そして一つを食べ終わったところで、彼はふと別の手土産に気付いてようやく妹を宥め終わった相手に改めて声を掛ける。
「白石、少しだけど俺の育てた花を持って来たんだ。何処かに飾れないかな」
「ん? ああ…っと、そうか、そっちの花瓶はもう跡部のヤツので塞がっとったな」
「跡部?」
相手の視線を受け、くりんと幸村が首を巡らせると、サイドテーブルの上に置かれているバラの花束が生けられていた花瓶に目が行く。
特等席と呼べる場所に置かれたそれを眺めた後、幸村は無言のまま再び首を巡らせ…
「………」
今度は、部屋に据え置かれていたダストボックスに目を遣った。
「………」
「……幸村…言うとくけど、花に罪はあらへんからな」
ずもももも…と黒いオーラが客人の背後に湧き上がっていくのを感じながら、白石は先にそう断った。
正直、妹の事を考えると跡部も心から歓迎出来る相手ではないのだが、そこまで心が狭くもなれないし、こんなに頑張って綺麗に咲いている花々をどうかするのも気の毒だ。
向こうも趣味が園芸である以上、植物を愛する人種の筈だ、本気で考えている訳ではないだろうと思っていると、その通り、幸村もあっさりとそこは引っ込んだ。
「冗談だよ、バラは綺麗に咲かせるには凄い苦労が要るからね…じゃあ、別の花瓶を借りてきて生けようか」
「そうしたらええわ」
そう言って、幸村が花束を持ったまま外に出て行った後、桜乃は改めて嬉しそうに兄に話しかけた。
「お客様、明日も来るんだって! 楽しみだね、くぅ兄ちゃん」
「…ホンマに涙が出そうになるわ」
その感動の意味合いは激しく違ってくるけれど…
それから暫くして、ナースか他のスタッフから花瓶をまた借りてきた幸村が、なかなかのセンスで花々を活けて持って来た。
「綺麗な花瓶を貸してもらえたよ。花があるだけで、部屋の中のイメージは随分と違って見えるからね」
「お、上手いもんやんか」
「わぁ、綺麗〜」
そして、彼は真っ直ぐに桜乃のサイドテーブルに寄ると、そこに自分の花瓶を置いて、代わりにそれまで置かれていた例の跡部のバラが生けられていた花瓶を手に、部屋の窓際へとさっさと持っていってしまった。
「…」
「あれ? そっちに持って行っちゃうんですか?」
「うん、その方がインテリアとバランスが合うから」
「へぇ〜〜」
真実はおそらく幸村と、無言を守る兄だけが知っている…
(やっぱり自分も男やな、幸村…)
まぁこいつがいなくなったら、その花瓶も遠くに離しておこう、とこっそりと白石が画策している一方、花瓶を置き終わった幸村がふと離れた場所のファックスへと目を遣った。
無意味に目を向けたのではなく、微かな機械音がそこから聞こえてきたからだ。
「…白石、何かファックスが来ているみたいだよ」
「へ?」
促されてそちらに足を向けると、確かにロール仕様の感熱紙が、べろべろべろ…と排出されている真っ最中だった。
「ん〜? 何やろコレ……あ」
まだ途中だったのでカッターで切るワケにもいかず、白石はその排出された分を持ち上げてしげしげと眺め、声を漏らした。
「…アイツらやん、全く…」
その紙の一番上にマジックらしきもので書かれていたのは『おみやげリスト』という端的な一言だった。
それからは延々と、お土産に希望していると思われる物品が箇条書きで並んでいる。
この荒ぶる筆跡は…間違いなく金ちゃんだ。
という事は、このファックスの向こうにいるのは四天宝寺の面々か。
「お兄ちゃん、なぁに?」
「ああ、金ちゃん達がお土産に欲しいヤツを書いて送っとるんや…ったくこんなに買えるワケないやろ。ま、終わったら改めて見よか」
「うん」
「君達のところも仲が良いね」
しかし、それから十分後…
べろべろべろべろ…
「…………」
「…………」
「…………」
かなりの紙を排出しているにも関わらず、未だに通信は切れる気配が無い。
更に十分後…
べろべろべろべろ…
「…………」
「…………」
「…………」
周囲の床が紙で白く埋めつくされつつあっても、まだファックスは絶賛稼働中。
そして更に十分後…
べろべろべろべろ…
「〜〜〜〜〜!!!」
ぶちっ!!!!
遂に、ファックスの永久運動を眺めていた白石の中の何かが切れた。
「だ〜〜〜〜〜っ、つきあっとれんわ!! 幸村―っ!! 電気屋呼べ、電気屋〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
白石はロール紙に身体を巻かれつつある状態で怒り狂い、桜乃はこれからどれだけそれが続くのかという恐怖で青くなり、幸村は呆れた顔で仕方ないと自分の携帯を取り出していた。
「あ、もしもし跡部、悪いんだけどちょっと来てくれる? そろそろ白石が限界みたいだからさ」
『今度は何があったんだ…』
返って来る帝王の声も、完全に呆れていた……
「で、早速これを利用した目的が、土産の要求だったと…」
跡部が呼ばれ、再びその部屋を訪れると、彼の前には巻物と思しき丸みと厚みに溢れたファックス用紙が厳かに置かれていた。
「よ、よかった〜〜…あのまま永遠に終わらなかったらどうしようかと…」
「ワケ分からないけど無意味に恐いものってあるよね…」
うんうんと桜乃と幸村が頷き合っているところで、跡部がその巻物を取り上げる。
「聞くだに馬鹿馬鹿しいが、俺にこれをどうしろと?」
そんな問いに、目の前に座っていた白石が、両手を組んでそれを顔の横に持っていきながら愛想を振りまいた。
「いや、この世知辛い世の中やから、歳末助け合いにご協力願いたいと」
「そこから突き落とすぞ」
落ちたら痛いでは済まない階数の部屋でさらっと跡部が答えたが、筋金入りの関西人はしっかりと食い下がる。
「だってこんだけの土産、俺の小遣い程度じゃ到底賄えんもん」
「賄わなけりゃいいだろうが!! なに部長がパシリの真似やってんだ!」
当然とも言える氷帝の部長の指摘だったが、対する四天宝寺の部長も引き下がらない。
「自分は金ちゃんらのスッポン並のしつこさを知らんから言えるんや!! こっちが泣いても縋っても腹を切っても、譲歩して分かった言わん限り、図太い耳なし法一みたいにとっことんまで追い詰める手を休めんのやもん、あいつら…! 耳なし法一の集団に追いかけられるん想像してみぃ! めっちゃコワイやろ!?」
「前の二つはともかくとして、腹を切ったってのは嘘だろう…つか、お前の学校はナニを育成してるんだ? マジで」
跡部が鋭く突っ込みを入れると、白石は一瞬押し黙り、ぼそ…と言った。
「間近におったら毒手で黙らせる手も使えるけど、今はこっちは手ぇ出せんし…このままやとまた新たな怪談の犠牲者が…」
「何だ怪談ってのは…手を出せないのは向こうも同じだろうが?」
「いや」
即答し、白石はびしっと呪われたファックスを指し示した。
「こっちから返答がなかった場合、また同じものを送るってさっき連絡が…」
それを言い終わらない内に、再びファックスからべろべろべろ…と例の嫌な音が聞こえて来た。
「きゃ〜〜〜〜〜っ!!」
「電気屋〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」
怯える桜乃の声と憤る跡部の声がミックスし、そこはまた少し騒がしくなった…が、何とか跡部が強制手段でファックスを止め、事なきを得る。
(…白石の髪の色、もしかして地毛のものなのかな)
あれだけ苦労を背負い込んでいると、白髪になるのも何となく理解出来る…と幸村がこっそり考えている間に、更にその問題の部長は跡部に畳み掛けていた。
「な? こうしてファックス止めて攻撃の手を防ぐやろ? だけど、次はどういう攻撃が来るかというまた新たな恐怖が…」
「分かった分かったもういい!!」
何でこんな下らない問題に自分が巻き込まれてんだ!!とやり場のない怒りに襲われていた跡部が遂に折れた。
ロール紙の長さはかなりのものだが、書かれている品物そのものはご当地限定のストラップとか名物菓子折り程度のものなので、全てを合わせても跡部にとってははした金の出費で事足りる。
下らない無駄な時間を過ごす方が損だと考えた跡部は、仕方がない、と土産物の準備をすると約束してくれた。
「おおきに、この借りはいつか必ず」
「返すならお前の妹を寄越せと」
「代わりに小春をくれたるわ」
そこはきっちりと断ったところで、丁度良く、看護婦が部屋の中へと入って来た。
「白石さん、検温の時間ですが…」
「あ、はい」
「ああ…もうこんな時間だったのか」
跡部は充実し過ぎるぐらい充実した一日を過ごした所為で時間の感覚が鈍くなっていたのか、腕時計を確認して軽く頷くと、部屋にいた全員を見渡した。
「設備が充実してると言っても、必要なのは身体の休息だ。あまり邪魔するのもこいつに良くない。俺はそろそろ暇するぜ、幸村、お前は?」
「うん、俺も今日のところは帰るよ。桜乃ちゃん、またね」
「はい、今日は有難うございました」
桜乃と別れの挨拶を交わし、出て行こうとしたところで、ふと跡部が白石の傍に寄り、ぼそっと小さな声で囁いた。
『幸村のヤツの花瓶、俺のと取り替えておけ』
『眼力は健在やね、ホンマに…』
見抜いていたか…と白石が感嘆しながら跡部と幸村を見送り、二人は廊下を歩いていたところで、跡部が徐に自分の携帯を取り出した。
「? まだ仕事が残ってるのかい?」
「いや、これは私用だ…白石のヤツはしっかり言ったからな、借りは返すと」
ニヤ、と意味深な笑みを浮かべ、帝王は程無く繋がった携帯の向こうの相手と話し出した。
「ああ、じいか?…ああ、俺ももうすぐ帰宅する。それより、ウチに各中学のテニス部部員についての資料があったな? その中に四天宝寺のものも含まれていた筈だ…その中のレギュラー達を…」
跡部の口調は最後まであくまで全く淀みなく、躊躇いが無かった。
「今日中に拉致してこい」
「…君の辞書には不可能なんて文字はないんだね…悪い意味でも」
その現場を見ながらも、止める素振りも見せず呑気に通報しちゃおっかなーと軽く考える立海の部長だった…
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