「無駄に広いよなぁ〜」
「マンションでも建てりゃいいのに」
 気を取り直して好き勝手な事を言っているジャッカルと丸井に、桜乃が申し訳なさそうに声を掛けた。
「荷物、持ってもらってすみません」
「ああ、気にすんな。こんだけ沢山のお弁当を作ってもらったんだ、これぐらいはやらないとな」
「サンキューな! おさげちゃん、今から楽しみ〜〜!!」
 十段重ねの重箱を四つ使って作った特製弁当を二人は軽々と手に持って歩いている。
 受け取る時に、『自信作』とも言っていたし、今日は特に、量も質も期待出来そうだ!
「しかし長いッスねぇ…普通に来るお客もこれじゃあ大変だ」
「そういう客には送迎用の車が準備されるらしい」
 既に調査済みとばかりに、柳が切原の台詞に答えを返す。
「え!? マジ!? じゃあ何で今日は…」
「体力ある俺達なら不要だろってあっさり切り捨ててる姿が目に浮かぶね」
「……」
 部長の鋭い一言で、切原も無言になった。
 確かにその通りだ…
「…竜崎は大丈夫かの?」
「はい、お荷物も持って頂いてますし、全然平気ですよ」
 部員に労わられながら、桜乃は彼らと一緒に無事に邸の玄関へと辿り着き、そこから中へと通された。
 玄関の高さも首をかなり曲げる程に高く、迎えてくれたのは執事らしき男性達と、見紛うことなきメイド達。
『いらっしゃいませ、お客様』
 全員が一斉に頭を下げて彼らを迎え入れ、まるで何処かの貴族の家の様な光景に、桜乃はきゃ〜っと内心嬉しい悲鳴を上げていた。
(うわ〜〜、綺麗〜〜、真似事じゃなくて本物のメイドさん達だぁ、可愛い人ばかり〜…跡部さんって、本当に凄い家の人なんだなぁ)
 しかし、きゃあきゃあと喜んでいる桜乃の傍にいた立海メンバー達は、迎えに出たメイド達の全員を見回し、頭から足先までをチェックし……

『竜崎の勝ち!!』

と、心の中できっぱりと判定を下していた。
 実は、過去にも桜乃のメイド姿を見たことがあり、更には先日ひな祭りの時に彼女の隠された美貌をまともに見てしまった彼らは、以来、目が肥え過ぎてしまい、ちょっとやそっとの美人でも動じなくなってしまっていた。
 普通の男子ならば心浮き立つ光景だが、彼らに関しては全くの無反応で、寧ろ『なーんだ』と気を抜く有様。
『本職のメイドったって、大したことねーな』
『おさげちゃんの艶々ストレートのワンピースでじゅーぶんKO可能だよぃ』
『これが跡部邸のレベルか…井の中の蛙じゃの』
『まぁ、竜崎さんのレベルを望むコト自体が過ぎた願いというものでしょう』
『テニスには全然関係ねーけど、完全に圧勝でしょ。何となく嬉しいッス』
 ここまで溺愛しているのならば、最早天晴れ。
『やっぱり竜崎さんが上だよね…見た目だけじゃなく家庭的だし努力家だし…』
『うむ、異論ない』
『当然だ、俺達立海レギュラーの妹分だぞ』
 三強に至ってもこれである。
「?」
 男達の自尊心を思い切り満たした桜乃本人が、何も知らずに彼らを無邪気に見上げていたところで、ようやく玄関に主人が迎えに現れた。


「で? 今日はわざわざ何の用だ?」
 跡部から直々に案内され、通されたのはかなりの広さを誇る来賓室だった。
 十人以上を余裕で迎えられる程のテーブルとそれを囲む格調高いアームチェア。
 天井は高く、豪奢なシャンデリア、壁には豪華な静物画が掛けられている。
 うわーうわーと桜乃が感動している中、幸村は同じく座った跡部にさらりと言った。
「うん、ちょっと桜がある場所を借りたいと思ってね。君の処なら誰にも邪魔されずに花見を楽しめるかと思って」
「桜ぁ?」
「君のところの敷地には、沢山桜が植えられてるっていうじゃないか」
「…で、人に頼みごとをする為に、わざわざアポも取らずにくつろいでいる休日の最中に押しかけたという訳か」
「まぁちょっとしたサプライズで」
(嘘だ…)
(アポ取るの、忘れてたんだ…)
(ってか、本当は覚えてて敢えてやらなかったとか)
 ジャッカル、丸井、切原が同様のことを考えている向こうでは、跡部がふぅとため息をつきながら目を閉じた。
「まぁ確かに、ウチの桜は社交界でも噂に上るほどの美しさだがな、日々の管理も抜かりなく行っているし、一般人ではなかなかお目にかかれない程の景観なのは確かだ。そもそもウチに植えられている桜は……(省略)……ここの桜に目をつけたのはなかなかいい判断だったな。しかし、天下の立海の部長殿が、レギュラーまで連れてどんな顔してこの跡部邸に願い事をしに来たかと思ったら…」
 そこまで言ったところで目を開いて、跡部が見遣った先には……
「ZZZ……」
 座ったまま、見事に美しい寝『顔』を晒している幸村がいた。

「人の話を聞きやがれ!!」

 思わず相手の胸倉を掴み上げて怒鳴った跡部の声に、幸村が呑気に目を醒ました。
「…あ、話終わった?」
「人に願い事しに来てナニ堂々と寝こけてんだテメェは〜〜〜〜っ!!」
「だって君、いつでもどうでもいい話が長いんだもん…美技でも何でもいいから早く試合終わらせるようにしてよ」
『精市…それは確かにそうなのだが…』
『それを言ったらもうフォローの仕様がありませんね』
『何言っとるんじゃ柳生、フォローする気もないクセに』
 ぼそぼそと囁くレギュラー達の一方で、酷いコトを言われた跡部はわなわなと肩を震わせている。
 まぁ、当然の反応だ。
「今ここでお前らを追い出しても一向に構わないんだがな、俺は」
「分かった、追い出された後は適当にやらせてもらうから」
「通報されてーのか!」
 がぁっと幸村に怒鳴る跡部だったが、相手は相変わらずほえんとした笑顔を浮かべるのみであり、更に彼らの向こうでは…
「うおーっ! 見ろよあそこの桜!」
「スッゲー! 金掛かってるなぁ!!」
「いや、もうちょっと近くのあそこの一画もなかなか…」
と、最早、邸の主は完全に無視で、勝手に花見のポイントを決めようとしている輩まで現れていた。
「〜〜〜〜〜〜!!!」
「あの…」
 怒りが臨界に達しようとした時、不意に掛けられた声に跡部が振り返ると、椅子に座っていた桜乃が不安げに相手を見上げて手を上げている。
「…あん?」
「私、ちゃんと聞いてますから、どうぞお話続けて下さい」
 唯一まともな反応を返してくる少女に、跡部は数回の瞬きの後で唇を開いた。
「お前は……」
「あ、お久し振りです跡部さん」
 先ずは挨拶をしないといけなかった…と桜乃はにこ、と笑ってそう言ったのだが……
「誰だ?」
「……」
 あっさりと存在そのものの認知を否定され、思わず固まってしまった。

『……』

 途端、立海側、大豹変。
 窓の外を見ていたメンバーも、黙して瞳を伏せていた副部長や参謀も、そして、先程まで朗らかな笑みを浮かべていた部長ですらも、コートにいる時以上に恐ろしい殺気を出して跡部を見据えた。
 この子が挨拶をしたのにも関わらず、その言い方…と、溺愛パワーが変な方向へとベクトルを変える。
「あ…?」
 生まれつきなのか、育った環境によるものか、元々恐怖という概念に疎い跡部は、空気が変わった事は肌で感じたが、一体何が原因になったのかは全く分からない様子で周囲を見回した。
「何だ? どうかしたのか? お前ら」
「いや…高校に上がった後でも君と戦うのがとても楽しみになっただけだよ…無性に」
「あん?」
 幸村がぼそりと答えた後で、柳生が眼鏡に手をやりながら忠告する。
「…挨拶を受けながら返答が『誰だ』とは…なかなか出来ない無礼ですね。いや、お見それしました、流石に大財閥の御子息は言うコトが違います」
「はぁ? 会った事もないのにどうしろって言うんだよ」
「会った事が無い…?」
 跡部の答えに、真田がぴくんと反応し、桜乃へと視線を移した。
「どういうコトだ?」
「うーん…一応、お会いした事はありますよー? でも殆ど私は応援席組でしたし、青学の皆さんと一緒でも試合する訳じゃないですからねー、御存じないのも仕方ないですよ」
「青学…?」
 意外な言葉を聞いた様に、今度は跡部が桜乃を凝視した。
 立海の奴らと一緒に来ている少女が、何で青学の名を口にするのか…
「お前、青学の人間か?」
「青学『だった』んですよ、でも立海に転校したんです。竜崎桜乃です」
「竜崎…」
 聞き慣れた苗字を聞いた跡部は、数秒後にようやく合点がいったとばかりに大きく頷いた。
「ああ、そう言えば、竜崎先生には孫がいたな…確かに、お前みたいな女子だったのを覚えているが…言われるまで忘れていた」
 それなりに捉えると結構失礼な物言いなのだが、桜乃は全く気にする様子もなくぺこんと頭を下げた。
「今は立海でマネージャーをさせて頂いてます。よろしく〜」
「…マネージャー? お前が?」
「そうですよ」
「……お前みたいな、いかにも素直で従順で地味で無個性の塊みたいな女子が、こいつら立海のマネージャー?」
「はい…?」

(コイツ、絶対コートで這い蹲らせて泣かしてやる!!)

 一度は消えかけていた憤怒の炎が、再びメンバー達の背後に巻き起こる。
 自分達の事をいかにも変人の集まりの様に言われたことは然程問題ではない…多少の自覚はあるし。
 しかし、この少女を無個性の塊とは何事か!…まぁ、地味というのは万歩譲って許そう。
「えーと…」
 しかし、そんな彼らの怒りに水を差したのは、意外にも言葉を向けられた桜乃本人だった。
「やぁん、素直で従順って褒められちゃいましたー」

(いや、そうじゃなくってね…)

 緊張の欠片もなく、照れてしまった彼女の台詞に、がくーっとメンバーが脱力する。
「おさげちゃ〜ん、素直で従順はいいけどさ…地味で無個性って言われたんだぜぃ?」
「はぁ、分かってますけど…」
 もう少し敏感になれ、という意味で丸井が声を掛けたのだが、桜乃はけろっとした表情で、逆に問い返した。
「…跡部さん程の方に『派手』で『個性的』と言われる人って、どんな方でしょう?」

『………』

 問われ、それぞれが想像したところで……彼らは激しく桜乃に同意した。
「確かに…!」
「無個性の方が確かに褒め言葉だ!」
「ってか、コイツに派手で個性的なんて言われたら、絶望して首括っちまうかも!!」

「表へ出ろてめぇら――――――――っ!!!」

 びきびきとこめかみに青筋を浮き上がらせながら、携帯を片手に跡部が怒鳴った。
「あれ?」
 幸村達が見ている向こうで、跡部が背を向けて何処かに電話を掛け始める。
「もしもし、忍足か? 今すぐウチのレギュラーメンバー集めて連れて来い!」
 向こうの返事も聞かないまま通話を切るという相変わらずの跡部節で、用件の通達を済ませると、彼は改めてこちらに向き直った。
「全く…女一人にそこまで踊らされるとは立海も堕ちたもんだな、幸村」
「ん?」
「いいぜ、桜を見たいんなら俺達と勝負してみろ。お前らが勝てたら、ちゃんと見頃の桜の下を貸してやるよ…まぁ、女に腑抜けている今の『常勝立海』には、余裕で勝てそうだけどな」
「……ふうん」
 挑発された幸村は静かに相手の台詞に聞き入り、その後でゆっくりと頷くと、他のメンバー達へと視線を向けた。
「……だって」
 どうする?と無言で問い掛けた部長に、他のメンバーは一様に頷いた…何故か恐怖を彷彿とさせる笑顔で。
 飛んで火に入る夏の虫…
「…いいよ、俺達も桜を見せてもらうばかりじゃ悪いからね…一ついい事を教えてあげる」
「あん…?」
「…その、女一人に踊らされている立海が、どんなに恐いかって事をね…」
 高校まで待つこと、無かったな…


 その後、呼び出された氷帝メンバーと立海メンバーとの非公式戦が行われたのだが、無論、散々桜乃を小馬鹿にされて怒り心頭の立海側が、相手を叩きのめして花見スペースをもぎ取ったのは言うまでもなかった……



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