そこに入って来たのは聞き覚えのある声と、銀の髪が煌く若者。
レギュラーの仁王雅治だ…別名『コート上の詐欺師』。
「そこまで言われたら俺が手ぇ出さん訳にはいかんじゃろ? なぁ竜崎」
「仁王、先輩…?」
「仁王か…」
驚く様子も見せない参謀に、『コート上の詐欺師』はにやっと笑いながら相手に指を突きつけた。
「参謀、お前さん、さっき言うたじゃろ? 竜崎がどんなイカサマを使おうとしても、見破る自信がある…ってな?」
「…ああ、言った」
「そこまで言われたら意地でも騙してやりたくなるんが詐欺師の性よ。俺が竜崎と手を組んでお前さんを負かしちゃるき、楽しみにしときんしゃい」
「ほう」
「っ!?」
負けるわけにはいかない、勝つしかないと思ってはいたが、そんな仁王の言葉に桜乃は驚いた様子で相手を見上げた。
その彼は桜乃の肩に手を置き、相対する参謀を獲物を見る様に楽しげに見据えている。
もうこの時点で、勝負は始まっていた。
「…竜崎はどうだ? 仁王を助っ人にするか?」
最終決定権を持つ少女に柳は尋ね、桜乃は暫し考えた後に頷いた。
「…はい」
「いいだろう、ならば勝負は三日後の放課後、この部室内で行うことにする」
参謀の宣言で、その場はひとまず解散となった…
「…で、作戦についてなんじゃが…」
部活動の後、仁王は桜乃に早速作戦についての提案を行おうとしていたのだが、その口はそこまで言ったところで一旦塞がれた。
「…何でお前さん達もおるんじゃ」
そう言う彼の視線は目の前の桜乃…を飛び越えてその背後に立つ柳を除いたメンバー達だった。
因みに柳は、部活が終わって早々に一人で帰宅している。
どんなに自分が有利でも、少しの手も抜かずに家で策を練りたいのだという。
間違いなく強敵だ。
「いや、だって…」
「な、何か気になるじゃん。おさげちゃんの一大事だし〜」
「仁王先輩に任せていたら、竜崎の素行が悪くなるんじゃないかと心配で」
「一応、監視を兼ねて応援をと」
ジャッカルや自分のダブルスの相棒まで揃ってのそんな台詞に、詐欺師はけっと吐き捨てるように言った。
「巨大な世話じゃ」
そんな仁王に、全員の様子を眺めていた副部長が尋ねた。
「お前の策の仔細を問う気はないが…勝算はあるのか? 仁王」
「うーん…先ずはこちらの手持ちのカードを調べんとのう…」
言いながら、仁王は部屋の中にあったホワイトボードにきゅきゅきゅーっと何事かを書き記し始めた。
「参謀の将棋の腕前は確かに俺らの中ではピカ一じゃの。竜崎、お前さんは将棋を指した事はあるんか?」
「…駒の進め方ぐらいは分かりますが、正直、初心者です」
「じゃろうな…んー…で、俺らの腕前をおおよその予想で言うと…」
そして、仁王が書き終わったボード上には、
真田:参謀に対抗可能の腕前
幸村・柳生・仁王:まぁまぁ指せるが勝算はあまり望めない
丸井・ジャッカル・切原:お呼びでない
とあった。
「ま、こんなもんか」
ふむ、と頷いた詐欺師に、ジャッカル達が威勢よく突っ込む。
「ちょっと待て!! 何だそのお呼びじゃないってのは!!」
「もーちょっと書き方ってもんがあるでしょ!?」
「屈辱だーっ!! 訴えてやる〜〜〜っ!!」
ぎゃんぎゃん喚く三人に対し、仁王はつーんと聞こえない振りを決め込むと、その視線をきろりと真田へと向けた。
「…やっぱりここは、副部長殿にご活躍願おうかのう〜」
桜乃の事を考えたら多少手助けすることはやぶさかではないのだが、この男が関わっていると何故か嫌な予感がする…まぁ彼女が関わっている事なら、そう馬鹿な事は仕出かさないだろうが…
「む…し、しかしたった三日で竜崎を蓮二と同レベルに持っていくのは不可能だぞ」
真田は困り顔で詐欺師に先に断った。
将棋がたかが数日で上達出来るのなら世話は無い。
そんな底の浅いものであったら、とっくにそれ自体が歴史の中に埋没していただろう…と尤もな事を考えていた男に、仁王は当然だとばかりに肩を竦めてみせた。
「当たり前じゃ、そんな正攻法で勝てる相手じゃないじゃろうが…そもそもそんなバカ正直な勝負をするなら俺はとっくに降りとる」
「……」
そうだった、こいつは最初から詐欺で相手に勝つと言っていたな…真っ向勝負など、最初から望めるものではない、か。
そう思ったところで、はた…と真田は重要な事実に気が付いた。
待て…こいつ確かさっき奇妙な台詞を…
「……お前が言った手持ちのカードというのはもしや…」
「立ってるものは親でも使う、寝ているものは骨でも使う」
にやっと唇を歪めてそんな台詞をしゃあしゃあと言ってのけた仁王が、そこにいたレギュラー全員を見渡した。
「ここにおるって時点で、お前さんらも共犯じゃ。宜しくのう」
「え…っ! け、けど、流石に柳先輩に悪いんじゃないっすか? レギュラー全員、竜崎側に回るなんて…」
実質、柳が孤立無援の状態になる事を切原が気に病む発言をしたが、対する仁王はけろっと軽く言い放った。
「別にお前さんらは何も考える必要はないぜよ」
「はい?」
「……俺は竜崎の助っ人。で、お前さんらは俺の『道具』。『道具』は素直に使われとけばええんじゃよ」
鬼だ―――――――――っ!!!
最早共犯でもねぇっ!!と男達は悲鳴を上げたが、部長はやれやれと苦笑を滲ませるのみに留めた。
「……諦めた方がいいね、みんな。仁王の策に関わりたくないのなら、ここに残るべきじゃなかったんだよ…まぁ、薄々分かってはいたけど」
「ううう、藪をつついてアナコンダ…」
結局こうなるのか…と切原ががっくりと肩を落としたが、立ち直りの早いジャッカルがぽんとその肩に手を置いた。
「ま、ここは腹を括るしかねぇだろ…正直、俺は個人的には竜崎に手を貸してやりたいとも思うんだ。今回の決定はどうにも柳らしくないしなぁ」
「確かに…いつもの先輩なら、もうちょっと考えるなり何なりするとは思うんスけど、いきなり退部宣告でしたからね……そう言えば、結局今回は部長の意見を聞くこともなかったっすけど…よかったんスか?」
仮にも部のリーダーなのに、と切原が尋ねたが、相手は飄々として自身の立場にこだわりなど微塵も見せる様子はなかった。
「いいよ。リーダーだからって何でも勝手に決めることはタブーだ、それは独裁政治と変わらない。収拾がつかなくなったら口は出したかもしれないけど、二人が決めたことならそれを見守るのが俺の仕事さ…本人にとっても悪い話じゃないだろう? これは彼にとって敗者復活戦みたいなものだし」
その部長の言葉には、全員が納得するところだった。
因みに、その問題の非レギュラー部員は、責任を問われた時点で部活への参加は一時止められた形となり、最終的な決定が下されるまではコート、部室へ足を踏み入れる事は認められない状態である。
もし最悪、桜乃が柳に負けることになれば、彼はもう馴染み深い場所で別れを惜しむ事すら許されないまま、テニス部を去らなければならなくなるのだ。
改めて考えると、本人が希望した事とは言え、彼女の細く小さな肩に凄い責任がのしかかった事になる。
自己責任と言われたらそれまでかもしれない。
もしメンバーが手を貸さなくても、自覚がある以上彼女が彼らを責める事はないだろう。
しかしここまで来ても、彼らの、桜乃が少しだけ勝機を得る手助けをしてやろうという気持ちは変わらなかった。
仁王がそのつもりなら自分達はそれに乗ればいいだけだとばかりに、柳生が眼鏡に手をやり、淡々と応えた。
「私達はあくまでも仁王君の『道具』……ならば、何も考えずに従えばいいだけの話ですね。もし手を貸したと問い詰められても、仁王君に脅されたとでも言えば済みますし」
「はっはっは、柳生もなかなかのワルよのう」
「いえいえ、仁王君程では」
「おめーら、結構楽しんでんじゃねーかよい」
丸井が突っ込んだところで、ようやく桜乃が辺りのメンバーを見回して口を開いた。
「あの…すみません。責任は全て私が負いますから。だから、皆さんが責められる様な事は絶対にありませんから…!」
「ん? 何じゃ、戦う前から負け戦か? 竜崎」
「う…」
「はぁ、その程度の覚悟じゃあ勝てるもんも勝てやせんよ…勝負事に於いては、お前さんのその弱気はすぐに致命傷になりかねん、気をつけんとな」
勝負師の顔を覗かせた仁王だったが、すぐにそれは人畜無害の笑顔に打ち消され、彼は楽しそうに桜乃の頭をぽんぽんと撫でた。
「まぁ、俺につけば竜崎も立派な詐欺師に育てちゃるき」
「不許可」
「それは駄目」
速効で副部長と部長のストップが掛かり、仁王はちっと舌打ちをしたが、その視線はすぐに部長へと移された。
「じゃあ、本題に入るんじゃが…お前さんも道具だとは言ったが、やっぱり部長が噛むのはマズイじゃろ。基本、お前さんには何もさせるつもりはないぜよ。ただ、部長として事の結末を見届けてくれたら構わん」
「了解。俺は見ているだけで、どちらの側にもどの情報も漏らさない…その為には、知らないままでいる事も必要だな。手も出さないのに秘密だけ知ってしまって、蓮二に対して負い目を感じるのも嫌だしね。正直興味は尽きないけど、俺はここでお暇した方が良さそうだ」
謀は密なるをもってよしとする…
それを察して先に気を回してくれた幸村に、仁王はすまんの、と手を上げた。
「全て終わったら、その時にまた教えてよ、じゃあね」
「ゆ、幸村先輩…」
「しっかりね、竜崎さん。でも今回のこと、きっと君にとっても勉強になると思うよ」
にこりと微笑み、少女に別れを告げた幸村が出て行ったところで、本格的な謀議の時間が始まった……
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