底皆さんの相手にはならないでしょうし、相手をするだけ無駄な時間でしょうけど…その無駄な時間を僕に下さい!」
「え…」
実は、もっと金銭的なものとか即物的な報酬を求められるかと考えていた部長達は、意外な後輩の願いを聞いて目を丸くした。
「俺達は誰も無駄とは思わないけど…そんな事でいいのかい?」
「はい」
今日の朝練に参加出来なかった埋め合わせであると同時に、こうして約束しておけば玉拾いのみで終わる事もないだろう。
きっと自分は現実と似たような能力しか夢の中ではないのだ、こんなチャンスは絶対に手放せない!
「……」
幸村はそこでレギュラー達の目を見渡し、誰もが拒絶の意志を見せていない事を確認すると、代表する形で首を縦に振った。
「いいよ、じゃあ部活の時間は君の準備期間に当てて、海原祭が終わったら俺達が君のテニスの試合の相手をする。特別コーチもおまけで付けるよ、それでいいかい?」
「はいっ!! 皆さんと試合させてもらえるだけで、凄く嬉しいです!!」
「…………」
純粋無垢な瞳で心からそう言われると、こちらの方が嬉しくなってくる。
それにしても、ここまで素直で可愛いと…
(……女の子だったら良かったのになぁ…)
「…? 何か?」
「いや、何でも」
全員の不思議な無音時間に桜乃が訝しんだが、丸井があっさりとそれをかわし、上手く誤魔化すタイミングで柳が逆に桜乃に質問した。
「許可を与えた後になって何だが…服飾にはそれほど時間がかかるものなのか? 既製品でもそこそこ出来のいいものはあるだろう」
「はぁ…膝上ニーソじゃなかったらそれで十分だったんですけど…」
理由がどうあれ部活に参加出来ないのは残念だし申し訳ないと、桜乃の表情も冴えなかったが、どうしても補整の時間は必要だとそこは譲れなかった、何故なら…
「…スカートって、膝上の長さだとどうしても『見えちゃう』可能性があって…『見えそうで見えない』ラインを維持するのにはかなりの技術が要るんですよ」
「ほう」
「勿論、基は既製品を使いますし、下にはスパッツなり何なり穿きますけど、それが見えたら激しくマイナスじゃないですか」
「そうだな」
「どうせやるなら、最後まで綺麗にやり遂げるのが一番だと思って」
「納得だ、しかし…」
「はい…?」
「……いや、何でもない、この質問は止めておこう」
「?」
普段は知識欲が半端ない参謀が珍しく質問を取り下げたが、その内容は桜乃以外のメンバーには全員分かっていた。
(何でそんなコトを知ってるんだ…?)
男がそこまでスカートの縫製について詳しいなんて……まさか…いやいや、きっと親か誰かに聞いたに違いない…と思っておこう!
聞きたくもあるが聞きたくもない…そんな微妙な胸の内をメンバーが隠す中で真田がその場を取り纏めた。
「では、これより海原祭当日まで桜咲は部活での活動は免除とする。まぁ今ならさして支障はあるまい…それと」
そこまで言った後、いきなり副部長の声色がオクターブ落ち、そのこめかみに青筋が数本浮かんだ。
「…赤也と仁王は、後で俺の所に来るように」
「うげ…っ!」
「ちっ」
丸く収まっても不名誉な引き合いに出されてしまった真田がしっかりと二人にきつく申し伝える一方では、話が終わったことで、改めてかっくりと気落ちしてしまった桜乃を部長達が労っていた。
元々彼女には一片の非もないのに人柱になってしまった様なものなのだ、慰めるのは当然のことだろう。
「苦労かけるね、桜咲…」
「何か、俺達に手伝えることがあればさせてもらうぞ…女装以外で」
「うう、有難うございます〜〜…」
そして、それから桜乃は夢の中であるにも関わらず、必死にスカートの縫製に明け暮れる三日間を過ごしたのである…
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